第六十六話 銀糸防具と聖銀のお願い
結局、シャンディが何者なのかという答えには辿り着いていない。
銀糸狩りが終わり、その休暇中の間にもちょこちょこと顔を合わせるシャンディに、何度か聞いてみようと試みた。しかし、まるで避けられているかのように、タイミングが掴めないのだ。
そしてそのまま休暇も終わり、俺たちの臨時パーティは既に解消している。
詳しいことは聞いていないが、しばらくは宿もそのままらしいので、また話す機会も訪れるだろう。
銀糸の仕立てが完了するまで、まだしばらくの時間が掛かるらしい。俺たちはその合間になにか依頼でも受けようかと、冒険者ギルドへとやって来ていた。
相変わらず広いギルド内には、多数の冒険者がひしめき合っている。
それをかき分けるように、依頼掲示板の前へと俺たちは足を運んでいく。見上げた俺の目に最初に飛び込んできたのは、遠方への護衛依頼だった。これはもちろんパスだ。受けるとしても仕立てが終わってからでなければならない。
ざっと目を通していくと、なんだか銀糸の回収依頼もちらほらと見受けられる。そのどれもが結構な報酬だ。やはり銀糸は慢性的に不足しているだけはある。これだけの報酬なのに、未だに誰も食いついていない。
さて困った。目ぼしい依頼がなかった。近場の港町へ向かう商人の護衛などがあれば、見学がてらに受けたいと思っていたのだが、そういう依頼は軒並み抑えられているのか見当たらなかった。
残るは魔窟に挑むことぐらいだろうが、銀糸の防具は製作中に加え、聖銀の武器もない。協力依頼の必要事項にも聖銀武器の所持、もしくは魔術師と記載されている。それほどまでに不死者は厄介なのだ。
俺は頭を掻く。
仕方がないので、仕立てが完了するまではフェルデン周囲で魔物を狩ることに落ち着いた。
そんな俺たちとは裏腹に、シャンディは何やら忙しそうだった。狩りの帰りに顔を合わせても、軽い挨拶を交わす程度である。
とてもではないが、話をする雰囲気ではなかった。
目覚めたのは夜中。
何だが街が騒がしい気がする。開閉式の窓があれば状況は把握しやすいと言うのに、残念ながらこの部屋には高所に天窓があるだけだ。
俺は仕方なく、部屋を抜け出し、宿の外へと出る。
言ってしまえば、単なる好奇心だ。俺はこっそりと生体活性を使って屋根を駆け上がった。大きな音を立てないように気をつけながら降り立つと、街を見回していく。
今このフェルデンで一番賑わっているであろう歓楽街が眼に入る。相変わらず、漏れ出る光魔石の光量でそこだけ昼間のようだ。闇に慣れた眼にはなかなか厳しい。
やはり騒ぎの元は歓楽街のようだ。闇を斬り裂いて、小さく悲鳴が聞こえてくる。ここまで届いてくるとなると、些か異常である。
俺は感覚強化で歓楽街へと意識を集中させた。
最初に耳に飛び込んだのが、剣を打ちあう音。次いで男の悲鳴。斬り裂かれたのだろうか。頭の中で凄惨な光景が浮かび上がる。
……これは『裏』が黙っていないな。
しかし、これも直ぐに収まるだろう。俺は欠伸を噛み殺すと、再び宿の中へと戻っていった。
階段を登り、シャンディの部屋の前を通り抜ける。
そう言えば昨夜はシャンディと顔を合わせてないな。未だに戻って居ないのだろうか。
確か明日は銀糸の仕立てが終わる日だ。共に仕立て屋へ行く約束だったのだが、大丈夫なのだろうか?
俺はそのまま部屋へと戻り、あっという間に再び眠りへと落ちていった。
結論から言うとその心配は杞憂だった。
「皆、おはよ。今日は一緒に朝ご飯食べましょ……ってあら、中々刺激的なスタイルね」
シャンディはいつもどおり顔を出してきたのだ。
シルヴィアが扉を開け、シャンディを中に迎え入れると同時に、ちょうど朝風呂から上がった俺がばったり遭遇するハプニングがあったが、それは些細なことである。
しかし、何故かシャンディのその笑みに微妙な違和感を覚えた。昨日の夜は外に出ていたようだし、騒ぎの所為で寝不足なのだろうか。
そのまま俺たちは共に朝食を取り、仕立て屋へと足を運んでいく。
扉を開けると、店員が「お待ちしておりました」と三人を奥の試着室へと案内していった。
「どうですかっ!」
奥から真っ先に出てきたのはマルシアだった。そしてそのまま俺の眼の前まで来ると、その場で一回転をする。全身を包む銀糸のローブの裾がふわりと捲れる。それは上から軽く羽織るタイプの法衣だ。飾ってあるローブとは細部は異なっているが、俺から見てみれば同じようなものである。……いや、よく見ると輝きが足りない気がする。そこを突っ込んでもいいのだろうか。
「ふふ、どうかしら」
次いで奥から出てきたシャンディも同じように聞いてきた。
こちらは銀糸鎧だった。皮鎧をベースに銀糸で補強している防具である。シャンディのスタイルに合わせるように、ピッタリと収まっている。うむ、中々良いデザインだ。
「なんだか私と反応が違うんですけど……」
思わず食いついた俺の反応に、マルシアは不満気に声を上げる。
「……あの」
そして最後に出てきたのはシルヴィアだ。
さすがに銀糸の量が足りなかったので、シルヴィアには好きな素材で作るように言っておいた。しかし、出来上がったのはなんと……淡く銀色に輝いていた。腰元を締め、緩く広がるスカートラインのワンピースといった感じだ。
「私たちのを少しずつ分けて作ったのよ」
俺は驚き、どうしたのかと聞こうとする前に、シャンディが説明をしてくれた。シャンディとマルシアはお互いに「ねっ」と顔を合わせて笑い合う。
「全て銀糸で作られていなくても効力は十分よ。実用を考えると、必要最低限に使って他の素材と組み合わせたほうがいいわ。この銀糸鎧が良い例ね」
「仕立て屋さんと色々相談してみたんですよ。そうしたらもう一着作れそうだったので、シルヴィアちゃんのにも使ってみました」
「そうか……それは良かったな」
新しい装備に嬉しそうにしているシルヴィアの頭を撫でた。
「はい。皆さん、その、ありがとうございます」
俺が手を離すと、二人に向かってペコリと頭を下げるシルヴィア。それを微笑ましそうに見る二人だった。
店を出ると、三人は銀糸装備をつけたまま街を歩いて行く。今日は狩りに行く予定ではなかったので、俺は軽装だ。周りの格好に比べ、なんだかみすぼらしい。いつものウーツ鋼装備でもつけていればまだ体裁は整うのだが……。
そのまま俺たちは宿に戻った。
何故こんな早い時間に戻ってきたかというと、シャンディが話があるそうだ。俺も聞きたいことが合ったのでちょうどいい。
シャンディは一旦自分の部屋へと戻り、何やら荷物を持ってきた。
「はい、これはお土産よ」
そう言って俺に渡してきたのは馴染みのある長さの武器、片手半剣だった。
俺はベッドの脇に置いてある相棒を見る。武器ならば既にあるのだが。
「なんで片手半剣なんかを渡すんだ?」
「抜いてみれば分かるわよ」
シャンディに促され、俺は言われるままに鞘から剣を引き抜いた。それは光魔石の灯りを受け、銀色に煌めいた。それは三人がつける銀糸の防具よりも、金属特有の確かな輝きだった。
「……これは」
思わず目を見開いた。俺の使っている鋼鉄の物より重い。それは紛れも無く聖銀で作られた片手半剣だ。
「祝福量も十分。なかなかのレア物でしょう」
シャンディがウインクをする。聖銀の片手半剣と言うだけでも、なかなかお目に掛かれない代物なのに、さらにきちんと祝福が残っているのだ。その言葉通り、確かに珍しい。
広場で見かけた聖銀武器のほとんどが片手剣だった。他には槍であったり、打撃武器のメイス程度であれば見かけることはあったのだが、その程度だ。
その刀身に目を奪われ、しばし無言になってしまった。
「幾ら求めている人間が少ないといっても、聖銀である以上結構な値段もするだろう?」
剣を鞘へと戻し、シャンディに聞く。そもそも、何故これが土産なのだろうか。
「そうね。でも問題ないわよ」
「どういうことだ?」
「私が拾ってきた物だからよ。安心して、元手はタダだから」
「……だからと言って、おいそれと受け取れるようなものではないだろうに」
「そうね、そのかわりと言ってはなんだけれど……ちょっとお願いを聞いてくれたら嬉しいわ」
シャンディはまっすぐに俺を見た。その表情は真剣そのものだ。そして、ゆっくりとその願いを口にし始める。
「契約者として、力を貸して欲しいの」
その言葉は、俺が聞きたいことの答えだった。




