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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第四章 冒険者と魔術師
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第八十四話 先生と生徒

 朝起きると柔らかいものが当たっていた。


 これまでの経験から、それがどういうものなのかは、まあ分かる。しかし、その感覚がいつもと違っていた。


「なんでシャンディが俺のベッドに居るんだ?」


「うーん、普通の反応でつまらないわね。ここは驚いて後退る場面じゃないかしら」


「……そんな初心な時代はとうに過ぎているさ」


「あら残念。まあ、楽しそうだったからつい、ね」


 そう言って俺の周りに視線を流す。そこには他の二人、側に寄り添ったまま、まだ夢の中にいるシルヴィアとマルシアの姿があった。


「これならわざわざベッドを分けた意味が無いだろうに」


 もちろん、この部屋は四人用なのだからベッドは四つある。しかし、現時点で入り口に一番近い俺のベッドに皆が集中している。フェルデンではひとつのベッドを皆で共有していたその名残なのだろうか、二人は特に抵抗なく俺のベッドに潜り込んでくる。


 さすが高級な宿だけあって、ベッド自体はそれなりに大きい。多少窮屈になるが、全員で寝られないこともないのも原因のひとつか。


「しかし、シャンディまで押しかけてくるとは思っても見なかったぞ」


「一人だけ蚊帳の外なんて寂しいじゃない、ね」


 そう言って腕に絡みついてきた。お陰で一気に目が覚めてしまった。


「それじゃ、お風呂でさっぱりする?」


「……朝ぐらいはゆっくりと入らせてくれ」




 朝の王都はまた違った顔を見せる。


 夕刻から夜にかけては溢れる光の奔流に目を奪われがちだったが、陽の光で細部まで照らされた王都もまた壮観だった。


 俺が今まで見てきた都市の中で最大の規模を誇り、そこに生活する人々もまた膨大な数に登る。今でさえも都市を拡張しているらしく、郊外にも建物が立ち並んでいる。そのうちその場所も城壁に覆われていくことだろう。


「しかし、こりゃまた、フェルデンよりも歩きにくいな」


 フェルデンも人が多かったが、街の中央から十字に大通りが伸び、人の流れはわかりやすく一定だった。


 しかし、この王都はそうも行かない。王城へと伸びる大通りや門へと続く道はもちろん広い、だがそれ以外の道となると、古き時代から拡張に拡張を重ね、安定していない。一定の場所では通りやすいのに急に狭まったりしているなど、どうしても人が滞りやすいのだ。


 まあ、こういう景色も嫌いではない。王城に近づけば近づくほど、歴史を感じさせる建物が多く存在し、また希少な魔石もあちこちふんだんに使われていた。さすがは魔法王国である。古きものと新しきものが混在し、混沌としている中でも新しい発見があった。


 ただ、快適かと言われればまた別の問題ではある。


 ギルドなどの主要な建物は、ほとんど大通りに面しているというところは救いだろうか。まあ、そうでなくてはギルドの面目も立たないしな。


「そう言えばふと思ったんですけど……あのお城って魔石で浮いているんですよね」


 建物の間から覗く浮遊城を見上げ、隣に居るマルシアが問いかけてきた。昨日の竜魔石の話か。


「魔石なら効果切れたりしたら落ちちゃいそうで怖いですね」


「……竜の魔石といえば国宝級だ。出来る限り最大限の保護は掛けてあるだろう。数百年後は知らんが、少なくとも俺たちが生きているうちに落ちることはないんじゃないか。落ちるとしても徐々に高度が下がるとかそんなものだろう」


 魔石が劣化すれば効力も下がっていく。まあ、いきなり落ちるようなことはないだろう。第一、そんな危険な代物なら誰も使おうとは思わない。


 そんな話をしている間に、俺たちはギルドの前へと辿り着いた。




「魔術書でしたらギルドの資料室にもございます」


 冒険者ギルドの受付嬢が笑顔で応答した。


 依頼の報酬を受け取るついでに魔術書に関する事を聞いてみたところ、どうやらこのギルドにもかなりの数存在しているらしい。さすが魔法王国の王都にあるギルドである。高度な魔術書となると相応の場所と認可が必要らしいが、まだ初級を足を突っ込んだ程度のシルヴィアとマルシアには関係のない話だろう。


 資料室を利用する許可をもらい、仲間たちの待つテーブルへと戻ってその事を伝える。


「良かった。早速見に行きましょう」


 シャンディが立ち上がり、皆もそれに続いていった。


 階段を上がり、そのままギルドの資料室へと続く扉を開く。さすが魔導書が揃っていると言うだけはあり、ローブを纏った魔術師然とした冒険者の姿が多い。


 そんな中、俺たちも混ざって魔術書を探していく。大量の書物の中から、まずは基礎的な部分に関するもの複数取り出し、テーブルに並べていった。徐々に積まれていく本にマルシアが「ううっ」と顔を歪めていった。


 ひと通り揃った所で、皆席についていく。ここからは彼女たちの勉強の時間だ。俺の出る幕はない。


 その間、俺はいつも通り魔物の情報を集めることにした。いつまでここにいるかは定かではないが、マーナディア特有の魔物の情報などは持っていて損はないだろう。魔術に関する記憶力には自信がないが、昔から馴染み深い魔物の情報ならスラスラと頭に入ってくるから不思議だ。


 しばらく、ゆったりとした時間が流れていく。まあ、これは俺がそう感じていただけで、同じ席に座るマルシアあたりはずっと唸り続けている。


 図書館などと違い、冒険者がよく利用するこの場所はそこまで静かというわけではない。読書をするのであればあまりよい環境ではないが、仲間内でもあまり静かに出来ない奴がいるのだからお互い様だろうか。


「シャンディ先生、質問!」


 俺たちの中で一番知識のあるシャンディが講師役を務めるのは自然な流れだが、何故かマルシアも生徒としてその流れに乗っている。


 しかしそうなると俺も生徒という立場なのだろうか。色々想像はしてみたが、何とも似合わない光景だ。




 昼前の授業が終わり、昼食の後はいつも通り外で実践だ。ずっと本と睨み合っていては持たない奴が約一名いるのもあるが、実際使用する感覚を掴むのも大事なことだ。


「そろそろ飯にするか」


 俺が提案すると、まってましたとマルシアが立ち上がる。本との格闘に煮詰まっていたのか実に嬉しそうだ。


「そうね、ここら辺でお終いにしましょう」


 シルヴィアへの解説にキリがついた所で、シャンディも頷いた。


 手分けして魔術書を元ある場所へと戻し、廊下へと出る。そして下へ降りるための階段に差し掛かったところ、一階から登ってきた何者かとぶつかりそうになってしまった。


「おっと、すみませ……ん?」


 その相手を見て、俺は眉をひそめる。それは大きな木の箱だった。上から見下ろすと、まるでそれに足が生えて自律移動しているように見える。


「いえいえ、こちらも前方不注意でした」


 箱の下から声がする。どうやら頭の上に木の箱を載せ、左右から抑えているようだった。ここまで背が低いとなると、多分精霊族だろう。


「よいしょっと」


 その人物は重そうな木の箱を床に下ろし、ペコリと頭を下げる。


「あっ!」


 その時、後ろにいたマルシアが声を上げた。それに続いて俺も声を上げそうになる。


 顔を上げた人物は、俺の腰ほどの背丈と子どもの外見をしている精霊族、ハーフリングだった。


「……グラス?」


 その人物は、俺たちが知っている人物と瓜二つの姿をしていた。

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