第八十二話 嫉妬と羨望
街道を商隊が進んでいく。その前後左右に、それぞれの冒険者パーティが付き添っていた。
これほど大人数での行動は久しぶりだ。
正確に言うなら討伐隊以来となるだろう。あの時よりは人数は少ないが、馬車がその隙間を埋めるかのように、どっしりとした存在感を醸し出していた。
盗賊に対するわかりやすい示威行動と言えば、単純に護衛の数を増やすことだろう。この商隊を後方から見ると、それがよく分かる。
魔物ならばともかく、人の強さは実際に戦ってみないと分かり難い。それは単純に身体能力が高いのかもしれないし、魔術師かもしれない、もしかしたら祝福を隠し持っているのかもしれない。外から見て判断出来るものと言えば、やはりその数くらいなものだろう。達人レベルになると一瞥しただけで相手の強さを分かったりするらしいが、残念ながら俺はそのような人物に出会ったことがない。
その商隊の殿を務めているのが俺たちのパーティとなる。どうやら俺たちは総合力ではかなりのものと判断されているらしい。普段は少し退いたところから全体を見渡し、何かあった際に即時駆けつけてもらいたいと商人に言われている。
レベル5が二人に、残りのメンバーも魔術師と祝福持ち。俺がその情報だけを聞いたら、確かに凄いパーティだと思うだろう。
それと同じく、レベル5の冒険者がリーダーを務めるパーティが先頭にも配置されている。
俺たちが先頭でなくて本当に助かった。男所帯の中、女性三人が纏まっていると本当に目立つ。そして最終的に俺が被害を被るのだ。こうして後方で平穏にしていられるのは空気の読める偉大な商人のお陰だろう。
マーナディアの王都オッドレストまでは港町からおおよそ十日間。間にフェルデンのような都市一つと幾つかの村を経由していくことになっている。事前に地図は購入しておいたが、まだ頭の中には入っていない。番の暇がてらに覚えることにしよう。
初日は何も遭遇しなかった。まだ港町を出たばかりで当たり前の事であるが、出来ればこっちの大陸の珍しい魔物などに遭わないものだろうか。出来れば俺の知識にある魔物限定で。
しかし、残念ながら行程の半分を消化しても、そんな魔物とは遭遇出来なかった。ちらちらと御三家が挨拶をしに来たぐらいである。
件の盗賊との接触もなく、俺たちは中間地点である都市に辿り着くことになる。
「うーん、順調」
宿のベッドに寝っ転がってマルシアが呟いた。
「この時期はこんなものよ」
その傍ら、ベッドの隅に腰掛けてシャンディが応じる。
「だよねー。氷天の季節のお仕事って書類整理ばかりだったし、後はのんびりと休憩していたことくらいしか思い出せないなあ」
「まあ、テレシアは平和な街だったからな」
レベル3の冒険者が居ればそれで済んでいたぐらいだ、緊急時以外は実にゆったりとした街だった。
「そうなのね、少し行ってみたい気もするわね。冒険王で有名な都市もすぐ近くにあるみたいだし」
「それなら悪いことをしたな。フェルデンで引き返す形になってしまったな」
「気にしないで。ぶらりと一人旅してたら……ってことだから。そうね、タイミングがあっていたらその街で私たちは出会っていたかもしれないわね」
「そうだな。そんな可能性もあっただろうな」
テレシアで出会ったとしたら、きっと今のような状態にはなっていないだろうな。そう考えると縁とは不思議なものだ。
冒険者の比率を考えると男が多いのは仕方がない。
絵本などで冒険者に憧れる者のほとんどが男だ。俺もその一人だからよく分かる。
逆に冒険者になる女性は祝福持ちや魔術師、神官と言った場合が多い。体力的に男に劣るのは仕方のないことで、前衛を張る女性というのはなかなか珍しい。獣人族みたいに、元から身体能力が高い種族であればそれなりにいるのだが、一般的な人間族や魔力と馴染み深い精霊族だとそうもいかない。
「……しかし、どうしてこうなってるんだか」
俺は一人ごちる。
食事をとるために近場の酒場に来るのは当たり前のことだ。同時に動いている冒険者とかち合うのもよくあることだ。最初は各パーティ毎に分かれていた食事風景も、日数が経つごとに慣れて纏まってくるのもわかる。
しかし、その纏まりの中心がよりにもよってうちのパーティだった。
原因自体はハッキリとしている。最初から注目を浴びていたのだから。
「呑んでますかー」
「おー!」
マルシアの一声に、周りの冒険者たちが器を掲げていった。その傍ら、シャンディがしっかりと酌をしていく。実に完璧な布陣である。
当のリーダーは何をしているのかというと、そんな光景を隅から見つめているだけだ。傍らにはぴったりと寄り添うシルヴィア。パーティの明暗が実にくっきりと分かれている状態だ。
マルシアだけなら色々と問題を起こしそうだが、シャンディも居ればそこまで心配することはないだろう。
俺たちは静かに杯を重ねることにした。
「……マルシア、そろそろ戻るぞ」
これ以上騒ぐと明日に響いてしまいかねないところで、俺は制止を掛ける。冒険者個人が勝手に潰れるのは構わないが、それが俺たちのパーティが原因とされてはたまったものではない。
俺はリーダーとして場の鎮静を図らねばならなかった。
途端に起こるブーイングの嵐。そして注がれる敵対視。予想通りの反応なので、俺は気にせずにやり過ごす。
「はーいっ!」
上機嫌な声と共にマルシアが抱きついてくる。酔っている時のいつもの行動だ、なんてことはない。……しかし、そう思っていたのは俺だけだったようである。
さらに恨めしそうな視線が絡みついてくる。それを怖がったシルヴィアが、俺の背にピッタリと隠れた。更に火に油を注いだような気がするのは気の所為であって欲しい。
「はいはーい、いい男は引き際を弁えるものよー」
そこにありがたい事にシャンディが助け舟を出してきた。見目麗しい女性にそう言われては、男たちもそれ以上食って掛かる訳にもいかない。
これ以上、下手な騒ぎが起こらないように、俺はマルシアをつれてさっさと宿へ戻ることにする。
そのままベッドにマルシアを転がし、ほっと一息。しかし、この状態がまだまだ続くとなると俺の精神が更に磨り減りそうだ。
すぐさま後に続いてくるものだと思っていたシャンディだったが、中々戻ってこない。
それからやや時間が過ぎる。なにかトラブルが起きた可能性を考え、再び酒場に戻ろうかと思ったところ、ちょうどシャンディが部屋の扉を開けて戻ってきた。
「なにをしていたんだ?」
「後片付けと……これ以上イグニスが悪者にならないようにちょっと、ね」
俺の問いに、シャンディは含みを持った笑みを浮かべる。なんとなく嫌な予感が頭をよぎるが、その内容を聞いてもきっと答えてはくれないだろう。
起きてしまったことを嘆いていても仕方がない。気にはなるが俺はそのままベッドに体を横たえることにした。
次の日、昨日とは打って変わって冒険者たちの風当たりが弱まっていた。それどころか、何故か尊敬の念すら感じる気がする。
これはこれでやり辛いのだか、どうにかその理由を聞き出したところ。
「いやー、全財産の金貨千枚投げ打って奴隷落ちした少女を助けたんだって?」
「あれだな、ギルドから報酬代わりに受付嬢を請求するとか並大抵の度胸じゃねぇな」
「アンタやるな。女のために男と一対一で決闘したとかカッコイイぜ」
色々と誇張されていた。




