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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第三章 冒険者と交易都市
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第六十八話 アンデッドと死者の園

 死者の園。


 それはフェルデンから北に二日ほど行った場所にある魔窟の名称だ。


 ちょうどフェルデンを挟み、南の魔力溜まりと正反対の場所に位置している。死者たちが蠢く墓地の森。


 一般人なら恐れをなし、先ず近づかないような場所であるが、冒険者たちはそんな事には構わない。そこに利益がある限り、群がり続けることだろう。


 俺たちは死者の園へと伸びる、北道を急ぎ足で歩いている。


 部屋での話し合いの後、俺たちは直ぐ様街を出ることに決めた。準備は既にシャンディが整えていたようである。保存食から聖銀武器まで、至れり尽くせりだ。


 昼頃から進み始めたので、同じように死者の園に向かう冒険者たちは見受けられない。同様に、『裏』の刺客たちの姿もない。大体の場合が、朝早くの出立になるだろう。時間、特に昼間の時刻は冒険者にとって大事なものだ。中には夜間に活動もする冒険者も居るが、大抵の場合夜は危険である。


 傍目には平和に見えるこの道も、死者の森に近づくにつれ、重苦しい雰囲気に蝕まれていった。


 魔力溜まりと比べ、逆に何かを抜き取られそうな感覚を味わうのは、やはり死者が生者の魂を求めているからなのだろうか。街周辺では色づいている木々も、死者の園付近ではまるでもう季節が変わったかのように、その葉を散らしている。


 粘りつくように重くなっていく足取りを、意志の力でねじ伏せて歩くこと二日目の日暮れ前。俺たちは目的地へと到着した。道らしい道が途切れて既に数刻。目の前には薄暗い森が広がっていた。


 空にはまだ日が残っている。しかし、その光を何かが遮っていた。まるで霧の中に居るようなモヤモヤとした感覚。これが一般的に瘴気と呼ばれるものだ。


「うう、既になんかもう嫌な感じが満々なんですけど……」


 マルシアは悪寒を感じるのか、自らの肩を抱きしめ、擦りながら呟く。シルヴィア、シャンディ共に眼の前の森をじっと見つめている。


 瘴気は森全体を覆うように拡がり、その内部をモヤの中へと隠していた。




 腐葉土を踏みしめ、俺は前方から群がってくるゾンビたちへと接近していく。


 俺たちは魔窟内部へと侵入を果たした。シャンディを除き、初めての魔窟潜入となるが、既に経験済みの巣とそこまで印象は変わらない。炭鉱の暗く狭い閉鎖空間と比べたら、まだこちらの方がマシと言えるかもしれない。


「はあっ!」


 いつもの相棒とは重さの違う聖銀の片手半剣(バスタードソード)を手に持ち、眼の前のゾンビを斬り裂いた。これも浄化というのだろうか、本来であればぐちゃっと潰れるはずの腐った肉体は、まるで分解されていくかのように光の粒になっていった。


「……うううっ」


 後ろでマルシアが呻いている。大分慣れて来たとはいえ、ゾンビとは動く死体だ。当り前だが見た目は酷く醜悪である。耐性のない一般人が見たら、卒倒してしまうレベルだ。


 そこから考えると、怯えてはいるものの、しっかりと役目は果たしている。以前、冒険者を弔った際の落ち込みようから考えると、かなりの成長と言えるだろう。


「いやっ! こないでっ!」


 叫びととも草縄がゾンビを縛り上げる。締めあげた合間から垂れ落ちる形容しがたいものに、更にマルシアが「ひゃうぅっ!」と悲鳴を上げる。それと同時に氷の矢を発動。ゾンビの弱点である頭を吹き飛ばした。氷塊に押しつぶされて千切れた頭部は、それはそれは形容しがたいものである。


「……全てを焼き払いたいです」


 マルシアがため息混じりに、ぼそっと呟いた。


 シルヴィアは黒騎士に乗り、槍を振り回している。決して狙っているわけではなく、運良く当たったゾンビが勝手に吹き飛んでいくといった感じだ。現に今も闇雲に振った槍の先端にゾンビが引っかかり、勢い良く奥の木にぶつかって潰れた。


「……うわぁ」


 見なければよいものを何故か見てしまうマルシア。その時、俺の耳に流麗な言葉の羅列が飛び込んでくる。俺はその声が導くままに視線を向けた。


「――っ。風刃(ウィンドエッジ)!」


 シャンディの力強い声が森に響く。次いで三日月刀(シミター)から剣閃がなぞるように滑り出し、遠方のゾンビたちを斬り裂いていった。


 これでひと通りのゾンビは駆逐できた。俺はゾンビから魔石の回収を始めていく。それを手伝うようにシャンディも近くで回収を始めた。黒騎士もそれに続き、マルシアは一番近くのゾンビの残骸に手を出そうとして引っ込ませるを繰り返している。


「……そう言えば、シャンディは能力を隠すために魔術師を騙っているんじゃないのか?」


 その姿を見て、俺は思わず問いかけてみる。既に巫女だとわかっているのに、能力を騙る意味は無いだろう。


「え、魔術使っているわよ?」


 逆に不思議そうな顔を返してくるシャンディ。


「どういうことだ?」


体内魔力(オド)体外魔力(マナ)を乗せているのよ」


「……すまん、わからん」


 オドだのマナだの初めて聞いたぞ。俺も一応魔術師騙っているが、基本的な知識も知らないようじゃマズいような気がしてきた。今まで細かく突っ込まれなくて本当に良かった。


「それもそうね。本来の魔術師じゃなければわからないのも仕方ないわ。簡単に言うと、風刃(ウィンドエッジ)に巫女の能力を乗せて使っているの」


「なるほど、それでいちいち詠唱していたわけか。……つまりシャンディは本物の魔術師なんだな」


「失礼ね。巫女なら全員魔術師になれるくらいの体内魔力(オド)を持っているわよ」


 それは初耳だ。それなら現時点でうちのパーティは魔術師が三人いることになる。


「それは本当なんですか?」


 その言葉を聞いてマルシアが俺たちの会話に割り込んでくる。言葉にはしないが黒騎士も興味が有るのだろう、同じようにこちらに視線を送っていた。


「さすがに、魔術師の基礎も学んでいないのにいきなり使うのは無理よ」


「……そうですか」


 マルシアは残念そうだ。まあ、魔術の才能自体はあるとわかったのだから、良い事ではないだろうか。


「よし、これで全部か」


 ゾンビから魔石を回収し終え、皮袋に一纏めにして突っ込んでいく。


 俺は再び感覚強化(ブーストセンス)で辺りを探った。


 次の瞬間、俺の中を緊張が駆け抜けていく。そこには生きている人間の反応があったからだ。冷静に考えれば、魔窟にやって来た冒険者やガーゼフを狙う暗殺者である可能性のほうが高いだろう。しかし、万が一の可能性も考えておかねばならない。


「……人の反応があるな」


 俺の言葉に仲間たちにも緊張感が生まれる。そして、俺の目線の先に注目が集まった。


 辺りは瘴気の所為で霞がかったように見通しが悪い。そこにゆっくりと浮かび上がってくる人影。朧にしかわからないその影は、その正体を特定するには時間が掛かる。


 どうやら、相手も警戒しながら近づいてきているようだ。相手が生きている人間だとわかるのは、俺が感知出来たからである。相手からすれば俺たちが魔物の可能性もあるのだ。慎重になるというものである。


 しばらく、辺りを沈黙が支配する。


 時折、気まぐれな風が辺りの枝を揺らす音だけが響いていった。


 その一瞬はとてつもなく長い。俺たちの緊張感が頂点に達しようかとした、その時。


「……誰かと思えばお前たちか」


 見覚えはあるが、よく考えたら名前をまったく知らない『裏』の獣人が現れた。

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