第九十六話 偵察と戦闘
俺は出来る限り音を立てずに走って行く。
感覚強化で既に正確な位置は割り出してある。俺は気付かれないように慎重に相手に近づいていった。
途中、何か違和感を覚えた。まるで一瞬だけ魔力溜まりに足を踏み入れたような、不思議な感覚。
その所為で一瞬集中力が切れかけたが、気を引き締め直し、更に意識を前方へと集中させる。
木々の間からその場所を覗き込むと、先ず目に飛び込んだのは、フードを目深に被った如何にも怪しげな人物だった。その周りにいる二人も同じような格好をしていた。一見して誰だかわからないようにしているのは、人目を忍んでいると思ったほうが良さそうだ。
フードの人物の他に、冒険者風の人間も多数居た。まあ、街の外を出歩くような奴らは皆似たような格好だから判断はつきにくい。
その近くには二台の馬車が停まっている。片方は通常の旅馬車。もう片方は何やら豪華な装飾の施された馬車だ。それこそ、俺たちが今乗ってきたクラインハインツ家の馬車に似ている。どうやら旅馬車から何かを移している様子だった。
……片方が襲われているわけでは無さそうだな。これが略奪途中などであれば盗賊確定で話は簡単だったのだが。
しかし、この状態を見るに何とも言えない。運んでいる荷物も木箱に閉じ込められて中身が確認出来ないし、だからと言って話を聞きに出て行くにはこいつらは怪しすぎる。
一旦馬車に戻り、この事を相談しようかと思った瞬間、辺りが明るくなった。
その灯りを生み出しているものが炎であり、俺のいる方向に放たれたことを理解すると同時に、俺は風塵収縮を展開した。
――なぜ気づかれた!?
細心の注意を払い、視界がとれるギリギリまで離れていたというのに、それでも感付かれた。
……感知持ち? いや、それならばもう少し早く察知されていてもおかしくない。他に考えられるのは……先ほどの違和感か。
気づかれた以上、真っ直ぐ馬車に戻る訳にはいかなくなった。このまま逃走して追いかけてこないのであればそれでいいが、目撃者は抹消するような奴だと面倒だ。いきなり襲い掛かってくるような輩に常識は通じないと考えた方がいい。
周囲の炎が消え去らないうちに、俺は左へと抜けだす。
馬車からこの場所まではほぼ一直線にやってきた。このまま後方に下がるのはマズい。俺の姿を確認させつつ、このまま逃げ切る。
しかし、二の矢が俺を襲う。
空気が震え、衝撃と共にメキメキと嫌な音を立てて周囲の木々が吹き飛んだ。
次いで三の矢。これは直線的に俺を狙うわけではなく、俺の足元から尖った岩が襲い掛かってきた。
これは以前見たことがある魔術、岩槍だ。
風膜を出したままでは大地に触れられない。つまり、下からの攻撃には無防備だ。
俺は急いで風膜を解除し、回避行動を取る。それはなんとか間に合い、槍に貫かれることはなかった。しかし、その代償として大きくバランスを崩し、大地に投げ出される結果となる。
「くっ!」
転がる勢いで再び態勢を立て直すと、すぐ近くまで剣を持った男が迫っていた。
すぐさま片手半剣を引き抜き、両手で男の一撃を受け止める。打ち下ろされた一撃は重い。俺たちが剣を重ねている間に、周りの者は取り囲むように動いてくる。
生体活性・腕!
一気に剣ごと相手を吹き飛ばし、俺は剣を構えなおす。
しかし、既に包囲は完成されてしまっていた。
……マズいな。
魔術師が少なくとも三人。周囲には十人程度の前衛。先ほどの波状攻撃から連携はとれていると見ていい。
しかし、動かないわけにも行かない。じっとしているだけでも遠距離攻撃が出来る魔術師が有利だ。
これみよがしに詠唱を始めた魔術師の一人に、腰から取り出した短剣を即座に投げつけた。
生体活性・脚!
それと同時に更に左から崩しにかかる。誰がどれだけの力量かはわからないし、探っている暇もない。ならば誰を狙っても変わらない。
いきなり加速した俺に驚いたのか、眼の前の剣士は慌てて剣を振るってきた。それを躱しつつ、剣を返した。
勢いのついた片手半剣は簡単に胴を薙いでいく。
「があっ!」
男のくぐもった悲鳴が耳に届くと同時に、周囲の大地が盛り上がる。またも岩槍か。
先ほどの状況から、これが有効だと理解したのだろう。しかし、それは俺も同じ。先程の轍を二度踏む訳にはいかない。
大地が盛り上がる勢いを利用して、俺も飛び上がった。
風塵収縮!
そして足元に風膜を固定すると、そのままそれを踏み込む。
次の瞬間、風に押し出され、俺は空中に勢い良く飛び立った。同時に今まで俺が居た空間を岩槍が貫いていく。
俺の向かう目標は岩槍を放った魔術師。
周囲の魔術師が続いて俺に魔術を放とうとしていたが、突風のような速度を捉えきれていない。
そのまま俺は魔術師にぶち当たり、巻き込むように倒れこんだ後、腰から抜いた短剣を突き刺す。
そして生体活性・脚を使い、急いで距離をとって向き直った。そのついでに感覚強化を使い、周囲の状況を再び確認する。
近くには二台の馬車。ちょうど最初とは反対側に抜けることが出来た。
「さて、そろそろ遊びは終わりにしよう。……お前たちに聞きたいことがある」
出来る限り余裕があるような笑みを作り、俺は口を開く。更に片手半剣を肩に乗せ、顎を上げていった。
その態度に、再び襲いかかろうとこっちに向かってくる前衛たちの足が止まり、魔術師の方を向いた。どうやら炎を使う魔術師が首領格のようだ。
「正直に話すなら、これ以上手を出すことはやめてやろう。そっちが全力で相手をして欲しいのであれば、その要望に答えるのも吝かではないが」
さて、どれだけ脅しが聞くものやら。
「……お前はわかっているのか? そこの馬車を見てみろ、我々は貴族の使いだ! 下手に邪魔立てをすればどうなるかは子どもでも分かることだろう!」
炎の魔術師が口を開く。そっちから手を出しておいて、何を言ってるんだコイツは。
しかし、やはり貴族か。最近、貴族関係の面倒事が押し寄せてきている気がする。これはレベル5になった証なのだろうか、だとすると全く嬉しくないのだが……。
「こんなところに馬車が立ち往生しているんだ、何かトラブルでもあったのかと思うのは当然だろう?」
「はっ。それは冒険者の性とやらか? そんな高尚な考えで命を捨てることになるとは笑わせてくれる」
「なら、もっと笑わせてやろうか?」
俺は懐から魔石を取り出す。それは以前、グラスの店で買った小さな魔石。
「き、貴様! それはっ!」
目の前に掲げた魔石は、端がわざとデコボコに細工がされている。それを見て、魔術師の顔色が変わった。周囲にいる奴らにも動揺が走る。
爆魔石。
なりは小さいし再利用出来ないが、その分かなりの破壊力を持つ魔石。俺はこれを大事な貴族様の馬車へと向ける。
脚が破壊されれば身動きがとれなくなるだろう。ワケありの品を運んでいるのであれば、それだけで大きな痛手となる。
「どうだ、笑えるだろう?」
「くっ! 貴様はやはりどこかの飼い犬だな!?」
……勝手に人をペットにするなよ。とことん話が噛み合わない奴だな。
吠えるだけ吠えるが、胸中ではどうするべきか悩んでいるのだろう。魔術師たちは黙ったまま、俺と対峙している。
そんな折、魔術師の足元の植物が伸び始めた。
「残念、時間切れだ」
「なっ!?」
次の瞬間、魔術師が草の縄に縛られていく。
「うわっ!?」
そして同時に飛来してきた複数の短剣が、他の者たちに寸分狂わず襲い掛かった。
突然の攻撃に混乱する敵陣に、黒騎士が突っ込んでくる。俺もそれに合わせて駆け出した。