第24話
「蝉のお話、聞いて」
僕の腕の中で、さくらは言った。僕は、前に聞いた蝉の話をゆっくりと蘇らせた。女の子がいて、夏にその子のお母さんが亡くなり、そして、女の子は公園へ行かなくなって……。さくらは、小さな子どもに読み聞かせるように、話を暗証してみせた。
「女の子が走って帰る途中、小さな女の子が一人で泣いていた。 女の子は、その子に声をかけた。 “どうして泣いているの”って。 その子は、泣きじゃくりながら、“ママが死んじゃった”と言った」
さくらは、僕の胸に寄りかかるようにして、続けた。
「泣いていた小さな女の子は、こう言った。 “ママは私を愛していなかったから、行ってしまったの”って。 それを聞いた女の子は、自分のママを思い出した。 自分のママは、自分をどれだけ愛してくれていたのかしらって、じっと考えた。 そしたら、また一匹、公園で見たのと同じように、蝉が目の前でぽとんと落ちて動かなくなった。 女の子は、泣き続ける小さな女の子にこう言ったの。 “あなたは、ママを愛していたの?”。 そしたら、その子は涙を目にいっぱいためて、うん、ってうなずいた。 女の子は、その子の涙をぬぐってあげながら、言った。 “あなたが愛していたぶんだけ、ママもあなたを愛していたの。 愛は、いっぱい広がっていくものだから”。 女の子は、足元で死んでいった蝉を見つめながら、続けて言ったわ。 “みんな、一生懸命生きているのよ。 短くても、長くても、命は一つだけだもの。 あなたのママも、私のママも、あなたと私をいっぱい愛して、一つの命を終わらせただけなのよ”。 女の子がそう言って、次に小さな女の子を見たとき、その子はもうそこにはいなかった。 あとかたもなく、消えていたの。 女の子は、何だかとても不思議な気持ちになった。 足元の蝉を拾い上げて、近くに生えてた木の下に埋めてあげた。 それから、少しだけ笑って、ゆっくり歩いて家に帰った。 とても暑くて、とてもじめじめした日だったけど、とても気持ちが良かった。 何だかとても嬉しくて、女の子はとても幸せだった」
さくらはそこで話を切った。そして、寄りかかっていた僕の胸から少し離れた。
「どう?」
少しだけ不安そうに僕に尋ねると、さくらは前と同じように僕のシャツの端を握った。
「おしまいよ。 もうお話はないわ」
僕は、さくらの顔を見ながら、何だかとても悲しくて切なくて仕方なかった。
「ゆうじ?」
涙が、僕の頬をつたわった。ぽたぽたと流れ落ちた。シャツを握るさくらの手にも落ちた。身体が震えた。さくらは、僕が泣いているのに気付き、首をかしげながら、僕の頬のところへゆっくり手を伸ばした。
「どうして泣くの?」
さくらは僕の涙を指でぬぐった。お話の女の子が、小さな女の子にしてあげたのと同じように、僕の頬に指を当て、優しく涙をぬぐった。
「これは悲しいお話じゃないのよ。 女の子が、一つ成長するお話よ」
「わかってる」
僕は、ようやくそう言った。さくらはふふっと笑うと、僕の頬を両手で包んだ。そして、涙で濡れた僕の頬にキスをした。
「さくら」
僕が名前を呼ぶと、さくらは、なぁに、と返事をした。僕は、彼女に愛情を与えられている。確かに、溢れんばかりの愛情を、彼女は僕にくれようとしている。
「僕は、君が好きなんだ」
「私も、ゆうじのこと、大好きよ」
にこにこしながら、さくらははっきりと、優しくそう言った。
「ずっとそばにいたいわ。 ゆうじのそばにいたいの」