第八話 生体活性と肉体疲労
とりあえず名前がないと不便なので俺はこの能力を当たり障りなく生体活性と名づけた。
まずは腕の力を上げてみる。便宜上生体活性・腕とする。
ちょうと目の前を歩いているのは愚かなゴブリン。実験の犠牲になってもらうとしよう。
武器が剣だと効果がわかりにくいので拳で攻撃してみる。
ボッ! っと表現に困る音を立ててゴブリンの頭が消えた。いや、正確には引き千切れた。
頭を失った首元から大漁の血が吹き出し、返り血で俺の身体は酷いことになった。迂闊すぎた、ここまで威力が上がるとは思ってなかった。しょうがないのでついでとばかりにゴブリンの胸から魔石を引き抜いておく。
「あ、えっと……大丈夫ですか?」
シルヴィアがかなり引いている。
「……取り敢えず川へ行こう」
川はイーベ山脈から古の森を通り、王都~テレシア間を分断するように流れている。やはり水は大事だ、川の近くには冒険者をよく見かける。俺と同じように血を洗う者、飲水を汲んでいる者、飲水を求めてやってくる魔物を狙う者と様々な理由で。
俺は水を浴び、やっと一息ついた。
湿った装備は不快感があるが、血まみれよりは大分いい。
「それにしても凄いな。この契約能力は」
自分の手を高速で開いたり閉じたりしてみる。若干右手に違和感を感じるのはさっき殴ったからだろうか?
「私も実際見るのは初めてですが、わかりやすくて便利な能力ですね」
シルヴィアは俺に向けてそう言うと、明後日の方向を向いて更に小さな声で「それに比べて私の能力は……」と呟いたのは聞いてないことにしておこう。
「そういえば魔術と能力の違いってなんだろうな、シルヴィアの回復も最初は魔術だと思ったものだし」
「詠唱が要らないという事以外は……私は魔術に詳しくないのでなんとも言えません」
「そうか、ギルドで魔術師と話す機会があったら原理でも聞いてみるとしよう。という訳で実験再開するぞ」
「はーい」
さて、次は脚を強化してみよう。
俺は下半身に意識を集中して生体活性・脚と心の中で念じた。
下半身から凄まじい力が湧き出してくる。下半身だけっていうのがなんだか変な気分だが、気にしても始まらない。
試しに走ってみる。ものすごい加速だ。あっという間に周りの景色が流れていく。
しかし、これにはかなりの問題があった。まず現時点で起こっている問題だが……走るのに集中しててコボルトを轢いた。次に慌てて止まるとシルヴィアの姿が見えない。どうやら置き去りにしてきたようだ。そして最後に寒い。これはさっき装備を洗った所為だと思う。
シルヴィアは後で回収するとして、取り敢えず目の前でご立腹中のコボルトをどうにかするとしよう。
コボルトは簡単に言うと二足歩行の犬だ。ゴブリンやオークと並ぶ冒険者の三大獲物だが、レベル的には開きがある。ゴブリンはレベル1。数にさえ気をつければ冒険者なら誰でも相手にできるレベルだ。次にオークでレベルは2。前にも話したがこいつは力馬鹿だから冷静になれば余裕だ。そしてコボルトはなんとレベル3である。ギルドでも新人は出会ったら逃げるべしと教えている。
コボルトの強みは速さと知能だ。ダークウルフと似たような性質と思えばいい。速さこそダークウルフよりは劣るが、武器を巧みに操り、頭や胸などの急所を狙ってくる程度に頭が良い。
その分、魔石だけでなく毛皮も買取対象になっていて、なかなか美味しい相手だ。
俺は片手半剣を鞘から出すとコボルトに向けて軽く踏み込む……が、止まれない。俺は軽いつもりだったがそんな事はなかったらしい。しょうがないのでそのまま突くことにする。コボルトは全く反応しない。速すぎて出来ないのだろうか。そのまま予想通りにコボルトの胸に剣が突き刺さった。
「加減が難しいな」
最高速で走るのは簡単だ、全力で走ればいい。しかし調整するにはまだまだ経験が足りない。
俺はコボルトの毛皮を剥ぎ取り終わると、次の獲物を探しだすため足を踏みだし――。
「お、置いて行かないでくださーい!」
ふらふらと走ってくるシルヴィアの姿が目に入った。
それからシルヴィアを背負って大地を走り回った。見敵必殺、取り敢えず目についた魔物達を片っ端から狩っていった。
冷静になってみるとシルヴィアは宿に残してくればよかったと思わなくもないが、可哀想なのでやめておこう。最後の方は大漁の毛皮を運んでもらったわけだし。
因みに全生体活性も試してみたが出来なかった。出来たらいいな程度にしか思ってなかったが、さすがに精霊様はそこまで甘くないようである。
魔物を一心不乱に狩った結果、一日の稼ぎは冒険者になってから今まで一番多く、金貨1枚を超えることとなった。
これなら簡単に借金が返せそうだ。未来は明るい。
その時まではそう楽観的に考えていた。
翌朝。何かがおかしかった。
身体が全く動かない。いや、無意識に動くことを拒否している。
俺の隣にはシルヴィアが居る。もうすっかり一緒のベッドで寝ることには慣れている。
いつもならその寝顔を弄るのだが……。
ベッドの中で思案しているとシルヴィアが起きた。こいつは寝ぼけていると何故か積極的になる。俺を見つけるといつもの様に抱きついてきた。
「うおおおおおおおお!」
全身に激痛が走った。なんだ! 何が起こった!?
「ど、どうしたのですか!?」
俺の悲鳴を聞いてシルヴィアは完全に眼を覚ました。
痛みで悶えたいのに悶えられないのがもの凄くもどかしい。
「……身体に激痛が走ったんだが」
「……もしかして反動でしょうか」
「反動?」
「ご主人様。昨日は生体活性使いっぱなしでしたよね」
「まさか生体活性を使いすぎるとこうなるのか……」
デメリットがあるとは聞いてない。さすがに便利すぎだと思っていたのは事実だが。
「……多分筋肉痛だと思います」
神妙そうなシルヴィアの口から出てきた答えは実に庶民的だった。
「いや、おかしいだろ! 普通、筋肉痛はこんなに酷くないぞ!」
「……でも、どう見ても昨日のご主人様は普通ではありませんでした」
「……つまり、限界を超えて肉体を行使したから、限界を超えた筋肉痛が来たと」
なんとも情けない結果に、俺は大きなため息をつくことしか出来なかった。
それから三日間、俺はベッドの上で過ごすことになる。
シルヴィアが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれてとてもありがたかった。
でも、時折俺をつついて具合を確かめたり、食事の時に加減を知らずに口に詰め込んでくるのは勘弁して欲しかった。
あと、トイレに関しては何も言いたくない。
なんだか凄い弱みを握られた気がする。俺が主人なのに。