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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第三章 冒険者と交易都市
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第七十五話 過ぎ去った事とこれからの事

 数日をかけ、俺たちはフェルデンへと帰ってきた。


 それまでの行程に、特に問題は起こっていない。ただ淡々と不死者(アンデッド)たちを土へと還し、魔石などを回収した程度である。


 当初は落ち込んでいると思われたシャンディだったが、一日も過ぎればいつも通りの態度に戻っていた。そんな彼女の内面を推し量るには、俺にはまだまだ経験が足りない。


 フェルデンの門が見えてきた時、やっと俺たちは生きているんだと実感する。死者に囲まれていると、自分は果たして生者なのかあやふやになってくる。これもまた、死者の園の弊害なのだろう。


 いつもの宿へと戻り、部屋に荷物を置いて肩を軽くする。聖銀装備は当たり前だが金属だ。魔石などと比べて高値で売れるのは確かだが、その分一度に持ち運べる量には限りがある。うちは黒騎士が居るお陰で、他の冒険者たちより多く回収出来るのが強みだった。


 精算に関しては後日という事にして、とりあえず凱旋の祝杯を上げようと酒場へ向かう。


 色々あったが、とにかく俺は呑みたかった。道中、ごちゃごちゃと考え過ぎ、どうにも煮詰まってしまったのだ。


 場所は宿のすぐ近く。住人たちが利用するような小さな酒場にした。さすがに今の状態で歓楽街に顔を出す気分には慣れない。皆も同じ考えなのだろうか、特に何かを言うようなことはなかった。


「いらっしゃいませ」


 まさにそこら辺にいるお姉さんといった感じの女性が声を掛けてきた。店員なのだろう。歓楽街の看板娘と比べては失礼だが、素朴な感じも今は和む。


 住人街の酒場は常連が多い傾向にあるのだろう。見ない顔の俺たちが珍しいのか、客たちはちらちらとこちらを窺っていた。


「とりあえず、麦酒を三つと果実の絞り汁を一つ。後は適当につまめるものを頼む」


 そんな視線を気にせずに注文を終えると、俺たちは空いている近くのテーブルへと腰掛けた。


 やはり住人を相手にしているだけあり、酒場自体は狭い。小さめのシルヴィアと俺、反対側にマルシアとシャンディでちょうどテーブルギリギリといったところだ。黒騎士なんて連れてきていたら、片側一つ占領していた事だろう。


「おまちどうさま」


 しばらくすると、店員の女性が注文の品を運んでくる。


 俺たちはそれぞれ手に取り、労いの一杯を煽った。それは喉を焼くかのように体内に流れこんでくる。シルヴィア以外は皆、同じ感覚を味わっているだろう。眼の前の二人も、テーブルに器を置くと甘い声を出した。


 それからは静かに杯を重ねていく。


 出されたツマミは香辛料を使って焼いた芋。いつも行くような酒場と比べて素朴な味付けだったが、これはこれで中々手が止まらない。皆も同様のようで、更に色々な注文を重ねてしまった。どちらかと言うと、酒よりツマミがメインになっていたような気がする。


 腹も満たされたところで、俺たちは酒場を後にした。


 外はまだまだ宵の口だ。しかし、戻ってきたばかりで疲れもある。女性陣、特にシルヴィアは顕著だった。眠そうになる度、頭を振っている。あまり付き合わせるのも悪いと、俺たちは宿へと引き返していった。


 その後はシャンディと別れ、いつもの様にひとっ風呂浴びてからの就寝。ベッドに飛び込むなり、寝息を立て始めるシルヴィアとマルシアだったが、俺は然程眠気に襲われることはなかった。


 光魔石も既に切っており、辺りは真っ暗だ。天窓から差し込む月の光が、まるで一つの道のように空へと伸びている。


 俺は暗闇の中でじっと考えていた。


 酒を入れたとはいえ、いつもと比べれば軽い。やはりもっと呑んでおくべきだったかと、隣で眠る二人を見て思う。


 やはり思い起こすのはガーゼフの事だ。


 同じ契約者にして、精霊契約を行ったことがある者。精霊契約自体の情報は得ていなかったらしいが、その力を目の当たりにしている。そして、最終的にそれら全てを失ってしまった。


 俺は自分の手の平を見つめる。果たしてこの力は、一体誰の為のものなのだろう。いくら考えてもその答えは出ない。そして答えの出ない事を延々と考える。悪循環だ。


 頭をグシャグシャっと掻く。風呂から上がり、まだそこまで経っていない髪は未だに水分を含み、重い。


 はぁと溜息をついた瞬間、闇が更に深くなった。


 天窓に視線を向ける。唯一の光源の間を、誰かが遮ったのだ。耳を澄ますと、天井……その上の屋根を静かに歩く音が聞こえる。一瞬、『裏』の暗殺者が頭を過ったが、完全に消せていない気配からその心配も消える。


 ベッドからゆっくりと降り、俺は外套を羽織った。さすがに暖魔石を使用しているこの部屋と比べ、外は格段に寒い。湯上がりの身体が芯まで冷え込まないように、必要最低限の準備はしておいた。


 一旦、宿を出る。やはり、いちいち外にまで出なければならないのは面倒だ。若干生体活性(ブースト)で補強しながら、一気に屋根まで駆け上った。


「……やはりか」


 そこに居たのはシャンディだった。


「……やっぱり来たのね。なんとなくそう思っていたら本当に来るのだもの、実にわかりやすい人」


 月明かりに照らされて、振り返ったシャンディは、何処か神秘的な雰囲気を醸し出している。まさに巫女というイメージにピッタリだ。


 その印象も相まり、笑いかけられるとなんだか気恥ずかしくなってしまった。


「イグニス……ありがとうね」


「何度も言ったぞ、気にするなと」


 帰ってくるまでに何度も繰り返されたお礼の言葉。その返答もまた、何度言ったことか。


「それでもね、言いたくなっちゃうのよ。わざわざ私のワガママに付き合ってくれたのだもの。普通の人なら『裏』に関わろうとなんてしないわ。我が身大事よ」


「そりゃ、相手が俺と同じ精霊契約者だったからな……そうでなきゃ俺も引き受けなかったさ」


 俺は肩をすくめる。ガーゼフが元精霊契約者とわかった時点で、その事に興味があったのは本当だ。


「ふふ、その事を抜きにしても、私が頼めば貴方はきっと引き受けてくれた。面倒でも、困っている人を見過ごせるような人じゃないもの」


「もし仮にそうだとしても、相手が綺麗な女性だったからだな。これがどうでもいい野郎相手だったら聞く耳すら持たなかったさ」


「あら、即物的な回答ね。それなら、ちゃんとお礼を支払うべきかしら」


 シャンディがしなを作り、流し目を送ってくる。


「毎回思わせぶりなセリフを吐いておいて、結局はお預けなのだろう?」


 俺は笑いながら答える。シャンディが本気で言っていた試しがない。


「……今度は本気かもしれないわよ?」


 少し憮然とした表情になるシャンディ。こちらの方が彼女らしいと思えるようになったのは、付き合いが深くなった証拠だろうか。


「そいつはありがたいね」


「やっぱり信じないのね」


 やはり俺の態度にご不満のようだ。


「悪い女に騙されないように、男は慎重になるものさ」


「もう遅いわよ。私という悪女に騙されてる」


「上手く掌で転がしてくれるのなら、それは極上の女性さ」


 俺はおどける。過去、そういった女性は得てして魅力的だった。


「それじゃ、ずっと騙していかないと駄目ね」


 そう言って、シャンディはふふっと笑う。まるでいつまでも付いて来るような発言に俺は驚いた。


「おいおい、契約は件の決着が付くまでだっただろう?」


「そうね、契約が突然切れた時のことを考えてそう言っておいたわ」


「突然切れる? ……どういう事だ」


 契約解除するのではなく、切れるとはどういう事なのだろうか。


「イグニスって契約について知っているようで知っていないのね。なんだか情報が歯抜けているみたい」


「シルヴィアに必要な事しか聞いていなかったからな。俺は頭が良いわけじゃない。纏めて教えられても覚えるまでが大変だ。まあ、実際それでも問題なくやってこれたのも一因だな」


 確かにシルヴィアとの契約当初は色々と聞いていたが、今ではほとんどそういう話も無くなっていた。


「それなら、シルフの巫女である私、シャンドラ・アウラ・シルフィードの出番ね」


 クルッと踊るように回転し、服の裾を持ち上げるとシャンディは一礼する。


「さっきの説明をするわね。契約って一言で済ませているけど、条件があるのよ」


「それは契約者と巫女である事じゃないのか?」


「最も基本的な事ね。でも、それだけじゃ契約は結べないわ。結ぶには、ある程度の信頼が必要。……いいえ、これは正しくないわね。契約を結ぶのは契約者と巫女であれば可能だけど、それを持続させるにはお互いの信頼が必要なの」


「持続? 一度契約をしたらそれで済むんじゃないのか」


「契約とはお互いが平等な状態で結ぶものよ。どちらかの信頼が崩れた時、それは失われるわ」


 俺は契約の時の事を思い出す。シルヴィアとは特になんとも思わず、するっと契約したんだが……どういう事だ?


「それはお互いが出会ったばかりでも可能なのか?」


「……そんな状態で契約を結ぶ人なんて、普通は居ないと思うのだけれど。……そうね、出会ったばかりということはお互い真っ白な状態ね。つまり、契約が持続できる最低ラインと言う事かしらね」


 俺たちは危ない橋を渡ってきたのか。今思うとよく契約が切れなかったものだ。そう考えるとシルヴィアは意外と……。


「それで一度契約すると、信頼を失わない限り……解除されないの」


 つまり、解除方法は実質無いと言う事なのか。


「……平等な割に、自分の意志が反映されないと言うのはどういうことなんだ」


「……それはきっと、お互いにそれを望んでいないから、かしらね」


 真っ直ぐに俺を見つめてくるシャンディ。そのまま少しの間見つめ合うと、不意に月を見上げる。


「あれからしばらく考えていたのだけれど、色々こうしていれば……って思うことが多くてね」


 そしてしばらく経った後、シャンディが口を開く。


 言いたいことはよく分かる。俺もそういった経験は幾つもしてきた。眼の前で仲間が殺されたことがあった。助けに間に合わなかった事もあった。その時、いつも思う。あと少し早く気づいていれば、あと少し力があれば、と。しかし……。


「そんな事を考えていても結局は何も変わらないだろう。……それこそ、過ぎ去ったこと、だ」


「……そうね。だから、次は間違わないようにって決めたわ」


 再び、シャンディは俺に向き直る。


「だから……私の昔話を聞いて欲しいの」


 その表情は決意に満ちていた。

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