第25話
僕は、さくらがどうして僕を求めるのか、その理由がわからなかった。さくらが僕を好きだと言ったことは、とても嬉しいことだった。けれど、僕は、“何となく”生きる人間だ。さくらにふさわしいとは到底思えなかった。
「僕は、目の見えない君を、しっかり支えて上げられないよ」
「わかってるわ」
さくらは、僕の手を両手で握り、そう言った。
「僕は、僕の孤独のせいで、君を苦しませるかもしれないよ」
「私がいるから、もう孤独じゃないわ」
「僕は、夢もなにも持たずに生きる人間だよ」
「それも、わかってるわ」
さくらは、僕の身体に手を回した。細い腕が、僕を抱きしめた。さくらの甘い香りがする。僕は、こんな自分が情けなくて――さくらに嫉妬さえ感じていた自分が情けなくて、仕方なかった。
「好きだから、私はゆうじを愛するの。 ゆうじがどんな人間かなんて、私は気にしないわ。 ハンバーガーと一緒よ」
「ハンバーガー?」
そういえば、さくらとファーストフード店に入ったとき、さくらは言った。ハンバーガーが美味しいから、誰も何が中に入っているかなんて、気にしない。そんな感じのことを。
「僕はハンバーガーなの?」
「たとえばの話よ」
さくらは笑った。僕も、それにつられて笑った。僕は、彼女の愛情を感じた。彼女が僕に注ごうとしている愛情を。さくらは人を愛するのが生まれて初めてだと、葛西さんは言っていた。だからだろうか。生まれて初めて人に与える彼女の愛情は、恋の駆け引きだとか、そんな小細工的要素は何一つ含んでいない。あくまで、真っ直ぐに、迷いなく、彼女の愛情は、僕のもとへやってくる。あまりに強烈で、激しくて、でも、どこか優しくて、僕の心をとらえて離さないのだ。
「ねぇ」
さくらは、はっきりとした口調で言った。
「あのとき、最後に私にした質問、もう一度して」
「最後にした質問?」
僕は、彼女の言う“あのとき”を思い出そうとした。そして、アパートの片隅で、僕が最後に言った一言が浮かんだ。僕は、ゆっくりとその質問を繰り返した。
「もしも、僕がさくらを好きだと言ったら?」
さくらは、嬉しそうに答えた。
「私も負けないくらいに、ゆうじを好きになるわ」
迷うことなく、自信たっぷりに言う彼女を見て、思わず笑った。さくらも、いつものように笑った。
「もう、ゆうじは独りぼっちじゃないの。 私がそうさせないから」
僕は、嬉しくて、ようやく治まった涙を、また流し始めてしまった。
「ありがとう」
今まで何度もさくらに言われた言葉を、今日、僕はさくらに返した。
蝉の声がする。蝉の話の中の少女は、一つ成長した。僕も、さくらのおかげで、一つ大きくなった気がした。一週間たらずで死んでいく蝉は、必死に短い命をまっとうする。僕は、蝉の何倍も長い命を、“何となく”生きている。そんなだらしのない生き方は、今日から少しだけ変わるだろう。さくらを抱きしめながら、僕はそう思った。