第14話
「君が嫌じゃなかったら」
僕は、少し前から気になっていたことを聞こうと思った。自分のことを話すことが滅多になかったさくらに、彼女のことを尋ねるのは、賭けに近いものだった。
「君のこと、教えて欲しい」
興味本位なわけじゃない。僕は、さくらをもっと知りたいと思ったのだ。さくらは、困ったようにうつむき、それからゆっくりと言った。
「ゆうじから話して」
「僕?」
さくらはうなずく。
「ゆうじのこと、知りたい」
僕は、思わぬ返答に戸惑った。平凡な僕の今までを、どう伝えればいいのだろうか。大して面白いはずもないのに。
「だめ?」
「だめじゃないよ」
話すことにした。僕の今までを。つまらないだろうけど。さくらが望むなら、僕はすべて話そうと思った。
「何から話そうか」
「何でも。 全部話して。 思いついたこと」
僕は、人に上手くことを説明するのが苦手だったから、こういうのは本当に辛いものがあった。でも、きっとさくらは、どんなにばかばかしい話を僕がしても、きっと黙って聞いてくれると思った。そういう、根拠のない確信があった。僕は、さくらの言うとおり、思いついたことを話した。
「親は、普通の会社員と、普通の主婦。 僕も普通の人間。 何も秀でたことなんてなくて、やりたいことも何もない。 そんなふうに今まで過ごしてきたら、本当に、“何となく”生きてる人間になっちゃったんだ」
「何となく?」
「そう、何となく」
僕は、たまに自分が生きているかどうか分からなくなることがあった。脈は確かにあるのに、何故か、自分が他のものに操られて動く、操り人形のような存在に思えるのだ。この部屋の天井の一点を見つめ、床の上に転がっていると、世界が崩れ落ちるのではないかというような錯覚にもとらわれる。……現代人にありがちな、一種の心の病気のようなものなのだろうか。
「だから、今は自動車の工場で、自動車の修理をしてる。 高くはないけど、まぁまぁのお給料もいただけてるわけだし、“何となく”生きていくには十分だよ」
「ゆうじはそれで満足なの?」
さくらは言った。僕は、何と答えればいいのか分からなかった。何となく生きて、親より長生きさえすればそれでいいという回答もいいだろう。何となく生きるだけじゃ生温いから、不満足だという回答だって。こんなものは人それぞれに答えがあるんだと思う。それなら、僕の答えは何なんだろう。
「わからないな」
「わからないの?」
「これでもいいと思うときだってあるし、これじゃダメだって思うときもある。 だから、僕にとって満足かどうかなんて、いまいちわからないよ」
さくらはそれを聞いて小さくうなずいた。