第七十八話 港町と海辺の風
マルシアの能力で作った簡易なテーブルと椅子に座り、俺たちは食事をとっていた。
「ねえ、これからはどうするの?」
シルヴィアらしく、良くも悪くも普通の味だ。そのほとんどを食べ終わり、程よく腹が満たされた所でシャンディが聞いてきた。
「パーティとしての、これから先の予定か?」
「ええ、ずっとこのままこの街にいるわけではないでしょう?」
もちろん、パーティの指針は必要だ。当初の目的であるマルシアと、ついでにシルヴィアの防具の新調は終えている。次の目的が決まれば街を出ることになるのだろうが、今のところは特にこれといった目標は思いつかない。
先の話に興味をもったのか、他の二人もこちらに視線を向けてきた。
「特に何も決めていないのなら、一つ案があるのだけれど」
「ん、ああ、なんだ?」
「魔術師として私が教えられることには限度があるわ。交流の少ないシルフの里の知識に加えて、風の魔法に特化しているから……基本的なことは教えられるけど、それ以上となると専門外だわ」
「……そうか。しかし、それでも随分と助かるぞ」
全く使えないのが使えるようになるだけでもかなりの戦力だ。
しかし、俺の言葉にシャンディは首を振った。
「先を見据えるなら、出来る事はしておいたほうが良いわ。フェルデンの魔術書もたかが知れてる。魔術をきちんと使えるようになる為なら、マーナディアに行ったほうが確実よ」
一般向けの初級魔術書や、魔術辞典程度であれば、どの街のギルドや図書館でも閲覧する事は可能だ。しかし、中級以上の高度な魔術書となるとそうはいかない。そもそも使える人間も限られてくるわけで、然るべき場所に保管されているのは当たり前の事だ。
「……魔法王国か」
かつての大魔導師が礎を築いたとされる魔法王国マーナディア。俺たち冒険者がベリアント王国に集まるように、魔術師を目指す者たちが各地から集まってくる場所でもある。この二国は魔石を始めとした様々な事柄から、友好的な関係が結ばれている。
確かに、魔術を学ぶにはマーナディア以上の場所はないと言えるだろう。
フェルデンに居て出来る事と言えば、魔窟である死者の園の探索と銀糸狩り程度なものだ。これからの季節柄、魔物の出現も低下の一途を辿る。先程の訓練に使ったオークでさえ、俺の感覚強化を使ってやっと見つけることが出来たのだ。
幸か不幸か、死者の園騒動のお陰で懐は暖かい。氷天の季節の間は、無理に冒険者家業を行わずとも特に支障は出ないだろう。
「お前たちはどう思う?」
こちらの話に耳を傾けていたシルヴィアとマルシアに聞いてみる。そもそも魔術を学ぶのはこの二人だ。俺も興味が無いとは言わないが、自分自身が使えるようになるわけではない。
「是非、行きましょう!」
「……行けるのなら行ってみたいです」
その言葉を待っていたかのように、二人が口を開いた。
「それじゃ、その方向で考えるか」
二人は向き合うと、お互いに「やったね」と両手を合わす。
「とりあえず、さっさと食事の片付けをするぞ。詳しい話は宿に戻ってからだ」
手を合わせたまま俺の方を向き「はーい」と揃って口にした。随分と仲の良い事だ。
次の日、俺たちは街をまわっていた。
昨夜に宿で討論を重ねた結果、マーナディアに向かうことで決着が着いている。
ただ魔法王国に向かうと言っても、準備は必要だ。まずは余分な物の処分をしておかねばならない。荷物は少なければ少ないほどに良い。
隣を歩いている黒騎士の手には、大量の本があった。その大半が、マルシアの購入した物である。広場で本を購入してからと言うもの、読書熱が再燃したのか、休暇になる度に徐々に部屋を占領していった結果がこれである。まあ、本人の金であるし、売り払えばそれなりに戻ってくる。しかし、よくここまで躊躇いなく買えるものだ。ある意味、感心してしまう。
自由広場の商店は一期一会。同じ場所で店を開いている可能性は極めて低い。俺たちは広場を抜け、確実に開いてる街の書店へと足を運んでいった。
「あ、これは!」
買い取る本の計算をしている間、店内を見回していたマルシアが声を上げる。それだけで大体の事は理解出来てしまう。
「買うなよ」
一言、釘を刺す。マルシアは不満そうに口を開きかけるが思い直し、手に取った本を元の場所に戻した。今日の目的を忘れていないようで何よりだ。
俺も暇つぶしにと辺りを見回しているが、魔導書の類はさすがに見つからなかった。代わりにチラホラと気になるタイトルはあったものの、どうせ店を出れば忘れるだろう。
その後、魔石の補充を終え、余った時間を広場の見学に当てた。今まで散々見てきても、日によって顔を変える市場は常に新鮮な発見がある。マーナディアに向かえば、しばらくはこの場所にも顔を出せない。そのため、しばらくはこの雰囲気を楽しむ事になった。
まあ、一時間もすればいつも通り人混みに辟易するのだが。
ベリアント王国から魔法王国マーナディアに向かうには、海路を使うしかない。
そのため、船に乗る必要がある。先ず、俺たちはフェルデンから西に二日ほど進んだ先にある港町を目指すことになった。
しばらく世話になった宿を引き払う。良くも悪くも印象的な宿だった。
老婆は最後まで相変わらずの態度であったが、風呂付きの部屋というのは中々良いものだった。少し後ろ髪を引かれないでもないが、俺よりもシルヴィアとマルシアの方が残念そうだ。しかし、マーナディアに行きたいと言ったのも彼女たちである。天秤にかけた結果なのだろう。
フェルデンの西門には馬車が引っ切り無しに出入りをしていた。そのほとんどが交易品の類だろう。そのまま広場に並ぶものや、王都へと向かうもの、もしくは他国へ運ばれるものと様々だ。
港町への街間馬車は出ているが、馬車の数が多いこの中では出立の準備に時間が掛かるのか、本数自体少ない。たかだが二日の距離の為に数時間待ち、更に代金を支払うのも馬鹿らしいので、俺たちは自らの足で港町へと向かっていった。
街道には沢山のわだち。それを証明するかの如く、歩いている隣を何度も馬車が通り抜けていく。
「いやー忙しそうですね」
馬車を眼で追いながらマルシアが呟く。
「交易都市だから仕方ないわね。でも、そのお陰で私たちの生活が潤っているのよ」
それにシャンディが答える。
「そうね。感謝しないと」
やはり人通りが多いだけあり、魔物は一匹たりとも姿を見せない。時期も時期なので、このまま進んでも遭遇する可能性はほとんどないだろう。油断と言う訳ではないが、幾分肩から力が抜けた。感覚強化を使う事は怠っていないものの、その反応の無さになんだか散歩でもしている気分になってくる。
そしてそのまま時が過ぎ、二日目の昼下がり。結局、魔物との戦闘はなく、目的の港町が見えてきてしまった。
今居る場所は小高い丘の上。街道はそこから港町へと下っている。この場所から見下ろす港町は中々壮観だ。フェルデンほどとは行かないが、それなりの規模を誇っている。波止場には幾つもの船が並んでいた。その周囲をこまごまと動くのは、荷物を卸している船員たちだろうか。
「――っ!」
黒騎士は兜を取り、抜けだしたシルヴィアが肩の上で立ち上がった。
いつぞやの海を見た時と同じ表情だ。やはり、海やそれに準じたものに並々ならぬ興味が有るのだろう。
その時、強い風が吹いた。氷天の季節に吹く海辺の風は、体を芯から冷やそうと襲い掛かってくる。俺は思わず唸ってしまう。マルシアは外套の前を閉め、完全防御の態勢だ。寒さに強い筈のシャンディも眉をしかめていた。
そのまま黒騎士に視点を戻すと、飛び出した時と同じように、勢い良く黒騎士の中に引っ込むシルヴィアの姿があった。




