第八十一話 盗賊と商隊
長き船上生活に終わりを告げ、俺たちはついに栄光の大地へと降り立つことが出来た。
……ああ、やっと安定した足場だ。俺は足元を踏みしめ、安心する。
降り立った港町は、俺の想像に反して、然程変わったところは見受けられない。
それもその筈、俺が頭の中にイメージしていたのは、絵本に描かれた大魔導師の話が基本となっているからだ。その話をそのまま信じるのであれば、わざわざ海路などというものを使わず、一瞬で世界を巡れることだろう。
しかし、残念ながらその様な便利な代物は見当たらなかった。そんなものより眼に入るのは、俺たちと同じくして港にやって来た交易品と、それに群がる船員たちの姿である。
「とりあえず宿でも取りましょう」
「……そうだな」
シャンディの提案に乗り、俺たちは歩き出した。着いた時刻は昼間になったばかりだったが、マーナディアの王都であるオッドレストに向かうには此処から陸路を行くことになる。保存食などの準備も必要だし、ギルドで護衛の依頼がないかのチェックもしておきたい。
その日は宿決めと先の準備で精一杯だった。
次の日、朝早くから宿を出ると、冒険者ギルドへと向かった。
俺たちが狙うとするなら、朝に貼りだされる新規の依頼しかない。
既にそのまま出立する準備も出来ているので、依頼が見つからなくても問題はない。まあしかし、ついでに出来ることならやっておくに越したことはないだろう。ついでにこちらのギルドの雰囲気も知っておきたいところだ。
冒険者ギルドはベリアント王国の初代国王が立ち上げたのが発端だが、その冒険王の若き頃に活動していたのがここ、マーナディアの大地だ。その時の縁もあり、両国の関係は一度足りとも悪化したことはない。
魔法王国が魔石の活用法を確立すると、安定に供給する手段に加え、お互いの協力関係の更なる強化を図る為、ベリアント王国に遅れること二十年、マーナディアにも冒険者ギルドが誕生する運びとなる。
次第に冒険者ギルドと魔石の利便性が広まるにつれ、追従する国々が現れていった。今では冒険者ギルドを持たない国のほうが少ないとまで言われるようになっている。
しかし、ここで国家間の冒険者ギルドのあり方が問題となる。冒険者は流動的である。なんとか有能な者を自国に引き留めようと、各国は様々な手を行っている。よくある話にお抱え冒険者というものがある。リスタンブルグで討伐隊リーダーのユージンがなっていた専属冒険者然り、高レベルな者には様々な勧誘がつきまとう。未だ、俺にそういったことはないが、シャンディあたりは既に受けたこともありそうだ。
「……ふーむ」
俺たちは掲示板に並ぶ依頼を見比べている。
魔物退治や採取依頼。関係のない方向への護衛依頼などは見る価値はない。しかし、流し見ていく中で気になる依頼がちらほらと見受けられた。
「……盗賊退治、か」
ここ最近はあまり聞かなかった話だ。
氷天の季節になると上昇傾向にあるのが盗賊の出現だ。魔物たちの活動の低下に加え、冒険者たちの活動の低下。こういう時は稼ぎ時なのか、依頼の中にも盗賊狩りが混じってくることが多かったりもする。
しかし、着いて早々に盗賊の話が出てくるとは、治安がかなり悪いのだろうか。ベリアント大陸では冒険者が多い所為か、俺が盗賊に遭遇したのは数える程だ。それも氷天の季節に食いつなぐための食糧がなく、仕方なくといった類の話が多かった。
俺は振り返り、後ろの三人を見る。
「シャンディ、経験は?」
「もちろんあるわよ。私は色々な場所を回っていたもの。治安の良いところも悪いところも、ね」
その返答に俺は頷く。
「……後はお前たちだが」
シルヴィアとマルシア。二人はそれなりの経験をしてきてはいるが、対人戦には不安が残る。
「大丈夫ですよ! 死者の園でもなれましたし」
「……問題ないです」
二人は自信を持って頷く。確かに人型の相手をした、と言えばその通りだが……全ては不死者だ。唯一、人としての意識が残っていたガーゼフとの戦闘は、経験と言えるかもしれないが……あの時はお互いが協力した上での勝利だ。一対一で相手と向き合うとなるとまた別の問題である。
まあ、駄目だったとしても、俺たちでカバー出来る範囲である筈だ。冒険者をしていればいつまでも付き纏う問題である。結局は経験を積まないとどうにもならない部分が大きい。盗賊になる奴らは元冒険者だとしても低レベルな者がほとんどだ。高レベル冒険者となると引退後……と言うよりは現役中に様々なところから勧誘が来る。余程のことがなければ、食いっぱぐれる心配はないだろう。
依頼はあっさりと決まってしまった。当初の目的通り、王都に向かう商人の護衛となる。
掲示板からも分かるが、盗賊被害が出始めていたことによって護衛の追加依頼があったのだ。
よくよく考えれば、シャンディが入ったことにより、レベル5の冒険者が二人となっている。これはパーティの信用度という意味で、かなり高くなったといえる。今までは俺がレベル5でマルシアが見習いであるレベル1。そして奴隷のシルヴィアと冒険者でない謎の黒騎士というメンバーだ。端から見れば、俺のワンマンチームに見えていたかもしれない。少なくともパーティとしての信用度はかなり低かったと言わざるを得ない。
そして、俺たちのパーティに関して、少し扱いが変わったところがある。
定期船に揺られていた地獄の日々、時間は腐る程あったので、俺たちはこれからのパーティの形を話し合っていた。
黒騎士の扱いに関しては、完全にシルヴィアが能力で操っていることを公にし、そのシルヴィアを奴隷として所持しているのはもちろん俺。レベル3では疑わしいが、現時点のレベル5ではそれくらいのハッタリにはなる。貴重な戦力の為に大枚をはたいたという設定だ。いや、ほとんど間違ってはいないのだが……これで黒騎士の扱いが少しは楽になるだろう。
依頼の出発時刻は昼となっている。それまでに出来るだけ集めるつもりなのだろう。
俺たちは早めに昼食を取り、指定された場所で待つことにする。ギリギリ間に合わなかったなどとなったら目も当てられない。何事にも余裕は必要だ。
港町の出入口はどこも混雑しているものだ。門前の広場に足を踏み入れる度、人混みに文句を言っている気がする。
やはり、俺たちが護衛する依頼人を見つけるのに苦労してしまった。早めの行動だと思っていたが、思いの外時間が掛かり、見つけた時にはそこまでの余裕は無くなっていた。
件の依頼人は遣り手の商人と言うことだ。立ち並んでいる十台ほどの馬車は、すべて依頼人の持ち物らしい。元から雇われているパーティは五組十数名。それに俺たち追加組が参戦する形になっている。
「追加で参加する『フレースヴェルク』ですが」
その儲け具合を身体で表現してそうな、恰幅のいい男性に声を掛ける。周りの空気からこの人物が依頼人で間違いないだろう。
「おお、待っていましたよ。今回は宜しくお願いします」
商人は俺たちに向かって会釈をする。思ったより腰の低そうな人物だ。成功の秘訣はその話しやすさにあるのだろうか。商売をするつもりはないが、そこら辺は学んでいきたいところだ。
なんと言っても俺たちは追加で賄われた、言わばオマケだ。商人を見習って低姿勢で行くことにする。下手な問題を起こすのは誰の得にもならない。
「……しかし、何故か注目されている気がするな」
護衛の冒険者たちが俺たちの方をチラチラと見ていた。
「わからないの?」
隣に居たシャンディが呆れたように聞いてくる。
「どういうことだ?」
「……ぱっと見たところ、私たち以外に女性っていないわよ?」
「……ああ、そういう事か」
道理で、若干恨みがましい視線を感じるわけだ。
「ふふ、男冥利に尽きるわね」
「こればかりはどうしようもない……甘んじて受け入れるさ」




