第七十四話 呪いの鎧と裏の事情
ガチャンと言う音で我に返る。
いつの間にか、周りの炎は消えていたようだ。何時間も経ったような気もすれば、あっという間の出来事だったような気もする。時間間隔があやふやだ。
炎の後に残ったのは、俺と……地面に落ちたガーゼフの装備一式だった。やはり不死者だったのか、その身は骨すら残っていなかった。
俺はその装備品をじっと見つめる。これにはガーゼフを変貌させたあの呪いが掛かっている。このような物を残しておいていいのだろうか。
手の中にある片手半剣を握りしめる。これで何度撃ちこめば呪いは解けるのだろう。なんとも言えない焦燥に、俺は剣を振り上げた。
「イグニスさん!」
その時、背中に声が掛かる。俺が振り向くと、マルシアと黒騎士が駆け寄ってくるところだった。
「ちゃんと最初に話しておいてください! 私、自分の手でイグニスさんを殺してしまったかと思ったじゃないですか!!」
側に来るなり、マルシアが怒鳴った。その勢いに俺は気圧されてしまった。
どう見ても本気で怒っていた。いや、無理もない。実際にちゃんと風陣収縮を使えていなければ、俺もスケルトンの仲間入りとなっていただろう。そうなってしまった場合、マルシアの心に傷を残す結果になっていたはずだ。
「……すまなかった」
マルシアの眼を見てから、ゆっくりと抱きしめ、俺は謝った。
「……もう、させないでくださいね」
俺の胸にマルシアが顔をうずめる。背中に回された手が震えているのがよくわかった。申し訳ない気持ちが俺の心に溢れてくる。
「シルヴィアもよく耐えたな」
隣に立っている黒騎士にも声をかける。黒騎士はコクリと頭を下げた。やはり行動が似ているのか、中でシルヴィアが頷く様子が鮮明に想像出来る。
しばらくの間、俺の腕の中でじっとしていたマルシアだったが、やがてゆっくりと離れていった。その顔には先程の怒りは見られない。
「しかし、よくあの連携がとれたな」
元の調子に戻った事を確認し、俺はなんとなしに話題を変えた。
炎の植物制御は即席の、しかも『裏』と冒険者の連携だ。よくよく考えると、普段であれば有り得ないその組み合わせに、今更になって驚きが湧いてくる。
「えーっと……最初は炎で包み込んで動きを制限して、獣人さんの矢で狙う作戦だったみたいです。それで、その炎の拡がりを私の能力で手助けしようと思ったら、上手くいっちゃいまして」
後方に黙って控えている『裏』の二人を見ながら、マルシアが説明を始めた。
どうやら偶然の産物らしい。炎で植物が燃え尽きなかったのは、順次マルシアが成長させていたからだろうか。何はともあれ、上手くいったのだから僥倖である。
「よくやったな」
俺の言葉に、マルシアは「はいっ!」と、得意げな顔で頷いた。
シャンディは少し離れたところから、此方を――正確には遺されたガーゼフの装備品を見つめていた。
声を掛けようかと思ったが、それもまた躊躇われる。
そうこうしているうちに、シャンディも俺が見ている事に気が付いた。向こうもまた、俺と同じように声を掛ける事を躊躇っているように見える。しかし、眼が合ってしまったものは仕方ない。俺はシャンディの近くまで足を運んでいった。
「…………」
そのまま隣までやって来たのはいいが、お互いに沈黙したままだ。何度か口を開きかけては、また閉じる。そんな俺らしくもない行動が続いたところで、不意にシャンディが切り出した。
「……彼は、ガーゼフは、最後に何か言っていた?」
ガーゼフの最後を思い返す。頼まれた最後の伝言。俺はそれを口にしていく。
「……全ては過ぎ去ったことだ、と」
シャンディは目を瞑り、その言葉を噛みしめるように、胸に手を当てた。
「そう……ありがとう」
――パチパチパチ。
突然の拍手が降り注ぐ。俺がその方向を見ると、そこには白い仮面を付けた人物が居た。『裏』の暗殺者。俺が最初にそう感じた奴だ。
「……いまさら出てきて、何の用だ?」
俺は若干苛立ち混じりに呟く。ガーゼフの言葉どおり、高みの見物と洒落こんでいたのだろう。出てくるにはあまりにもタイミングが良すぎる。そしてそれが分かっていながら、わざとそうしている事までを含め、気に入らない。
「貴方たちの健闘を讃えにと」
仮面の暗殺者はおもむろにお辞儀をする。
「……説明して貰えるのだろうか。ガーゼフとその周りで起こった事を」
俺は静かに問う。その答えが返ってくるとは思っていない。『裏』がわざわざ情報を開示することはないだろう。しかし、それでも俺は言わずにはいられなかった。
ガーゼフと言う言葉にシャンディも反応を見せる。
「そうですね……答えられないと言ったら、貴方はどう致しますか」
逆に返される。これは試されているのだろうか。
「……わざわざ『裏』の深淵を覗き込みたいとは思わない。しかし、協力した代わりと言っては何だが……俺の仲間の、元仲間の事情を聞かせてもらう程度は罰が当たらないだろう」
俺の回答に頷く、仮面の暗殺者。
「なるほど、そうですね。我々も無為に事を荒立てたくはありません。ましてや、貴方はひとかどの冒険者です。それを考えれば、この程度の事であれば構わないでしょう。……ですが、これは内密にお願いします。もし、他に漏らすような事があれば」
「……そんな命知らずではないさ」
俺は肩をすくめる。そんな行動、命が幾らあっても足りない。
「結構です。それと、先に言っておきますが、あなた方にとっては不快なお話となるでしょう」
「……」
俺たちは黙り込む。それを了承ととったのか、仮面の暗殺者は言葉を続けていく。
「さて、何処から話したら良いものでしょうか……そうですね、私が彼について知ったのは、そこの鎧を手にしたところからです」
仮面の暗殺者は大地に転がっている騎士鎧に視線を向ける。やはり、始まりはあの鎧なのか。
「それまでの事柄は知りませんし、興味もありません。『裏』として興味をもつのは、その呪いの耐性、唯一つです」
利用価値はそれだけだと仮面の暗殺者は明言する。確かに組織としては、個人の事などどうでもいいだろう。
「御存知の通り、フェルデンはここ、死者の園のお陰で呪い装備の発掘に事欠きません。それを少しでも有効に活用するため、街が一丸となり、研究を進めています。それは私が所属する『裏』も、貴方たちが所属する冒険者ギルドも、そしてその運営母体である国自体も」
確かに、珍しい呪いを高値で買い取ったりする好事家が多いと聞いていたが、背景にはそんな事があったのか。ここフェルデンのギルドには詳しく関わっていなかった分、そういった情報には疎かった。
「それだけでしたら、冒険者ギルドで聞けば教えてもらえる事でしょう。『裏』とある程度繋がっていると言うことは公表しないでしょうが」
冒険者ギルドと『裏』が切っても切れない関係にあるのは、ある程度経験を積んだ冒険者ならわかっている事だ。冒険者が街で諍いを起こす事は……残念ながら多い。事起こせば出張ってくるのは憲兵だが、それだけでは対処が出来ない事も多い。そういった場合の代わりを務めるのが『裏』である。諍いの大体は歓楽街で起こる。そこは彼等のお膝元だ。
「『裏』としての仕事は、その呪いの管理と検証」
「……つまりガーゼフは」
「実験体です」
「――っ!」
シャンディが仮面の暗殺者を睨む。
「以上が、私の口から説明出来る事になります」
後は察しろと言わんばかりだ。表に出せる事をわざわざ『裏』がするわけがない。つまり、一連の出来事は『裏』の実験と言う可能性が高い。味方さえも、その情報を引き出すための餌にしたのかもしれない。
改めて『裏』の恐ろしさを実感する。そして、これ以上関わり合いになるのは避けたほうが無難だ。
「……ああ、わかった」
俺は短く呟き、頷く。シャンディも特に何かを言うような気配はない。
「それでは、失礼致します。そこの二人は鎧を運んできてください」
俺たちの後方に居る獣人とゲノムスに指示を出すと、仮面の暗殺者は一礼し、踵を返していった。その指示通り、二人はガーゼフの鎧の前に行くと、注意深くそれを持ち上げた。
「お前たちは……それでいいのか?」
横を通り抜ける二人に、俺は問いかける。
「……選択肢があるということは幸せなことだ」
獣人は俺を一瞥し、そのまま通り過ぎていった。
その場に残ったのは、俺たちと、そして大地に刻まれた炎の傷跡。辺りの植物は燃え尽き、それはまるで火葬を行った後のようだ。
シャンディはその場所をじっと見続けている。俺たちも何も言わず、しばらくその場に留まっていた。




