第九十一話 護衛と首輪
「うむ、よくぞ参られた!」
少女――リーゼロッテが俺を見るなり口を開く。その口調はお淑やかというには程遠いものだった。俺が勝手に想像していた貴族の女性像がもろくも崩れ去っていく。
……なんでこんなにテンションが高いんだ?
「お呼びに預かり至極光栄にございます」
使い慣れない言葉を何とかひねり出し、俺は礼をした。
「そんなに畏まられても困るのだが」
俺の態度に、何故かリーゼロッテは残念がった。こんな対応は求められていないのか、それとも俺の行いがおかし過ぎるのか。
「しかし、お……私は一介の冒険者なので」
「今回呼び出したのは私が礼をする為。いつも通りにして貰いたい。そこに居るユーリエも元は冒険者。慣れているので構わないぞ」
リーゼロッテはちらりとユーリエに視線を向ける。それを受けてユーリエは頷いた。
「……それはありがたい。さすがにいつボロが出るかわからなくて恐々としていた」
まだ自然体でいたほうが気が楽だ。許可してくれるのであれば甘んじよう。
「ふふふ、やはりそうであるか。それでこそ冒険者というもの。私も普段からそんな畏まった言い回しをされるのは好きではなくてな。ユーリエにもそうは言っているのだが、これがどうして、直してくれないのだ」
そう言って再びユーリエを見るが、今度は取り合わない。
しかし、このお嬢様は冒険者になにやらイメージを持っているようだ。理解があるというには偏っていそうな雰囲気を感じる。
「それでリーゼロッテ様が俺を呼んだのは……」
「様もいらぬ」
俺の言葉を遮るようにして、リーゼロッテが口を挟む。いくらなんでも貴族様を呼び捨ては不味いだろう。俺が悩んでいると、「そうしないと怒るぞ」と言われてしまった。
「わかった……リーゼロッテ」
「よし。では早速本題と行きたいのだが……その前に」
リーゼロッテは満足気に頷くと、テーブルの端にある呼び鈴を取り、メイドを呼んだ。そして茶の用意を指示すると、ソファへと腰掛ける。その後ろにユーリエが立ったままついた。
「イグニス殿も座ってはどうだ?」
既に名前も知られているらしい。ユーリエがいるのだから当たり前か。
リーゼロッテに言われて、今まで座るタイミングを逃していたことに気付く。再び、あの恐怖のソファへと俺は身を下した。事前の体験があったので、今度は驚かない。限界まで沈み込んだ俺の身体は違和感を発しているが、なんとかそれを抑えこむ。
「俺にも敬称はいらない。こっちが呼び捨てているのにおかしいだろう?」
「それもそうであるな」
リーゼロッテは納得顔で頷くと、こほんと一つ咳払い。
「して、イグニス……助けてもらった事、誠に感謝している」
そして頭を下げる。
「適切な判断と処置はさすがレベル5の冒険者。あのまま私一人で戦っていたら結果は目に見えていた」
「しかし、何故一人で戦っていたんだ?」
最大の疑問をぶつけてみる。そもそも、皆で戦っていれば何も問題は起きなかったはずだ。
「む、それはその……」
そこでリーゼロッテは口篭ってしまった。
「……リーゼロッテ様は昔からよくお屋敷を抜け出す癖を持っていまして」
ユーリエが後ろから補足する。その言葉にリーゼロッテは「むう」と呻いた。なるほど……常習犯か。
「ならば警備を増やすとか、感知役をたてるとかあるだろ……そう言うユーリエも感知が出来るだろうに」
「私は御館様の護衛役ですので、いつも付いていることは不可能です。警備は今までに何度も……そして、リーゼロッテ様は感知では捉え難いのです」
捉え難い? ……どういうことだ。少なくとも俺の感覚強化には普通に引っかかっていたぞ。一般的な感知と俺の祝福では何かが違うのだろうか。俺はそれを問おうかと口を開きかけたが……止めた。芋づる式にどうやってそれを手に入れたかという話に発展してしまいかねない。
しばらく待っても、それに関する詳しい説明はされなかった。あまりそこは掘り下げないほうがいいのだろう。
「そこで頼みがあるのだ!」
ユーリエの言葉に黙っていたリーゼロッテがいきなり口を開く。嫌な予感がする。そしてこの場合、大体当たっているものだ。ユーリエに視線を向けたが、背けられてしまった。
「私に、冒険者として修練をつけてはもらえないだろうか!」
意味がわからない。何故、俺に頼むのだろうか。
「それならば俺以上に適任な者がギルドに居るだろう」
「ただの冒険者では父が納得しない!」
「……いや、俺もただの冒険者なのだが」
確かにシルヴィアやマルシア、更には過去にそこのユーリエに基本的なことは教えはした。しかし、その程度だ。
「私を助けてくれた事に加え、ユーリエと旧知の間柄。そしてギルドの中心人物とも繋がりがあり、レベルも相応。これだけ揃えば、父も説得出来た」
「説得……ね」
きっとその御父上は心の底では納得してないんだろうな。今まで娘を持つ父親を何人も見てきた経験から、勝手にそう思ってしまう。
「御館様はリーゼロッテ様が勝手に外に飛び出していくよりは、首輪をつけておいたほうが良いと判断なさいました。これまでは大事にならなかったので、半分放任しておられたのですが……今回の事件で考えを改めまして」
更にユーリエが補足に入る。確かにあんな状況になるのであれば、最初から護衛を付けて外に出した方がマシだろう。そして都合よく助けた俺……か。
「その……拒否権は?」
「この時期の冒険者は特に暇だと聞いている。調べたところ、パーティメンバーも同じように修練の最中だとか……給金は十分に用意する。頼まれてはくれぬか?」
再び、今度は恨みがましい眼でユーリエに視線を送る。今度は逆方向に背けられてしまった。
「……とりあえずはお試しで」
俺はそう言うのが精一杯だった。
「……一つ聞きたいのですが」
馬車から降りた俺の背に、ユーリエが声をかける。
「私が知っている限り、貴方はレベル3で限界を迎えていました。それなのに何故今ではレベル5に……」
俺は振り向かない。まあ、予想していた質問だ。
「まあ、色々あったからな……だが、既にパーティメンバーではないお前に教えることは出来ない」
元仲間だからと言って、精霊契約に関する事を話す気はない。
「この事で信用出来ないのなら、今からでもリーゼロッテに進言したらどうだ?」
「いえ、私は貴方を信用しています。……昔から」
「……そうか、ならば相応に答えるとしよう」
そのまま俺は魔石店の扉へと手をかけた。
「で、貴族のお嬢さんとどういう事になったんですか!?」
部屋で休んでいると、いきなり眼の前までマルシアが詰め寄ってきた。
どうやら事の成り行きをシルヴィアから聞いたのだろう。しかも、中途半端な形で。まあ、シルヴィアに掻い摘んだ説明しかしていなかった俺も悪いのだが……。どこまで理解して、どこまで歪曲しているのかわからないので、下手に言葉を紡げない。
「でも、まさかあのシャロワ様の血を引く貴族のお嬢様なんてね……どこかにそういう存在が居るのは知っていたのだけど、こうして身近に感じるなんて思わなかったわ」
シャンディにはちゃんと伝わっているようで助かった。しかし、まったくである。身近過ぎて頭が痛い。
これからの事を考え、俺は頭を抱える。
「それで、リーゼロッテ様……だったわよね。可愛かった?」
「まだ子どもと言っても差し支えない程度だぞ、シルヴィアと同じくらいだ」
「……自分で言ってて、失言だったと思わない?」
「……そうだな」
精神的な疲れからか、頭が上手く回っていないようだ。俺は誤魔化す様にシルヴィアの頭を撫でる。
「それと護衛の人って、過去にイグニスと色々あったのでしょう?」
「含みのある言い方をするな。……ただの元パーティメンバーだ」
「本当?」
「ああ、マルシアだって知っているだろう?」
俺から眼を離さないマルシアに話を振る。俺の新人時代はマルシアもよく知っている筈だ。
「……知ってますけど、詳しい話を聞いたことないじゃないですか」
ふくれっ面でマルシアが答える。確かに、あの時はコイツともただの冒険者とギルド職員の関係だったな。
「それじゃ、今日は色々と聞き出さないといけないわね」
そう言ってシャンディが俺の首に手を回してきた。
今日の俺には、それを振り払う気力すらなかった。




