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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第四章 冒険者と魔術師
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第九十五話 修練と成果

 コボルトがこちらに気づき、錆びついた片手斧を手に走りだす。


 俺たちの先頭に立っているのはマルシア。


「――っ! 種弾(シードバレット)!」


 叫びと共に、足元から植物が生み出されていった。それは元からそこに存在しているものではなく、魔力によって生成された植物だ。そのまま急速に成長し、数秒でその姿を完成させていく。まるで筒のように長い花弁。それを支えるためのマルシアの胸ほどまでに伸びた茎。植物の体裁を整えようと申し訳程度についている葉。


発射(ショット)!」


 更にマルシアが声を重ねた瞬間。勢い良く花弁が後方へと仰け反った。同時に、その植物の種が弾のように飛び出していく。


 ほとんどマルシアの元まで近づいていたコボルトは、なんら反応をする暇もなく、額に種の弾を受けて後方へと押し出された。


 マルシアは油断せずに次の種を生成させる。他の魔術と比べ、発動までにある程度の時間が必要なのが難点だが、一度完成すると直ぐに連続して発動することが出来るのが利点の魔術らしい。


 発動する猶予がない場合は魔石杖を使えばいいだろう。見た目からして、マルシアと中々相性の良さそうな魔術だ。


 しばらく待っていてもコボルトが起き上がる気配はない。見ていたところ、種が弾かれた様子はない。初めはただの種飛ばしかと思っていたが、コボルトの毛皮、更には頭蓋を貫通するのは中々の威力だ。しかも、発射速度もかなりのもので見た目に捉えにくい。相手にしたことを考えると、中々恐ろしい魔術かもしれない。


「……どうですか!」


 マルシアは一息つくと、自信の溢れる顔を俺に向けてきた。


 話の上では魔術が使えるようになっていることは聞いていたが、実際に見たのは今回が初めてだ。敵が近づいてきている状態であれだけ冷静に使えるのなら問題はないだろう。


 俺はいざという時の為、手に持っていた短剣をしまう。後方にいるシャンディも安心したのか、マルシアの近くに浮かべていた三日月刀(シミター)を手元へと戻していった。


「よく頑張ったな。見事だったぞ」


 俺は労いの言葉を掛ける。


「ふふ、先生の腕も良かったからかしらね」


 シャンディも嬉しそうだ。生徒の成長がわかって教師冥利に尽きるのだろうか。俺は振り返り、同じように労っていった。


 ――パチパチパチ。


「うむ、見事だ!」


 そんな状況を外から見ていたリーゼロッテが拍手をする。


 今回はパーティでの行動を見据えた実地訓練だ。


 皆の成果も確認しておきたかったし、そろそろリーゼロッテも外に出たいと騒ぎ立ててくる頃合いである。なので纏めてやってしまえと皆の予定を合わせたわけである。


 さて、もう一人の生徒であるシルヴィアだが……。


 俺たちから少し離れた所で黒騎士の中に入って佇んでいるシルヴィアを見やる。


 何故離れているのかというと、先ほどまでリーゼロッテの質問攻めにあっていたからだ。やはり鎧は気になるのか、あちこち触っては「私も乗せてくれないか!」とシルヴィアに迫っていたので、「慣れてからな」と俺が止めに入る。相手が怯えていることは理解しているのか、不承不承リーゼロッテは頷いた。


 さて実際のシルヴィアの成果だが、先ほど試しにと軽く指先を切って試したところ、回復(ヒール)に関しては完璧に扱えるようになっていた。現在目下勉強中なのは……。


 ガタンと黒騎士が槍を落とした。正確には元々持っていたわけではない。もし扱えるようになれば説明も楽だと、試しに学ばせているのが生命分操(ライフパペット)だ。シャンディが以前言っていた生命を分け与えて操る魔術である。完成には程遠いが、なんとか槍に掛けることで矛先の安定は計れるようで、以前から問題だった攻撃力も少しは補強されるだろう。


 同じようにマルシアも幾つか自分にあった魔術を勉強中とのことだ。やはり、マーナディアにやって来たことは成長の面で考えるといい選択だったのだろう。


「次は私の番だな!」


 リーゼロッテはまだかまだかと体を動かしている。準備運動は怠らないのはいい事だが、もう少し落ち着きは出ないものだろうか。


 俺はため息を付きつつ、感覚強化(ブーストセンス)で辺りを探った。


 実際にリーゼロッテにはこの能力の事は話していない。長年冒険者をやって来た成果でなんとなくわかるんだと告げたところ、「さすがだな!」と予想通りの反応。この辺りは扱いやすくて実に結構。


 意識を集中してみたが、辺りに魔物の気配は感じられなかった。


「もう……魔物はいなさそうだな。一旦場所を移すとしよう」


「むう。準備は万端だと言うに」


 不満気にリーゼロッテはぼやくが、それをぶつける相手がいなければどうしようもない。


 そんなお嬢様を宥めつつ、皆して来た道を戻っていった。


 その先には馬車が一台停まっている。街中で使っているものではなく、旅馬車並の大きさだが、これもまた贅を凝らした仕上がりとなっていた。


 朝、予定通りに門の前まで来ると、リーゼロッテと共に待ち受けていたのがこの馬車だ。お陰で発見するのに労力は必要なかった。ユーリエも付いて来ているものだと思っていたのだが、同伴していたのは無表情なメイドが一人だけである。どうやら御館様の警備についているらしい。まあ、そんなに暇ではないのだろう。


 屋敷で何度か顔を合わしたことがあったが、実はこのメイド……いや、屋敷のメイドたちは基本的に戦闘もこなせるらしい。それを聞いた時、屋敷の警備の数が少なく感じた訳を悟った。


 俺たちの帰還にメイドは「おかえりなさいませ」と頭を下げ、馬車の扉を開けていく。


「何しとる。さっさと出発するぞっ!」


 真っ先に馬車に飛び乗ったリーゼロッテが、もたもたと後に続く皆に向って叫んだ。




 いつもと違い、馬車のお陰で索敵範囲はかなり広がった。


 徒歩の場合だと常に歩きまわり、休憩も取らなければならない。その点、馬車だと休憩は移動中に済ませられ、歩くよりも断然速い。通常の旅馬車と比べても何故か速い気がしたので、メイドに訪ねてみると「クラインハインツ家の所持する馬ですから」との事。やはり、貴族様の馬は優秀であらせられるらしい。


「このまま魔窟に乗り込むのはどうだろうか」


 そんなことなので、リーゼロッテが調子に乗っている。


 もちろん、このオッドレストの周囲にも魔窟と呼ばれる場所があることは調べがついている。近場で探すよりは魔物と遭遇する確率は高いだろう。


「お前にはまだ早い。と言うより……先ずはそこの人物を納得させるんだな」


 俺の言葉に御者台のメイドがリーゼロッテを見つめる。


 無言の圧力。


「……すまぬ」


 端から見ると立場が逆のように見えなくもないが、どうやらリーゼロッテが幼少の頃からの付き合いらしい。見た目に関しては相当若作り……いや、やめておこう。こちらにまで圧力が押し寄せてきそうだ。


 俺は皆から離れるように御者台から外へと出ると、そのまま馬車の屋根へと移動していく。メイドが若干咎めるような視線を送ってくるが、あくまで魔物を探すための行動だと言い含めてある。リーゼロッテが許可を出した手前、なにかを言ってくるようなことはなかった。


 さて、外は寒い。中に居たほうが暖かいのだが、魔物を探すという振りをするには仕方ない。


 感覚強化(ブーストセンス)


 いつも通り、感覚を強化していく。そこに飛び込んできたのは人の反応だ。それも複数。


 なんだ、こんなところにも冒険者がいるのか。ならばここら辺の魔物はそいつらに任せると……。


 そこまで思った所で、俺は急いで御者台へと飛び降りる。再びメイドの視線が突き刺さるが、そんなことを気にしている場合じゃない。


「……この先にいるのは魔物ではなく人間。何かを運び出しているようだ」


 メイドの表情に若干の驚きが混じる。そして馬車を停めると、前方を注意深く観察していった。しかし、周囲は木々に囲まれている。感覚強化(ブーストセンス)で知った情報を視界だけで感じ取ることは出来ず、俺に疑惑の眼差しを向けてきた。


「……そこは信じてもらうしかないが、少なくとも十人以上居る。何かあった時の為にも警戒しておくに越したことはない」


「わかりました。確認をお願いします」


「なんだ、魔物を発見したのか?」


 ようやく自分の出番かと、リーゼロッテが顔を出してくる。それを一瞥した後、メイドに目線で相手を頼むと合図を送る。


「シャンディ、ここは任せるぞ」


「……了解。気を付けてね」


「一体、どうしたと言うのだ!?」


 突然の俺の放置宣言にリーゼロッテが文句を言ってくる。


 相手が何者なのかはわからない。冒険者にしては人数が多いし、盗賊にしては街に近すぎる。ここは街道からかなり離れている場所だ。相手が何なのか確認しておかねばなるまい。


「ちょっとしたトラブルだ。少し待っていてくれ」


 そう言い残し、俺は馬車を飛び降りた。

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