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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第四章 冒険者と魔術師
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第七十七話 魔術師とお勉強

 世界は本で埋まっていた。


 まだ朝になったばかりではあるが、光量は光魔石で補われている程度に薄暗い。


 周りを埋め尽くしている蔵書の数々。そこから立ち込める紙やインクの独特な匂い。


 ここは街の図書館だ。交易が盛んな都市だからか、その目的から外れる場所は人がほとんど居ない。元より図書館というのはそういう場所だが、街の規模に比例するように大きい此処では、まるで無人のように錯覚してしまう。辛うじて、受付で司書が本の整理をしているところを見かけた程度である。


 外とは切り離された世界。何となくそう感じてしまう静けさが、辺りを支配している。


 俺以外の三人も、その雰囲気に取り込まれたのか、随分と静かなものだ。縦長いテーブル席に座り、左右に山と積んだ本と格闘している。シルヴィアとマルシアは並んで本に向かい、その反対側からシャンディが解説を入れていた。


 今回は魔術の勉強をする。以前、シャンディが言っていた、巫女の魔術師としての才能。それを引き出すため、基本的な知識を仕入れにやってきた。


 かく言う俺も、基礎的なことを学んでいる。魔術師として騙れるほどの知識は、しっかりと持っていた方がいいと実感したからだ。


 目の前にあるのは強化系魔術の基礎を記した魔術書。俺には体内魔術(オド)が少ないので、使いかたを学ぶ必要はない。そのため、他人に聞かれてもおかしくないように、まずは詠唱文をきっちりと覚えるところから始めた。


「……」


 俺は魔術書に眼を落とす。そこに長々と書き記されている詠唱文。それを全て完璧に覚えきる自信がまるでなかった。


 やはり、魔術師は頭が良くなければなれないのかと本気で考えてしまう。オリジナルで作れないものだろうか。元々は大魔導師を始めとした、昔の魔術師たちが今の体系を作り上げたものだ。もしかしたら俺にも出来るのかもしれない。


 ……などと現実逃避をしてる場合じゃない。必要最低限のものは覚えておかないと。


 俺は再び、手元の魔術書を読み直す。


 まずは筋力付与(エンチャントパワー)。これは俺が使う生体活性(ブースト)の隠れ蓑。以前、使う振りをしていた時は、王都で一度見たのを適当にごにょごにょと呟いていたが、しっかりと覚えておかねば何れボロが出るだろう。


 その詠唱文を復唱しながら、俺は皆の居るテーブルへと戻り、空いているシャンディの横へと座った。


「……うーん」


 直ぐ様、耳に届いてきたのはマルシアの唸り声だ。


 どちらかと言うと感覚派に該当するマルシアは、こういうキッチリとした勉強は苦手だろう。それとは対照的に、シルヴィアは黙々と魔術書を読み込んでいた。元から色々と学んでいただけはあり、勉強する事自体、苦にはならないのだろう。料理の時も、最初は散々たる有り様だったが、勉強の成果もあり、今となってはそれなりの腕になっている。決して要領はよくないが、コツコツと地道に積み上げられるのもまた才能だろう。


 そんなシルヴィアを見て、俺は気合を入れなおした。




 オークは石斧を振り上げ、俺に襲い掛かってくる。


 ここはフェルデンから南東に、それなりに進んだところにある場所。南には魔力溜まりがあるお陰で、ここら辺一帯も体外魔力(マナ)が多い。シャンディいわく、銀糸狩りの際に皆の調子が良かったのはその為だと言うことだ。何故、俺まで影響を受けたのか問うたところ、巫女を通じて契約者にも体外魔力(マナ)が流れこんでいるかららしい。


 南に行き過ぎると魔力溜まりに突っ込み、面倒な魔物に遭遇する可能性に加え、一般冒険者の眼にとまるかもしれない。その為、適度に離れたこの場所に来ていた。


 風陣収縮(ブラストフィールド)


 目の前に広げた左の掌に風が集まっていく。それは半月状の膜となり、オークの一撃を押し留めた。


「――っ!?」


 オークはその現象が理解出来ないのか、変な鳴き声を上げ、更に何度も石斧を叩きつけてくる。焦りからか、最初の一撃ほどの勢いが無い。それは、ただがむしゃらに振り回すだけの児戯と同様だ。


 更に内側に風の膜を作る。それは小さく、右手を覆う程度。


 オークの連撃が止んだ隙を狙い、左の風膜を解除。そしてそのままオークに右拳をお見舞いした。


 風を纏った拳の一撃は、オークの顔面に綺麗に決まり、勢い良く後方へとふっ飛ばした。右腕に衝撃はこない。そもそも触れていないのだから当たり前か。


 握っていた右拳を開くと同時に、風が霧散していった。


 オークがゆっくりと起き上がってくる。その表情には怒りがみえた。思った通り、威力そのものはほとんどないようだ。突風に飛ばされた程度の事なのだろう。後方に硬い壁などがあれば、それなりのダメージは期待出来そうだが、この能力を攻撃に使用するのはいささか無理があるようだ。


 俺は実験をやめ、腰にある短剣を抜いた。そして再び襲い掛かってきたオークの一撃を横に躱すと、そのまま首筋に短剣を押し込んだ。


 小さな抵抗の後、オークが事切れる。


 そのまま魔石を回収すると、辺りを見回す。先ず眼に入ったのは草縄に縛られ、ぽつんと立っているもう一匹のオーク。必死の抵抗虚しく、まるで修練場の木偶人形のように、その場に貼り付けにされていた。


 そしてそのオークに向き合うシルヴィアとマルシア。黒騎士はその近くに、這いつくばるように屈み込んでいた。


 今回はそれぞれの訓練を兼ねている。俺は風陣収縮(ブラストフィールド)をしっかりと扱えるようにしておきたいし、シルヴィアやマルシアも図書館で学んでいた通り、魔術を自在に使えるようになれば大きな戦力となる。先ずはその練習のため、こうして近くの魔物で実戦訓練という訳だ。


「――っ! 種弾シードバレット


 マルシアが叫ぶ。詠唱が終わり、魔術が完成したようだ。なんだかんだ言っても、しっかりと詠唱を覚えているようだ。未だに自信が持てない俺とはえらい違いである。


 その声に呼応するように、植物が伸びてくる。ぱっと見、いつもの能力と変わらない印象を受けるが、成長して形になってきた植物はここら辺では見かけない種類だった。それが一から魔術で造られた魔力植物なのだろう。


 そして、その成長は中途半端な所で止まってしまった。


「……また失敗」


 出来た植物を見つめ、マルシアが頭を垂れた。魔力供給を遮断された植物は、まるで成長を逆に見るように小さくなり、大地へと消えていった。


「うーん、詠唱は間違っていないけど、まだ体内魔力(オド)の使い方に慣れていないのね。ずっと体外魔力(マナ)を使用していたのだから仕方のない事かも。でも、魔術の発動自体は出来ているのだから、頑張ればそのうち使えるようになるわ」


 少なくとも、いつもと違う魔術を使えているのだ。才能が有ることは確かだろう。


「そうね、頑張る!」


 マルシアが元気よく頷いた。なんだかんだでシャンディと打ち解けたのか、いつもの言葉使いより若干砕けている。


 しかし、問題はもう一人の方だった。


 俺は隣で「むー」と唸っているシルヴィアに視線を向ける。図書館の時と打って変わり、正反対の状態になっている。半ば予想出来ていた事とはいえ、あれだけ頑張っているのに魔術自体発動しない姿を見ると、いささか可哀想に思えてくる。


「……お前は大器晩成だな。料理の時もそうだった。最初は全く駄目だったが、今では、ふつ……上手く作れるようになっただろう?」


 俺はシルヴィアの頭を撫でる。


「……はい、頑張ります」


 その言葉に少し安心したように、表情が和らいだ。


「シルヴィアちゃんは祝福からして回復魔術系統を使えるようになると思うのよね。複合式を覚えれば回復(ヒール)でも再生(リジェネレイト)並みの効力になると思うわよ」


「複合式か。シャンディが使っているのを何度も見ているが、そこまで強力になるというのは凄いな」


 風刃(ウィンドエッジ)を使っていたシャンディを思い起こす。マンダリナの障壁をやすやすと斬り裂いたその一撃は、並大抵の威力ではなかった。


「じゃあ、そろそろ飯にするか」


 俺はオークを見ながら呟く。ちょうど食材もそこに転がっていることだし、折角なのでそれを利用して何かを作るか。


 こういう時の担当は専らマルシアである。やはり、俺たちの中で料理の腕が一番だ。シャンディも出来ないことはないが、俺と同レベルか少し上くらいだろう。冒険者というのは最低限の調理が出来れば問題はないのだ。


「じゃあ担当は……」


 そう口に出した時、視線を感じた。先程まで撫でていた頭が傾き、俺を見上げてくる。魔術の成果が芳しくなかったので、料理で挽回したいのだろうか。料理が上手いと言ってしまった手前、断るに忍びない。


「……シルヴィア、頼めるか?」


「はい!」


 シルヴィアが明るい表情で頷く。そんな光景を見てシャンディが笑っていた。

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