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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第四章 冒険者と魔術師
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第九十話 過去の少女と現在の女性

 冒険者の中でパーティを組んだことがない奴など稀だろう。


 それは自発的かもしれないし、または依頼の中での強制かもしれない。しかし、冒険者にとって協力するということは自身の安全にも繋がる大事なことだ。


 見習い時代は特に危うい。先輩たちがサポートしてくれることも多かったが、いつも世話にばかりなっているわけにも行かなかった。


 新人は新人で自然と横の繋がりが出来てくる。所謂、同期と言う奴だ。その流れに逆らわず、新人組もまた、それぞれパーティを作り始めていった。


 しかし、それも長く続く事は稀だった。パーティを組んだからといって、直ぐに成果が上がるわけではない。逆に下がることの方が多いのは当たり前のことだった。人が増えれば報酬は等分しなければならない。その分の金で安全を買うという発想をするには、若い奴にとってはまだまだ経験が足りなかった。


 色々なパーティが作られては解散をしていく。そんな光景を、俺は遠目から見ていた。


 当時、俺には欲しいものがあった。それは武器屋で見つけた、絵本に出ていた英雄の剣に酷似している片手半剣(バスタードソード)。誰もそのような武器に興味が無いのか、それはずっと飾られたままだった。


 鋼で作られた武器は、新人冒険者では中々手の出ない代物だ。


 その代金を集めるため、俺は一人で戦っていた。当時の俺にはゴブリンぐらいしか相手に出来る魔物は居ない。一匹しか居ないオークを発見した場合、奇襲をかけて倒したこともあったが、その度にギルドでは無茶をするなと叱られてしまった。


 ようやく代金が貯まった頃には、冒険者になって一年の月日が流れていた。


 奇しくもその片手半剣(バスタードソード)を買った日、それは俺がレベル2に上がったのと同じ日となった。


 ようやく周りに目を向けられるようになった時、既に目ぼしい奴らはパーティを組んでいたし、馴染めなかった奴らは一人で戦うことを決めていた。


 そんな折、一人の獣人が声を掛けて来る。今までもさんざん世話になった先輩の一人、バルドルだった。


 そこからバルドルにパーティを組むにあたって、様々なことを教えてもらった。遠出や依頼での一時的なパーティを組むことも多くなり、それらを自らの経験としていく。


「よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げるのは、藍色の髪の少女だった。俺より一つか二つくらい下だろう。


 少女は冒険者になってもうすぐ一年になるらしい。ランクはそろそろレベル2になる頃合いだ。基本的な事はほとんど学んでいた。


 バルドルから「お前に任せた!」とサポートを押し付けられてしまったのは、俺も共に学べと言うことだろう。あの人には世話になっているし、その頼みを断る気などさらさらなかった。


 それからしばらくは、少女と一時的なパーティを組んでいく事になる。


 少女は実に従順で、わからないことは素直に聞き、俺の言うことをしっかりと学んでいった。俺にもわからないことは共に悩み、答えを模索していった。


 今思えば、その笑顔にやる気を貰ったことも多々ある。


 また、自分がリーダーと自覚して行動することは、新たな自分の成長に繋がっていった。




「どうしました?」


 俺の顔を、幾分時を経て成長した仲間が覗きこんでいた。


 ……しかし、どうしてこうなったのだろうか。現実に引き戻され、俺は頭を振った。


「いや、暇だったからな。昔を思い起こしていた」


 俺は外の景色を覗きながら答える。その耳に届いたのは「そうですか」と、特に何の感情も乗っていないユーリエの声だった。


 今、俺たちは馬車に乗っていた。街中でだ。一般的な荷物や人を運ぶ大きな旅馬車とは違い、この馬車は貴族などが街を移動する為だけに作られた、人専用の馬車だった。その分、作りはものすごく丁寧だ。俺の尻の下にあるものは、まるで柔らかいベッドのような座り心地の座席。外からの振動もほとんど感じられない。外から見た時に全身に渡って描かれている意匠にも圧倒されたが、内部の作りもまた驚きに値すものばかりだった。


 馬車の外を流れていく景色は、段々と見慣れないものへと変化していく。周りの歩行者の数も少ないところを見ると、貴族街に到達したのだろうか。


 天に聳える浮遊城の袂。そこは負けず劣らずに豪勢な建物が立ち並ぶ貴族街だ。こんなところを俺が一人で歩いていたら、辺りを巡回している警備兵が直ぐ様飛んできそうだ。いや、一応冒険者ではあるし、依頼で来る可能性も考えると、いきなり捕らわれるような事はないか。何にせよ、用もないのにこんなところに来たいなどとは思わないが。


 馬車がゆっくりと停止する。どうやら目的の場所についたらしい。


「少しの間、ここで待っていてください」


 そういうとユーリエは馬車の外へと出て行った。それと入れ替わるように、開けた扉から外の寒気が飛び込んでくる。その冷たさに俺は気を引き締め直した。相手は貴族様である。下手に心象を悪くすると何が起こるかわかったものではない。ユーリエは「リーゼロッテ様なら大丈夫です。気楽にしていてください」などと宣ったが、だからといって「よう、生きてたか?」等と挨拶したら、こちらが死人にされかねない。


「おおっ?」


 考え事に浸っていると突然馬車が動き出した。先程よりその勢いは緩やかだったが、いきなりのことで声を上げてしまった。


 再び外を覗き見てみると、どうやら門から中に入ったようだ。俺の眼には綺麗に整えられた庭園が飛び込んでくる。果たして、この場所に冒険者ギルドが幾つ建てられるのだろうか。その果てしない広さに、俺は呆れてしまった。


 そのまましばらく進んだところで馬車が止まり、外からユーリエが扉を開ける。


「お待たせしました。どうぞ」


 馬車を降り、俺は大きく伸びをした。窮屈な馬車の中、ずっと座っていたので身体が硬くなっている。十分に解しながら、いつもの癖で感覚強化(ブーストセンス)を使ってしまった。街の門を出たところでよくやる行動だ。


 様々などうでもいい情報が流れ込んでくる中、遠くから俺に向けられた視線を感じた。


 反射的に顔を上げ、そちらの方を向いてしまう。それは、俺が今まさに入ろうとする館から送られてきていた。


 二階の窓から覗く少女と眼が合う。少女は驚いた表情をすると、奥へと引っ込んでしまった。遠目なのではっきりと断言できないが、多分狩場で出会ったあの少女だろう。何故だか睨まれていたように感じたのだが、それはきっと気の所為だろう。そう願いたい。


 最早感覚が麻痺してきているが、俺の前に立ち塞がるその館は、馬車の中からここに来るまでに見たもの中で一番大きかった。


 ……想像以上にやばいところかも知れん。あまり考えないようにはしていたが、ドンドンと膨れ上がっていく不安はどうしようもない。それが解消されそうな要素も何処にも見当たらないのだ。


「固まってないでいきましょう」


 俺の肩をユーリエが叩く。外から見ても、俺の緊張は伝わっているらしい。許可さえあれば、そこの庭園にある噴水で顔を洗いたいぐらいである。


 代わりに顔を両手で叩き、気合を入れなおすとユーリエの後に続いていく。館の入り口を護っている警備兵二人はユーリエに気づくと、道を譲り、深々と頭を下げた。


 どうやら彼女は相当偉くなっているようだ。俺のイメージはテレシアで共に冒険していたあの頃で止まっているので、全く現状が想像できない。少なくともこんな大きな貴族に仕えているのだ、相応の地位なのだろう。


 自分の姿と見比べて、何となくため息を付いてしまう。


「ユーリエ様。おかえりなさいませ」


 入り口である大きな扉を抜けるとエントランスホールが広がる。そこには十人以上のメイドたちが俺たちを出迎えていた。


 一瞬、メイド姿のマルシアを思い出す。そして例の本。アレの舞台はこういう場所なのだろうなあ……。


 辺りを見回したが、よく分からない彫像やら騎士鎧、絵画などが並んでいる。そこに存在する調度品一つとっても、一介の冒険者には手の届くような値段ではないだろう。中央正面の一番目立つところには、大きな肖像画が飾ってあった。この館の主なのかと思ったのだが……その人物に見覚えがあった。


 シャロワ・マギ・オッドレスト。


「おい……ユーリエ、まさかこの屋敷は……」


 絞りだすような声で、ユーリエに問う。


「ええ、想像の通りです」


 ユーリエはこちらに向き直り、肯定する。どうやら言葉足らずな俺の問いを、完璧に理解してくれたようだ。 


 こんな所で役に立たなくてよかったのだが……折角この国に来たのだからと、宿にて肖像画を見た後、少しだけ冒険王の仲間である魔法剣士シャロワについて調べておいていた。


 絵本などでは、シャロワの活躍は最後の戦いである竜との決戦までしか描かれていない。その後はそれぞれの国へと戻ったことになっている。俺が知っているのはここまでだ。


 王都で調べてみるとさすが出身国だけあり、その続きは直ぐに見つかった。


 竜との戦いで深い傷を負った彼女は一線を退き、そのまま国内の有力貴族と結婚した。一部には相手に冒険王であるベリアントを推す声もあったが、彼女は首を横に振ってそれを断ったという。その後、今までの冒険で手に入れた魔石を国に献上し、魔石の研究に尽力したという話だ。


 しばらく黙って肖像画を見上げていたが、「そろそろ行きましょう」とユーリエに促される。


 ……もう、何が出てきても驚きはしないな。


 そのまま館の中を案内され、応接間らしきところへと通される。やはりここも無駄に広い。


「しばらくこちらでお待ちください」


 そういってユーリエは下がっていった。


 しかし、こんなところにぽつんと一人置かれても何もすることがない。風塵収縮(ブラストフィールド)など使ったら部屋の中が大変なことになるだろうしな。


 ならば黙って座っていようと、俺はソファに身体を投げ出した。


「うおっ!?」


 しかし肝心のソファは思っていた以上に柔らかく、身体がどこまでも沈み込んでいくような錯覚を感じ、俺は慌てて立ち上がった。そして冷静になると、はあと溜息をついて顔を手で覆う。


 ……なんで俺はこんなところに居るのだろうか。端から見たらさぞかし滑稽な姿だろうな……ソファ一つに驚くってなんだよ。


 脱力したまま、再び座り直そうかとしたところ、部屋の扉がノックされた。


「失礼します」


 そう断りを入れ、扉を開けたのはユーリエ。その傍らから一人の少女が進み出てきた。その顔には間違いなく覚えがある。


 胸元を広げ、腰をきつく締め付けた綺羅びやかなドレス姿。更には一つどれくらいするのか想像もつかない程に立派な装飾品が散りばめられている。


 魔法銀(ミスリル)の鎧の時も思ったが……やはり着せられている感は否めない。

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