第21話
僕は、紅茶をカップに注いだ。鮮やかな赤が目に飛び込む。
「ね、その紅茶、いい香りでしょう」
葛西さんは嬉しそうに言う。僕は、はい、とうなずく。芳しい香り。そう言えば、初めて葛西さんの家を訪ねたときも、紅茶が出た。確か僕は、熱くて、一口二口飲んだだけで終わってしまった。
ランチが二つ運ばれた。僕と葛西さんの会話は、食事で一時中断した。僕は、自分から口を切る気はなかったし、葛西さんも、しばらくは食べることだけに集中していた。
食事が八分どおり済むと、葛西さんはようやく話を再開した。僕は、少々冷めて、飲みやすくなった紅茶を口に含みながら、黙って聞いていた。さくらのことを。
「あの子、私のこと、恐いとか言っていたでしょう」
僕は、無言で小さくうなずいてみせた。葛西さんは恥ずかしそうに笑う。
「ただお互いに引いていただけだったのよ。 あの子は私に気を遣って、私もあの子に気を遣っていたの。 だから、会話も続かないし、気まずい雰囲気だけが流れてたわ。 私はあの子に嫌われてると勘違いしてた。 あの子も、私が自分を嫌っていると勘違いしてたの。 でも、あの日の夜、あの子を迎えに行ったとき、恐くて恐くて仕方なかった。 もし、目の見えないあの子に何かあったらって考えたら、他のことに手がつかなくなって。 だから、思わず手が出ちゃったの。 ……あの子のほっぺた、あの後真っ赤に腫れちゃって。 申し訳なかったわ。 せっかく可愛い顔してるのにね」
葛西さんは、アイスコーヒーを一口飲んだ。それから、砂糖を一杯、グラスの中に落とした。
「私たち、親子に見えるかしら」
ふいに彼女は尋ねた。僕はうなずいた。
「よく似てるって言われるけどね。 私、あの子の母親の妹なの。 つまり叔母さんってわけね」
叔母さん? じゃあ、母親は、亡くなったのだろうか。葛西さんは、少し笑いながら続けた。僕は、ランチの皿に残っていたトマトの一欠けらを口に放り込みながらそれに耳を傾けた。
「私があの子の母親代わりになろうって決めたのに、何だかんだで、青木くんに手助けしてもらっちゃって。 青木くんがいなかったら、私たち、ダメだったもの。 前に話したでしょう。 私、あの子に殺されるかもって」
何度も僕の脳裏をかすめた台詞。さくらが、葛西さんのことを話すとき、ずっと頭で渦を巻いていた台詞。僕は、以前に葛西さんと昼を食べたときのことを思い浮かべた。
「どうしても上手くいかなかったの。 あの子は私に心を開かなかった……ううん、開けなかったんでしょうね、優しい子だから。 私はストレスで白髪がどっと増えて、何だか毎日疲れているみたいで。 更年期障害ってやつかもしれないけど」
そう言って、葛西さんは笑った。今だから笑えるんだろう。今の葛西さんは、さくらとの生活に希望を見出しているようだから。生き生きしている。僕とは正反対なくらい。