第八十五話 兄妹と魔石師
目の前にいる人物はリスタンブルグの魔石屋店主、グラスにとても似ていた。
一瞬、店を畳んでオッドレストにやって来たのだろうかと思ったが、先ほどの口調を思い出す。あんな丁寧な言葉使いをする奴では断じてない。
精霊族は種族ごとに外見が似ている。エルフも基本的には美人が揃っているし、ドワーフは皆ずんぐりむっくりとしている。眼の前のハーフリングも同じようなものだ。故に、最初は少し似ている程度だと頭の中で考えた。だが、見れば見るほどあのグラスにそっくりだ。
「あの……兄様をご存知何なのでしょうか?」
俺の呟きに驚き、その人物は聞き返してきた。その言葉に俺たちもまた驚いてしまう。
「あ、ああ。貴方に似ているグラスという人物がその兄であれば……少し前に世話になったことがあって、な」
「やっぱりご兄弟なのですか?」
俺の背後からマルシアが顔を出すように聞いてくる。
「ええ、私は妹のラーナといいます……もしかして兄様がなにかご迷惑を?」
申し訳無さそうにラーナが言う。やはりどこでもトラブルを巻き起こしていたのか、アイツは。……いや、そんなことよりもう一つの事のほうが衝撃だ。
「……い、妹さんでしたか」
マルシアも同様のようだ。なんとも言えない表情で見つめている。
確かに外見だけを見るなら中性的だし、ぱっと見ると女性に思わなくもない。しかし、そんなイメージを払拭するくらいに、中身の印象は大きかった。
人をからかうような言動多数、気分屋で実は中身がおっさんぽい。これだけ揃えば、その見てくれなんてどうにでもなってしまう。
「あはは。よくどっちかわからないと言われます」
ラーナは笑う。どうやら、性別を間違えたことに対する不満はないようだ。その表情は実に屈託がなく、同じ顔なのに笑い方一つでこうも受ける印象が変わるものなのだなと実感する。
「あ、そうです。後で兄様のお話を聞かせてもらっても良いでしょうか。ここしばらく会っていなかったので近況などを聞かせていただけたら嬉しいです」
「ん、ああ。構わないだろう」
他のメンバーに目線を送り、確認を取る。特に反対意見は出てこない。シャンディだけは後で説明してもらうからねと意思表示の視線を返してくる。
「それでは、これを運んできてしまいますね」
「……手伝うか? そのままだと視界もあまり良くないだろう」
木の箱に手をかけようとするラーナに俺は提案した。この小さな体躯で身体より大きな箱を運ぶのは大変そうだ。
「ありがとうございます。さっきみたいに人様とぶつかると危ないので……お言葉に甘えても宜しいですか?」
ラーナは素直に頷く。
「あ、気を付けて下さいね。滅多なことでは暴発しないと思いますが、大範囲戦闘魔石の試作品なので」
その忠告に俺は驚き、危うく箱を落としそうになってしまった。
そんなものを俺に運ばせていいのか……?
担当のギルド職員に木の箱を渡す。受けとった職員は何とも微妙な顔をしていた。もちろん、俺も同じような表情だ。お互いに何とも言えない沈黙が支配する。
やはり、ずれているのはラーナの方であるらしい。
「……ありがとうございました。では、ラーナさん。こちらで書類に記入を」
「あ、はい」
ラーナが呼ばれ、奥のテーブルに腰掛ける。
そんな中、俺たちは手持ち無沙汰に立っている。シルヴィアは俺から離れないし、シャンディもいつもと違い、困ったような顔をしている。ただ、マルシアだけは慣れているのか、特にこれといった変化は見られなかった。
ここはギルドの最上階。当たり前だがギルドの重要人物しか入れない、一般冒険者は立ち入り禁止区域だ。いくら俺がレベル5の冒険者だったとしても、専属や特殊な依頼でもない限り、ここに足を踏み入れることは出来ない筈だった。
一応、三階で止められたのだが……ラーナが「私の大事なお客様なので大丈夫です」と強引に許可を貰ってしまった。かなり上の立場なのか、止めに入った職員は、それを聞いて「は、はあ」と口にするしかなかった。
こんな雰囲気の中でじっとしているくらいなら、外で待っていたほうがありがたいのだが……。
俺たちは外に出ていようかとラーナに提案したが、すぐ終わるので大丈夫ですよと返されてしまう。
部屋にあるテーブルの上は書類が占領してるし、そんなところに俺たちを座らせる訳にはいかない。立ったままではお茶すら受け取れないし、職員たちもその対応に困っていた。
「さーて、さらさらっとー」
そんな中、ラーナはただ一人陽気な声で書類に何やら書き込んでいた。
「まさかアンタも魔石師……しかもギルドお抱えとは、ね」
緊張の時間が終わり、ラーナがお勧めというギルド近くの食事処にやってきた。そこで詳しい説明をしてもらっていた。
軽く注文をした後、先ずはお互いにちゃんとした自己紹介をする。お互いにグラスのことを知っているため、時間が経つにつれて砕けた感じになっていった。
グラスの妹、ラーナ。元々はオッドレスト冒険者ギルドのお抱え魔石師だったグラスの後を継ぎ、ギルド関係の仕事をするようになる。以前から兄妹揃って魔石に関する実験や研究をしていたため、グラスと比べても遜色のない腕前ということだ。
「いつの間にかそういう事になってしまいまして……それもこれも兄さんが逃げ出してくれたお陰です」
若干、声のトーンを低くしてラーナが言う。色々と思うところはあるのだろう。
「そうか……あいつ、逃げ出したのか」
「そうなのです! 私に『後は任せたよー。ラーナなら適当にやってても大丈夫さ』って、内容も何も説明せずに消えたのです!」
ラーナは眼光鋭く俺を見つめ、俯いた。そして、徐々に器を持つ手に力が込められていく。更には若干身体が震えているようだった。
……あいつならやりそうだな。
俺の頭の中に、今までのグラスの言動が浮かぶ。そこから考えると、そのセリフに何の違和感も浮かばない。
「あの……先程から気になっていたのですが、その魔石の組み込まれた杖はもしかして兄様の作品でしょうか?」
「えっと、これのことですか?」
マルシアが隣に立て掛けておいた杖を手に取り、俺を見る。そう言えば、直接作成を頼んだのは俺だったっけか。
「ああ、杖そのものは出来合いのものだが、魔石は確か……グラスが作ったものだったと思う」
制作現場は見ていないが、自信作と言っていたのだから間違いではないだろう。
「やっぱり! ちょっと見せてもらっていいですか!?」
「あ……はい。どうぞ」
食い気味に身を乗り出して、ラーナが問いかけてくる。マルシアはそれに若干身を引いたが、そのまま杖を差し出した。
「……兄様の魔石で間違いないですね」
しばらくの間、ラーナはその杖に嵌めこまれている魔石を確認していく。
「魔石の製作者がわかるのか?」
俺も魔石をじっと見つめる。しかし、素人目にはどの魔石も一緒に見えてしまう。識別のために造られた冒険者証の魔石などであれば、魔力を込めるだけで判別は可能だ。しかし、通常の魔石でそのようなことが出来るのは、やはり製作に携わる者だからだろうか。
「はい。魔石師であれば魔力操作の癖などで、どなたの作品なのかはある程度判別出来ますよ」
魔石をじっと見つめたまま、ラーナは肯定した。
「……」
そして、そのまま黙り込んでしまった。辺りの喧騒とは打って変わり、俺たちのテーブルだけが何故かしんと静まりかえってしまった。
それもこれも、なんだか話しかけにくい雰囲気がラーナから発せられている為だ。
「……ふふふ」
不意にラーナが低く笑い始めた。その声に驚き、俺たちは彼女を凝視してしまう。
「……さすが兄様。この構造、この流れ。相変わらず芸術と呼ぶにふさわしい魔石です。魔力の集積、無駄のない効率的な魔導路。そして何よりその結果、この大きさに収まっている!」
ぶつぶつと独り言を始めるラーナ。
「マルシアさん!」
「ふぁいっ!?」
いきなり顔を上げるとそのギラギラと燃え盛るような眼で射抜かれ、マルシアは怯えた声を上げた。
「この魔石! 工房でちゃんと調べさせてください!」
やはり、この兄妹は色々と屈折している気がする。




