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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第三章 冒険者と交易都市
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閑話 契約の呪縛

 シルフの民。それは空に近い場所、高山に住む精霊族の名前。


 風と共に生き、風と共に果てる。それが私たちの生き方。


 シャンドラ・アウラ・シルフィード。


 それが私に与えられた名前。でも同年代の仲間たちは私の事をシャンディと呼んでいた。


 私は一族で特別な立場に居る。それは、巫女と呼ばれる存在。


 自分が特別だとかそんな事は思わない。それ以外は皆と同じように遊んで、皆と同じように勉強をして過ごしていたから。


 ただ、皆より勉強する事が多かった事が唯一の不満点。


 それでも時が過ぎ、知識が嵩むに連れて、自分の立場がわかるようになってくる。


 巫女と言うのは今の世の中、とても危うい存在だった。精霊に近い精霊族。それは一時の戦争の原因となった火種。


 本来であれば、対等である筈の精霊契約なのだけれど、それを学び、人間たちは独自の技術を開発していった。


 それは霊属契約。強制的に精霊や巫女を従える禁忌の契約。


 その契約を恐れた精霊や精霊族は、人間たちと戦い、その知識を闇に葬り去ることに成功する。


 時は流れ、人間たちは過去の出来事から霊属契約の一部を手に入れると、それを元に、今度は自分たちにその牙を向ける。


 それは奴隷契約と呼ばれる、人が人を支配する愚かな契約。


 知識を得れば得るほど、人間は愚かだという印象ばかりが残る。そんな人間たちの住む場所に行きたいとは思わない。限られた里での生活。それで私は満足だった。




 そのまま時は流れ、私の仲間たちの中にも外の世界へと出て行く者たちが現れる。


 世界の情勢を知るのも大事なこと。だけど、その時の私は彼等に同情した。


 でも、彼等の表情は一様に明るい。それもその筈、戦争の知識も、霊属契約も、一部の者しか知らされていなかった。万が一、人間たちに漏れる事を恐れ、外に出るような人物に伝えることはない。


 一人、また一人と外の世界へ旅立っていく。私はいつでも見送る側。


 最後の一人を見送った後、私はふと考える。皆の眼に外の世界はどう映っているのかしら。


 共に時を過ごす仲間たちが居なくなり、私は一人、山腹に立っていた。里とは大分離れている、私の活動範囲ぎりぎりの場所。


 そこから人間たちの活動拠点である大きな街が見下ろせた。外敵から住民を守る周囲の壁。それは自分自身も閉じ込めていそうで、何とも窮屈そうな場所に見える。


 反対を向き、山を見上げる。そこには遥か遠くへ繋がる空と、吹き抜ける風。青々とした世界が広がっていた。


 私は風に語りかける。それは共に生きる、私の一部。


 覚えたての魔術を扱いながら、ゆっくりと里への道を歩いて行った。




 人間たちが恐れる魔物は、もちろんこの山にもいる。


 列強のシルフの戦士と魔術師にかかれば、そんなものは脅威になりえない。寧ろ食糧としての魔物のほうが馴染みが深いかしら。


 でも、今だけは違い、その脅威が私に向いた。


 いつも食卓に並ぶようなお馴染みの魔物であれば、私の祝福で容易に倒せる。それがいつの間にか油断につながり、魔物が近くに来るまでその存在に気づけない。


 大きな腕から放たれる一撃が、私の横を通り過ぎて行く。動きの速さは、私と比べてそこまでじゃなかった。気づいてから反応しても、私の速度ならなんとか間に合った。


 でも、地面に穿たれた大きな穴をみて、私は戦慄してしまう。


 恐れを抱きながら、私は正面の魔物を見た。


 大地を破壊したその豪腕に劣らず、巨大な身体をゆっくりと揺らしている。私を獲物と見ているのか、その視線を外すことはない。その睨みに、私の身体が硬直していくのがわかってしまう。でも、それが分かった所で体が動かない事実は変わらない。


 マウンテントロル。この山で最も凶暴とされている魔物。


 滅多に遭わないし、その存在感から逃げるのは容易とされていた。だけど今の私には、それが出来ない。


 威圧感。それだけで私のすべてを奪い去ってしまった。


 風を呼ぼうとしても、口から漏れるのは小さな嗚咽だけ。やらなくちゃという焦燥だけが、胸に募っていく。


 マウンテントロルは腕を振り上げた。それは私にとって、死を意味している事だけはしっかりと理解してる。唯一出来た抵抗は、目を瞑る事だけ。


 でも、いくら待ってもその時はやってこない。その代わりに響いたのが、マウンテントロルの咆哮。


 私が恐る恐る眼を開けると、そこには倒れたトロルと、その傍らに人間がいた。


 それが、私が初めて出会った冒険者。




 今まで話でしか聞いた事のない人間。それが現実にそこに居るとなった私は、恐ろしくもあり、助けてもらった感謝もあり、複雑な心境だった。


「あ、ありがとう」


 そう言うのが精一杯。


 冒険者は私の態度に笑顔で答えてくれる。ますます人間というものがよくわからなくなってしまう。


 それから巫女として過ごす里の生活は、何故か急に退屈に感じるようになってしまう。


 外の世界を知りたい。その欲求が日に日に募っていく。外へと出て行った仲間たちのように、私もこの眼でそれを確かめたい。


 でも、私はこの場所から離れられない。それがとても理不尽な事に思えてしまった。もちろん、今まで学んだ事から、巫女が表に出れないのは承知してる。それでも、未熟な少女だった私には、それが堪らなく嫌だった。


 皆が出来る事が自分には出来ない。その鬱屈が溜まりに溜まったある日。


 私は置き手紙を残し――里を降りた。


 後になって思えば、とても許されない事だったと思う。巫女と言うのはそれほどまでに重要な存在。その事を頭で分かっていながら、その誘惑を振りきれなかった。


 先ず訪れたのは解放感。世界がこんなにも自由だったなんて、私にはとても想像が出来なかった。その山を降りて行く時が一番楽しい時間だったかもしれない。


 周囲の山は庭みたいなもの。そしてそこまでが今までの私の領域。そこから逸脱した瞬間、世界は急速に広がっていった。


 私の手には魔石。それは今までに里の周囲の魔物たちから手に入れたもの。


 里では魔石自体がお金のように扱われる。それは昔から、まだ魔石の利用価値が判明していなかった頃の名残。外の世界では、魔石は換金しないと使えない。そういう事は、里へと戻ってきた人々から少しずつ聞いて学んでおいた。


 山を駆け降り、いつも見下ろしていた場所へと着いた。


 初めて足を踏み入れた街に初めて出会う人々。初めて食べる料理に初めて見る衣服。そこにある全てのものが、私にとって魅力的な存在。


 そこには人間だけじゃなく、同じような精霊族、そして獣人族までもが居る。


 もちろん、その街はシルフの里のお膝元。私を連れ戻しに何度も里の住人がやって来たけれど、私は頑なにそれを拒んだ。


 何度も話し合いの末、私は巫女としての能力を出来る限り隠匿し、情報は決して漏らさない事を条件に、街での行動が許された。


 そこから、一度は引退したシルフの冒険者たちとパーティを組んで、冒険者としての活動が始まっていった。




 それから一年。見習いの期間を終え、私はようやくレベル2へと上がる事が出来た。


 でも、遠くへ行く事は出来なかった。それは仲間という名の監視がついていたから。私がそれを望んでも決して許してはくれなかった。


 結局、ここも里と変わりがない事に気づいてしまう。それと同時に煩わしさが湧いてきた。そして取った行動もまた同じ。


 私には足がある。それは背中の羽で空を飛ぶように、私は何処へでもいける。


 そう思うと、私は出発時間ギリギリに街間馬車へと乗り込んだ。


 今度は見つからないように、各地を転々としてしばらく経った頃。


 以前の経験から、しばらく敬遠していたパーティを再び組むことになる。切っ掛けは狩りの途中、大量のコボルトに苦戦していたパーティを援護した事が始まり。


 そのパーティは三人組。片手剣(ショートソード)を使う真面目な剣士がリーダー。それをサポートする同じ片手剣(ショートソード)の明るい女剣士。そして大地の力を使う冷静沈着な魔術師の三人だった。


 何故、パーティを組む気になったかというと、その理由は単純。


 リーダーが――契約者だったから。


 初めて出会った契約者に興味が湧かないわけがないわ。私は巫女と言う事を隠し、四人目のメンバーとして仲間に入る。


 それは里の関係者じゃない、私にとって本当の意味でのパーティ。


 皆のレベルは3。私だけレベル2だったけど、持ち前の風の能力を魔術に装って使ったおかげで実力以上に思われていたみたい。自己紹介をした時に心底驚かれた。


 それからは長いこと、そのパーティで冒険を繰り返してきた。楽しいことも辛いことも、色々なことを経験して積み上げていった。


 数ある冒険者パーティの中でも、私たちのパーティは有名になってきた。全員が他の人より才能を持っていたのが大きな理由。私は巫女という時点で恵まれていた。戦い方を見た仲間たちがレベル5は確実だ、と太鼓判を押してくれたのも大きな自信になっていた。


 それでも、限界はやって来る。


 長く組んだパーティであればあるほど、その問題は大きな根を張った。


 レベル5と聞けば、誰もが素晴らしい功績だと思うでしょう。そこでとまったとしても、それは十分な才能。


 ちょうど、私がこれからレベル5の試験を受けようかと思っていた頃、リーダーである剣士が限界を悟っていた。


 彼は誰よりも先を目指し、誰よりも努力をしていた。だからその事を聞いた時、本当に残念だと思った。悔しさや悲しさはあったけど、彼はその事をしっかりと受け止めているように見えた。


 でも、彼は契約者。


 私は迷った。巫女としての力を使えば、まだまだ彼は伸びる。でも、この巫女の情報は流出させてはいけない。里から飛び出したとしても、これだけは守ると決めた私の誓い。


 しばらく悩んだ結果、強引だけどこれは私の特殊な能力で、決して他言しないで欲しいと念を押し、彼に提案した。


 彼は少し悩んでいたけれど、まだ先を目指せるならと頷いた。


 でも、契約出来るのは彼だけ。他のメンバーも皆、限界を迎えつつあった。それは私にはどうすることも出来ない、仕方のない事だと自分に言い聞かせた。


 更に少し経ち、彼はレベル6の試験を受ける事になる。彼は少し躊躇していたけれど、仲間全員で協力して挑んでいった。今思えば……これが分岐点だったのかもしれない。


 紆余曲折はあったけど、結果、彼はレベル6になる事が出来た。レベル6となると人の見る目が一変する。もちろん、レベル5でも凄い事。でも、レベル6以上の冒険者となると極端にその数を減らしていく。すなわち、彼はギルド期待の人物となっていった。


 しばらくはそのまま、何事もなかったかのように冒険を続けていく。でも亀裂は少しずつ、私たちを蝕んでいった。


 仲間の一人の女剣士。彼女はリーダーである彼の事が好きだった。そして何故か私に対抗心を燃やしている。その事はもちろんわかっていた。お互いに仲間だし、それを問題にした事なんて今まではなかった。


 それでも、契約をしてからの彼は私に対して何かと優遇をする。多分、それは契約者としての無意識なのでしょう。だけどそれは私と彼にしか分からない事。


 次第に、彼女の態度が変わり始める。口喧嘩も増えていった。私も何を言われても黙っていられるほど出来た人物じゃない。言い返すところはしっかりと言い返した。感情的な彼女に、彼も私の味方する事が多かった。それがまた気に入らない。その繰り返し。


 不満が溜まりに溜まって――爆発した。


 いつもの些細な口論であれば、時間が経って冷静になれば分かり合える。そう考えていた。


 でも今回は違った。私の代わりに、彼と彼女が口論になる。そして彼の口から出た一言。これが決定的だった。


「シャンディにはまだ先がある。俺と組めるだけの能力がある。しかし、お前はどうだろうか。既に限界だろう? この先を見ても、お前とパーティを組めるとは思えない」


 その言葉には私も衝撃を受けた。仲間の事を思って、一緒に頑張っていた彼の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。確かにその言い分は正しいでしょう。お互いに協力が出来ない時点でそれは仲間ではなく守るべき対象。その事は……悔しいけど理解は出来る。


「――っ! でも、ガーゼフだって、限界かと思ったところからまた伸びたじゃないっ! アタシだってそうなるかもしれないのよ! なのに! なのに、なんで拒絶するのよっ!!」


 そう、彼は一度諦めかけていた。それでも契約のお陰でまた伸びる事が出来た。彼女はその理由を知らない。もしかしたら自分もと思うのは当たり前。


「それは無駄だ」


 彼はそう言い放つ。その理由を知っているから。


「……やってみなければわからないだろう?」


 そこに珍しく魔術師が割って入る。彼も事情は知らない。可能性という点から不可能ではないと思うでしょう。彼も伸び悩む一人だったのだから。


「……なら勝手にするといい」


 私はこの能力の事を打ち明けようか迷った。でも、魔術師は知恵もまわる。もしかしたら秘密を突き止められるかもしれない。その事から私は動けなかった。


 そして私たちは袂を分かつ。しばらくはお互いに離れて見ることになった。


 彼はギルドの期待通りの戦果を上げていく。それに比例するように、周りの評価も跳ね上がっていった。でも、その事に釣られるように、彼もまた変わっていってしまった。


 かつての仲間たちを気にかける事もなくなり、心無い言動も見受けられるようになった。


 パーティを分かつ原因を作ったのも、彼をこんな風にしたのも、私が契約をした所為なのかもしれない。そう思う度、私の心は淀んでいく。


 そんな折――女剣士と魔術師が行方不明になった事を耳に挟んだ。


 私は彼をなんとか説得して、彼女たちの行方を探し始めた。再び会って、あの時言えなかった事を説明しようと、そう心に決めていた。


 でも、現実はそう甘くはなかった。私が見たのは、無残な亡骸となった彼女たち。私が悲しみに暮れるその時、彼が冷淡な一言を漏らす。


「だから言ったんだ、自業自得だな」


 その瞬間――心の中の何かが砕けた。


 私は彼女たちの亡骸を弔うと、宿に戻り、その夜に姿を消した。


 彼との契約が失われた事には気がついていた。でも、それを彼に言う気にはなれなかった。




 その後、私は世界を転々としていた。


 勝手に契約をしてしまった負い目もあり、里に戻れるとは思っていない。


 その旅の中で何人もの契約者とすれ違った。でも、私は関わる事を恐れてしまう。


 様々な人と表面上の付き合いをこなし、あしらい方にも慣れて来た。


 そんな日々を過ごし、私はいつも一人だった。


 今日もまた、人気の無さそうな宿を取る。こんな状態で何故営業が出来ているのかわからない、不思議な宿。辺りは住宅街で、その分冒険者と出会う事も少なく、何となく私は好んでいた。


 ある日、その宿で同じような冒険者と出会った。


 その人は私が避けていた契約者。


「お隣さんね、こんばんは」


 今回もまた表面上の付き合いになるのだろうと、私はその男性に声をかける。

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