第17話
カンカンカン……と、階段を下りていくと、目の前の道路沿いに、黒いぴかぴかの車が一台止まっていた。電灯の鈍い光に照らされて、その車は、わずかに不気味に見えた。さくらは、僕の腕にしがみついたまま、僕と一緒に階段の下に立っていた。
車の扉が、バンと開いた。さくらは身震いした。僕は、小さな声で、彼女に大丈夫と言った。
「さくら」
葛西さんが車から出てきた。白いふわふわの髪の毛は、今日は少し乱れていた。僕は、さくらの背中をゆっくりと押した。さくらは、ようやく僕の腕からするりと自分の手を解くと、一歩ずつ、葛西さんの方へ歩み寄った。
葛西さんは、うつむいたままのさくらに近づき、その顔を自分の方に向けさせた。それから、さくらの頬を叩いた。さくらは、悲鳴に近いような声をあげて、叩かれた頬を手で覆った。細い肩は、小刻みに震えている。
「心配したのよ」
そう言うと、葛西さんは、さくらを抱きしめた。葛西さんの目から、涙が落ちるところを、僕は見逃さなかった。
「もう、どこへも行かないで」
その言葉に、さくらは肩の震えを止めた。そして、しばらくしたのち、また震え始めた。しかし、その震えは、恐怖の震えなどではなかった。彼女は泣いているのだ。葛西さんに抱かれて、彼女は泣いている。
電灯のぼやけた光が、葛西さんとさくらを照らしている。僕は、二人を残して、そのまま自分の部屋で上がっていった。部屋に入り、電気をつけると、確かにさくらの温もりが部屋に残っている気がした。この部屋で、僕は、さくらを抱きしめ、そして、彼女にキスをした。けれど、そんなことは、今となっては過去のことだ。僕は、またどうしようもない孤独感に襲われた。
彼女は、愛されている。強く、強く愛されている。僕なんかの安っぽい愛情なんか、ものともしないくらいに、彼女は愛情を与えられているのだ。
彼女は孤独なんかじゃない。愛してくれる人間が、身近にいるのだから。
僕は、間違いなく彼女に嫉妬していた。目が見えなくても、人からの愛情を一身に受け取る彼女に。目が見える自分は、どうあがいても得ることができそうもない、途方も無いくらいに深い愛情を、彼女はいともたやすく手にしている。――目が見えない理由だけで。