第七十二話 死体とスケルトン
「だから言っただろう、無駄だと。しかし、今のは中々効いたぞ。あんな隠し球を持っているとはな」
ガーゼフは穿たれた傷跡を見ながら笑みを浮かべる。
「それは……呪いなのか?」
普通の人間なら確実に死に瀕しているであろう、胸の風穴。俺たちはその状態を信じられないといった眼で見つめた。
身近に自己回復を持つシルヴィアは居るが、それはあくまで無意識で強制的に回復するから行動出来るのであって、傷を負ったまま何事もなかったかのように動けるわけではない。
「呪い? ふはははは、そうだな。確かに呪いのお陰だ」
何がおかしかったのか、ガーゼフはいきなり笑い出した。
「始まりはこの呪いだった。だがそれも感謝しているぞ。お陰で私はまた力を手に入れる事が出来たのだからな」
そして自らの手の平を見つめて言う。
「しかし、そろそろ奴らが来る頃だと思っていたが」
奴らとは、一体誰のことだ?
「どの道、先にお前たちを殺してしまえば何も変わらん。……そうだな、一つ面白いものを見せてやろう」
そう言うと、ガーゼフは死体が積み重なっている場所へと戻り、剣を大地に突き立てた。
「――私の役に立て、ゴミども」
ガーゼフが何事かを行った瞬間、死体の周囲に流れでた血液がまるで沸騰したかのように泡だっていった。
「ひっ!?」
マルシアが悲鳴を上げた。俺とシャンディも思わず眉をひそめる。
そのまま血溜まりに転がっている死体たちが、ゆっくりと融け始めていく。死体は肉を失い、やがて白い骨だけの姿となる。そして異常なことに、そのまま次々と立ち上がっていった。
それはまさにこの森に存在するスケルトンそのものだった。核となる魔石もしっかりと顔を覗かせている。
「……死人作成」
シャンディが小さく呟く。その名には覚えがあった。何処で聞いたかは忘れたが、確か死者を強制的に操る禁忌の魔術だったはずだ。
「掟破り、ここに極まれり……ってところか」
若干の皮肉を込めて呟く。驚きよりも先に、嫌悪感が沸き上がってくる。まるで人の醜さを全て詰め込んだモノを見たような感覚だ。そしてその中の一部は俺にも共感出来るあたり、本当に救いがない。
「力とは使われなければ意味が無い。守るためにも力は必要だろう?」
そう言って再び、片手剣を大地から抜く。
スケルトンたちが、カタカタと骨を打つ音を鳴らしながら行動を始める。元の持ち主たちの武器を骨だけの手で持ち、不安定な足取りでゆっくりとこちらへと向かってくる。
「……これは、契約の力なのか?」
俺たちは取り囲んでこようとするスケルトンに後退りながら、シャンディに問いかける。特に詠唱もなく、魔術を使った形跡もない。そもそも前情報、そして実際戦ってみた感覚からして、教わった魔術を直ぐ様使えるようになる奴ではない。
「見たところ、確かに体外魔力に干渉して起こしているみたいだけれど……契約のそれとは違う気がするわ。言ってしまえば、ただの勘のようなものなのだけど」
精霊契約でないとすれば一体なんなのか。残念ながら、俺の乏しい知識の中には、その答を出せるようなものはなかった。
「契約で埋めるべきところを、何が違うもので埋めている……そんな印象を受けるの」
気がつけばスケルトンは目と鼻の先だ。その後方遠くからガーゼフが高みの見物をしている。やはりどこまで言っても余裕を崩さないようだ。これを侮りと見るか、好機と見るか。
「先ずは、こいつらを何とかするしかない」
俺は手をぐっと握り、状態を確かめる。二重強化の影響もほとんどなくなっていた。いけるな。
そのまま片手半剣を握り直すと、すぐ目の前のスケルトンの対処にかかる。次いで他の仲間たちも、それぞれスケルトンに攻撃を仕掛けていった。
見た目は骨と武器だけであり、普通のスケルトンとまったく変わらない。しかしガーゼフ自身が操っているのか、それとも魔術で作り上げた分強化がされているのか、この魔窟にいるスケルトンとは強さの桁が違った。
対処出来ないと言う程のレベルではない。しかし物量によって押され、各人の連携が上手くいっていないこの状況である。しかも、スケルトンは単純に首を撥ねたりしただけでは倒せない。ゾンビと違って対外的なもの……シャンディの言うところの体外魔力によって動かされているため、元通りにならないレベルまで粉砕するか、その核である魔石を狙うしか無い。
故に厄介である。
聖銀の片手半剣は多少の効果があるのか、叩きつける度に弱っていくのは実感出来る。しかし、その程度では決め手にならない。
シャンディに広範囲魔術を使ってもらい、足止めが出来れば良いのだが、詠唱出来る余裕を作ること自体が厳しい。マルシアの草縄でさえ、骨故に縛り上げることが出来ずにいた。
まさにジリ貧だ。生体活性を使って強引に突破するしか無さそうだ。
出来る事ならガーゼフの事を考え、温存しておきたいところなのだが、さすがに四の五の言っている場合ではないだろう。
俺は強化するために、意識を集中する。
――ヒュッ!
それと同時に後方から風を裂き、一本の矢が眼の前のスケルトンに襲いかかった。弾かれると思った鏃は、するりとスケルトンの内部に侵入、魔石を破壊して無力化に成功する。
スケルトンはまるで糸の切れた操り人形のように、カラカラと音を立てて崩れていく。
――ドォン!
更に後方にて爆発が起こった。仲間たちが巻き込まれた可能性を考え、俺は慌てて振り返っていく。そこには無事な仲間たちの姿と、爆発に巻き込まれて魔石ごと粉砕されたスケルトンの姿が眼に入ってきた。
「フン……ようやく来たか」
その事に微塵も動揺せず、ガーゼフが口を開く。そして、肩に乗せていた片手剣を構え直した。
ややあって俺たちの後方、木々の合間から抜け出るように姿を現したのは、見覚えのある二人組だった。
一人は獣人。先ほどの矢を放った張本人だろう。弓を構え、再び矢を番えながら、ゆっくりと歩み出てくる。
その後ろからは精霊族。小人と呼ばれるゲノムスの魔術師。こちらもまた杖を構えながら、慎重に進み出る。
それはガーゼフの『裏』における仲間たちだった。
「仮面野郎は居ないな……何処から見物してやがる?」
ガーゼフの問いかけに二人は答えない。端から耳を貸すつもりはないようだ。仮面と言うと、先日会った暗殺者の事だろう。他に同じような格好をしている人物が居るとも思えない。
「……おい」
獣人が俺に声を掛けてきた。
「協力しろ。さっさとスケルトンを処理する」
「……その前に状況を説明して欲しいのだが」
「細かく語っている暇はない」
俺の言葉を一蹴する。しかし、それも尤もな話だ。
すぐさま踵を返すと、黒騎士に合図を送った。出来る限り、俺たちで注意を引きつける。シャンディは自分の判断に任せ、マルシアは後方の二人と共に援護に徹してもらうことにした。
生体活性・脚でスケルトンたちの間を通り、翻弄する。俺に振り返ったスケルトンに後方から矢が突き刺さり、次いでその近くのスケルトンが爆発。徐々にその数を減らしていった。
俺たちが協力してスケルトンを倒していくも、やはりガーゼフは動かない。
「準備運動は済んだか?」
そして一段落つくと、ガーゼフがニヤリと笑った。
「……何故、あいつは余裕なんだ」
「今の奴にはそれだけの力がある」
思わず漏れた俺のぼやきに獣人が反応する。
「気をつけろ。奴は……既に不死者化している」




