第22話
「ねぇ、今度の日曜は、うちに来れる? お仕事、お休みでしょう?」
僕は、その質問を受けたとき、またどうしようもない孤独感を覚えた。
「いいえ」
小さくそう言って、僕は葛西さんと目を合わせないよう、窓の外を見た。日差しが強い。街路樹が、くっきりとアスファルトに影を落としている。店内のBGMにかき消されながらも、蝉の声がわずかに聞こえる。
「忙しいの?」
葛西さんはまた聞く。
「あの子、本当に青木くんと会いたいっていつも言って……」
「もういいんです」
僕は思わず声を高くしてしまった。店長らしき男が、こちらをちらりと見る。僕は、少しうつむいた。
「ごめんなさい。 ……気を悪くしたかしら」
「必要ないんです」
今度は、少し声のトーンを下げた。葛西さんは不思議そうな瞳で僕を見る。
「僕は、さくらが自分と似てるって思った」
もう、無言でなんて通しきれなかった。このまま、上手く隙間をぬって逃げ切るだなんて器用な真似、僕にはできそうもない。だから、不器用でいい、すべて話してしまおうと思った。すべて話して、そして、僕はこの女性とあの子から離れてしまおうと。
「さくらは、自分を“独りぼっち”だと言ってた。 僕もいつも独りぼっちでいる気がしてた。 だから、僕と彼女は似ていると思った。 でも、それは違ったんです」
葛西さんは、真っ直ぐに僕のことを見つめてくる。僕は、その目を直視できないでいた。直視すれば、きっと僕は何も話せなくなってしまう。喉元を熱いものがこみ上げてくるのがわかった。
「僕と違って、あの子は愛されてる。 僕なんかをものともしないくらいに、あなたに愛されてる。 あの子は孤独じゃない。 そんな、愛情を受けて孤独から救われたあの子と僕が一緒にいたら、どうなると思いますか。 ……僕の孤独は、きっとまた彼女を苦しめるだけです。 今でも、愛情を受ける彼女に嫉妬さえ感じるのに。 もう、僕はさくらに会えない。 会っちゃいけないんです」
一息に、僕はそう言った。葛西さんは、これ以上ないくらいに目を見開いて僕を見つめていた。蝉の声がする。さくらの話した、蝉の話を思い出す。結局、クライマックスはどうなる予定だったんだろう。
「……あの子は、あなたを必要としてるわ」
葛西さんはぽつりと言った。
「孤独は広がるものじゃないの。 広がるのは、愛情なのよ」
「愛情?」
「あなたがあの子といたからって、孤独をうつすようなことはないわ。 あの子は、あなたに愛情を注ぎたがってる。 話を聞いてればわかるもの」
さくらが? 僕に? 僕はいまいち理解できなかった。彼女が僕に愛情を?
「あの子の愛情を受けてあげて。 あの子にとって、人を愛するのは、生まれて初めてのことだから」
僕は、あの日、アパートでさくらを抱きしめたことを思い出した。彼女の肌の香り、柔らかな唇。妙に鮮明に、生々しい感触が離れないでいる。
「だから、今度の日曜。 忙しくないようだったら、ぜひいらして」
葛西さんはそう言って微笑んだ。さくらの笑顔に似ている。僕は、また泣き出してしまった。自分が男だとか、そんな建前も何も気にすることなく、僕は涙をぽたぽた落とした。悲しいのか、嬉しいのか、よくわからない涙だった。でも、それはきれいな涙だった。