第七十六話 叱責と本当のパーティ
月明かりが辺りを照らしていた。
歓楽街の方向から漏れ出る魔力の光も、その美しさには敵わない。
時折、寒風が吹いてくるが、その優しい光の前では何故かそれほど気にならなかった。
俺たちは屋根の傾斜に座りこみ、その情景を眺めている。
しばらくの沈黙。そして静かな夜を背景に、シャンディがぽつぽつと昔を語り始めた。
それは里から始まる、シャンディの軌跡。俺はその言葉に、黙って耳を傾ける。
「……そうか」
全てを聞き終え、俺はおもむろに立ち上がる。
語り始めてから、シャンディは視線を一切合わそうとしなかった。先程から自分の足元を見下ろしている。過去の過ちを語っているのだ、それも無理の無いことだろう。なんとなくその姿に、まるで今から叱られる子どものイメージが重なってしまった。
その理由は何となく分かる気がする。シャンディの新人時代はシルフの冒険者たちの保護を受けていた。俺たちが新人時代に学ぶべき、冒険者の基本を正しく理解していない節がある。おんぶにだっこ……と言うわけではないだろうが、話を聞く限り、街の近くでは好き勝手やっていたようだ。そしてなまじっか巫女としての能力がある。戦闘能力だけを見てみれば、当時から立派な冒険者だったのだろう。
「シルフの里からの脱走劇に忠告を無視した契約……か。確かに褒められた行動ではないな。更には中途半端な温情が、今この現実に結びついてしまったのは紛れも無い事実だ」
どれもこれもシャンディが居なければ起こりえなかった事。その全てに責任があるとは思わないが、その一因であったことは確かだ。
「……そして、その事をずっと黙っていたと」
そんな大事なことをおいそれと言えないのはわかっている。しかし、その所為で後手後手に回っていたのも事実。
「……」
シャンディは黙って続く言葉を待っている。
「俺も何度も失敗をして、何度も叱られてきた。後になって思う。その過ちを咎めてくれる人間が居なければ、俺はここまで来れていなかったと」
だからこそ、言っておかなければならない。
その言葉にシャンディが視線を上げる。
「だから、今度は俺がお前を咎めよう」
俺はその眼をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「シャンディの身勝手な行動の所為で、様々な人間が巻き込まれてきた。シルフの民から始まり、ガーゼフとその仲間たち。ガーゼフの被害にあった者たち。間接的だが、それはシャンディの責任でもある。それは動かしようのない事実だ」
シャンディは胸に手を当て、頷く。その顔には後悔の念が浮かんでいる。俺は一瞬、流されかけたが、ここをなあなあで済ますのは彼女の為にならない。
「犠牲になった者たちの為にも、その事は絶対に忘れるな。そして、繰り返すな。冒険者には仲間がいる。自分の手に余ると判断したのなら仲間を頼れ。一人で何でも出来ると思うな。彼の冒険王ですら、その偉業は仲間と共に成し遂げたものだ」
「そう、ね……今考えると、ガーゼフたちとパーティを組んだ時も、全てが中途半端だった。私の巫女としての半端な誓い、人間を恐れると同時に興味をもつ半端な感情。そして……仲間と言いつつ、完全に心を許せなかった半端な思い。それがこの結果。私は……最低ね」
「そうだな。そこで終わってしまうのなら、最低だ。……だが、先程自分で言っていただろう。次は間違えないようにすると」
「……誓うわ。そしてもし、また間違えそうになったその時は」
「ああ、仲間がいる。それに、あれだけ偉そうな事を言ったが、俺も同じように過ちを犯しそうになることもあるだろう。その時は……頼むぞ」
「ええ、任せて」
シャンディはじっと俺の目を見て、頷いた。
吐く息が白い。それは時の流れを示していた。
実りの季節が過ぎ、次に到来するのは氷天の季節。炎天とは真逆。その名の通り、一気に温度が下がり、冷え込んでいく。
人々も、動物も、そして魔物でさえも。それぞれの活動を控え、住処に引っ込んでいることが多い。
装備の内側に着こむ下着類も、既に一枚増えている。寒さで行動が鈍るのもなんだが、着込みすぎによる行動阻害もまた微妙な問題だ。常に暖魔石を使用したいという欲望に駆られる。
「寒いわねー」
いつの間にやら、隣に並んでいたシャンディが呟く。そういう彼女は最低限着込んでいるだけで、俺と比べるとずいぶん薄着だ。シルフというのは寒さに強いものなのだろうか。どちらかと言うと寒さに弱い俺には羨ましいことだ。
「こうすれば暖かいわよ」
そんなことを察したのか、シャンディは俺に寄りかかってきた。いきなりの事だったので、手に持っていた皮袋を落としそうになり、俺は慌てた。
「あっ、なにしてるんですかっ!」
それを見て怒り出すマルシア。全く関係はないが、シルヴィアは黒騎士の中でぬくぬくしていた。
そんな他愛もない会話をしていると、冒険者ギルドの前へと到着した。ここに来た目的はもちろん、死者の園で手に入れた物を精算をする為である。
扉を開け、いつもの様にギルドへと足を踏み入れる。若干変な抵抗感を覚えるのは、『裏』の話を聞いた所為だろうか。
帰還する時に呪いの品はチラホラと見かけたものの、回収はしていない。聖銀装備と魔石の回収でいっぱいいっぱいだったからである。まあ、気分的にもあまり手に入れたい物でもなかった。
ガーゼフの犠牲になった者たちを弔った代わりにと、使えそうな物を回収しておいた。そのほとんどが『裏』の者たちの所持品だったが、仮面の暗殺者も何も言ってこなかったので問題は無い筈だ。そもそもそんな事にケチを付けるようであれば、さっさと通告、または処分をしに来ている。奴らにとっては、聖銀などより呪いの方が優先なのだろう。もしくは迷惑料代わりなのかもしれない。
朝のピークが過ぎ、人も疎らな時間帯だ。
そんな中、かなりの量の聖銀武器を担いでいる黒騎士は目立つのか、皆一斉にこちらを振り向いた。目立つのが嫌で朝の時間を避けてきたのだが、どうやら無駄だったようだ。しょうがないので、もう気にしないことにする。
黒騎士に指示を出し、受付に武器を並べていく。俺も手に持っている皮袋から魔石を取り出し、邪魔にならないように端に置いていった。
一度に持ってくる量としてはかなりのものだろう。職員は一瞬驚き、手の空いている他の職員たちを呼んでいた。
「あ、ついでにお願いしたいのだけど」
そう言ってシャンディは職員を呼び止め、懐から冒険者証を出す。俺もそれを察し、同じように懐から冒険者証を取り出した。
「パーティ登録をお願いするわ」
俺とシャンディは職員に証を渡す。それを手に職員が「わかりました」と一礼し、奥へと向かっていった。登録にはリーダーと登録者の証が必要なのだ。
しばらくして、冒険者証が戻ってくる。さすがに目の前で未だに行われている大量の精算と比べれば、登録はすぐに終わった。精算に関しては、まだまだ時間が掛かりそうだ。
手持ち無沙汰にしている俺の横では、シャンディがその手に戻ってきた冒険者証をじっと見つめていた。俺たちのパーティである『フレースヴェルグ』の名が、そこには記載されている事だろう。それを見て、懐かしむような顔をしたのが印象的だった。
「イグニス。マルシア。シルヴィアちゃん」
精算が終わり、ギルドから広場に戻った所で、シャンディが数歩先へと歩き出た。そして、俺たちの方を振り返る。一人一人の顔を見つめて、声をかけた後。
「これからも宜しくお願いします」
真面目な表情を浮かべ、頭を下げた。




