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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第一章 冒険者の憂鬱
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第六話 失ったものと手に入れたもの

 


 俺は大切なものを失った。


 それは生きるために無くてはならないもの。


 だからそれを取り戻すために俺は剣を取る。


 立ちふさがる全ての魔物を屠る。


 その行動に一切の慈悲はなく、一切の躊躇いもない。


 ただ只管に、ただ必死に、剣を魔物に打ち付ける。


 俺が通った後は魔物の屍が積み上がっていることだろう。


 それも仕方なきこと、なんたって俺には――金が無いのだから。




 奴隷商人との商談。簡潔に言うとシルヴィアは買い取れた。しかしその代償は大きかった。


 なんの特徴もない普通の奴隷は金貨10枚程度だ。見目の麗しい精霊族や力強い獣人族になるとその倍の金貨20枚はする。更に珍しい要素があれば金額は跳ね上がっていく。


 シルヴィアの価格として提示された額は金貨120枚。ちょっとまて。


 奴隷商人が言うには銀髪に加え、不死の祝福という素晴らしい素材でこれでも安いくらいだと言う。経験上、商人の安いは九割方嘘だ。


 それにしても高い。いや貴族様あたりからすればはした金かも知れないが、俺のような有象無象の冒険者にしてみれば10年分のお給料だ。


 護衛の代金とシャドウウルフ達の魔石や毛皮を処分しても俺の持ち金は金貨110枚程度にしかならなかった。


 え、なんで減っているかって?


 どっかの高級娼館の最上級部屋で大人気娼婦と遊んだツケだ。


 とにかく交渉をしてみるものの、鐚一文負けやがらなかった。あのがめつい奴隷商人め。


 仕方ないので最終奥義発動して金貨10枚を借りた。因みにお相手は冒険者ギルドである。


「というわけだ、わかったか!」


 ビシッとシルヴィアを指さす。


「は、はい! ご主人様!」


 俺の変貌ぶりに驚いている。それも当然だ。


 今までは多少無茶しても金という保険があった。リタイアしても最悪金さえあれば良いかという安心感の元、俺は冒険者をしていたのだ。


 再び余裕を得るにはまず金がないと話にならない。最初の目的は借金の返済だ。可及的速やかに。


「あ、あの……それで精霊契約はしないのですか?」


 申し訳無さそうにシルヴィアが聞いてくる。


「ああ、そういやそんな話もしてたか。目先の金が無くなって、すっかり忘れてた」


「……あんなに真剣にお話したのに」


 うなだれるシルヴィア。


「じゃあさくっとやるか、ほら頼んだ」


「……なにか軽いのですけど」


「重くやったほうがいいのか?」


「……いえ普通でいいです」


 シルヴィアはため息を吐くと、傷を癒やした時のように俺の胸に手を当てる。そして全身が温かい感触に包まれた。これが魂を繋いだということなのだろうか。そしてシルヴィアはもう片方の手を自らの胸に置いて何やら呟いた。


 次の瞬間、光が爆発した。


 そして凄まじい何かが俺の中に注ぎ込まれてきた。今までの感覚など比較にならないほどの力の奔流。そして光が全て俺の中に収束していく。


 どれくらい経っただろうか。俺はゆっくりと息を吐きだし、目の前のシルヴィアを見た。まるで一戦闘終えたように肩で息をし、顔が紅潮している。なんだかとっても淫靡だ。


「……これで契約出来ました」


 シルヴィアが笑いかけてくる。


「ああ、これからよろしくな」





「なんで私も前衛何ですかーっ!」


 深い森の中をシルヴィアの絶叫が響き渡った。


 ここは首都の東、イーベ山脈の麓にある古の森。その名の通り、何百年も年月を重ねた大樹があちこちに見られるとても大きな森だ。


 森に踏み入れた俺達を歓迎したのはパワーエイプと呼ばれる大きな猿だった。


 王都の冒険者ギルドにあった依頼の相手。適正レベルは4だがパーティだし、精霊契約でパワーアップしてるならいけると思ってたのだが……。


「そんな契約しただけで身体能力が上がるわけ無いじゃないですか!」


 と言う訳で絶賛苦戦中だ。その言葉に動揺した俺は、思わず相手の攻撃を避け損なった。直撃ではないので幾分かマシだが、パワーと名の付くだけあっておもいっきり弾き飛ばされてしまった。そのまま草むらにつっこみ、体中に小さな傷を作った。


 しかし負ける気はしない。超回復能力があるんだから。今受けた俺の傷も直ぐに回復――しない。


「おいこら、なんで怪我が回復してないんだ!」


 納得がいかずシルヴィアの方を向いて叫んだ。


「……それは私の能力で、ご主人様の能力じゃないですよ。私が直接触れないと無理です」


 やばい絶望しか見えない。


「シルヴィア!」


「なんですか」


「囮になれ!」


「ええっ!?」


 俺はそう言い残すと、パワーエイプに気付かれないように少し後退してから回りこむ。パワーエイプは目の前でまごまごするシルヴィアが気になるのかペチペチ叩いていた。「ひうっ」とか「はうっ」とか妙な叫び声が聞こえるが、この際置いておくことにする。


 何とか気付かれず後ろを取ると勢い良く飛び上がり、パワーエイプの脳天目掛けて片手半剣を振り下ろした。確かな手応えの後、ややあってパワーエイプはゆっくりと大地に沈んだ。


「うう…酷いです」


 シルヴィアが非難の声を上げるが、傷ひとつ無い綺麗な身体だ。服はあちこち切れてるけど。


「まあ、今回は事故だな」


「事故なんですか!?」


「俺は契約後の確認を怠った。お前は説明を怠った。故に起こった悲しい事故だ」


 なんだか納得行かないといった表情をしたシルヴィアを尻目にパワーエイプの死体から魔石を回収していく。


「取り敢えずレベル4は保留だな。まずはいつもの魔物たちを相手に調整しよう」


 精霊契約とかでちょっと浮かれすぎてた。今になって思うとなんであそこまで根拠の無い自信を持っていたのだろうか。現状確認は冒険者として一番大事なことじゃないか、新人じゃあるまいし……ああ。


 なんとなくわかった。これはアレだ。冒険者になったばかりの頃、なんの実力もないのに強くなった気がしていたあの頃と一緒だ。餓鬼か俺は。なんて恥ずかしいんだ。シルヴィアでもいじって落ち着こう。


「シルヴィア」


「なんでしょうか?」


「お前は可愛いな」


「はいっ!?」


 予期せぬ言葉に動揺するシルヴィア。よし、和んだ。


「とりあえずお前の服を買いに戻ろう。そのままだと街の人の目に毒だからな」


 応急処置として俺の外套をシルヴィアに投げつけた。


「それ巻いとけ」


「あ、ありがとうございます……」


 自分の現状に気づいたのか、シルヴィアは恥ずかしそうに外套を纏った。





 パワーエイプの魔石は銀貨20枚とそれなりの値段になった。


 そのままホクホクとシルヴィアの服を買いに行ったのだが、これがまた高い。何故女物の服は高いのか。謎である。


 コボルトの毛皮で作ったコートと色違いのワンピースが二着。計銀貨18枚。俺の皮鎧とインナーなんて合わせて銀貨5枚だぞ。


「わあ、コレ可愛いですね」


 シルヴィアが嬉しそうな声を上げる。


 可愛いのはいいんだが、もう少し値段を下げられないものか。


 借金返済は何時になることやら。目標は遥かに遠く、険しい道に見えた。



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