第六十四話 ガーゼフと一悶着
村に帰るとなんだか人集りがおきていた。
その中心には荷馬車。人混みに隠れて幌の中はよく見えない。そして何やら言い争う声も聞こえてくる。
どうやら一悶着起きているようだ。俺が知っている中で何かを起こしそうな人物といえば……一人しか居ない。
俺たちは覗きこむように回り込んだ。もともと宿に行くためには通らねばならないので致し方無い。
諍いの中心には見知った人物。その原因は想像通り、ガーゼフによるものだった。傍らにはその仲間。その後ろには何やら馬車を引き連れている一団が居た。
やはり事の問題は、マンダリナの乱獲に始まるようだ。
「私の知ったことではない!」
ガーゼフの一際大きい怒声が、あたりに響き渡った。対面するように並ぶのは冒険者たち。その代表なのか、迫力のある大男が一歩前へと踏み出ていた。
「ふざけんなよ、てめぇ! 冒険者やめたからって守るべき筋ってもんがあんだろうが!」
お返しとばかりに大男も叫ぶ。後ろの仲間が「やめとけ」と声を掛けているが、耳には届いてなさそうだ。よく見るとその冒険者集団の大半が、既に諦めているかの様な雰囲気を醸し出している。
「冒険者……ふはは、冒険者か。そんなもの証がなければただのゴロツキではないか」
ガーゼフは醜悪な笑みを浮かべる。冒険者という単語に何か思うところがあるのだろうか。侮蔑の言葉に周囲の冒険者たちの顔色が変わった。もちろん、その言葉には俺も若干の憤りを覚える。
ゴロツキ。確かに、見るものからすれば冒険者はそこら辺に居るゴロツキと変わらないのかもしれない。しかし、それは大男の言うところの筋を通していない場合だ。
冒険者同士を尊重し、助けあう。それがギルドの規律であり、冒険王の掲げた信念でもある。
もちろん、そのお題目を全てきっちりと守ってる奴は多いとは言えない。しかしそれでも、ゴロツキ扱いされて黙っている奴も中々居ないだろう。
「てめぇ……」
大男が剣の柄に手をかける。後ろの冒険者たちの中にも、武器を構えようとするものが幾人かいた。
……マズいな。このままでは収まりが着かないぞ。
その険悪な雰囲気の中、シャンディは俺の横を通り、二人の間を遮るように進み出ていった。その横顔は、失望に彩られているように見える。
「……何のようだ」
一転、不快な顔になるガーゼフ。
「……どこまで落ちてしまえば気が済むの?」
簡潔な一言。その言葉にガーゼフは更に顔を歪めていった。
「決められたルールを破り、文句をつける人間をあざ笑う。……真面目で真っ直ぐ前を見ていた、あの頃の貴方はどこへ――」
「黙れ!」
シャンディの言葉を遮り、ガーゼフが絶叫する。まるで親の敵を見るような形相だ。先ほどまであった余裕が見事に消し飛んでいる。
あまりにも異常なその雰囲気に、周囲の者たちは何も言葉が出ない。俺もその一人だ。
しばしの静寂。それはまるで、時が止まったように長く感じられる。
「……貴様にそれをいう資格はない! 私を裏切った貴様にはな!」
ガーゼフは拳を握りしめ、ゆっくりと吐き捨てるように口を開いた。そしてその拳を振り上げ――シャンディ目掛けて振り下ろした。
パァン!
その行動までに躊躇いの時間はあった――だからこそ間に合った。
ガーゼフの拳を俺の手が受け止めている。万が一を考え、生体活性・腕も使用していた。……そして、その選択は正しかった。
一撃は全力だった。躊躇ったかと思えば、躊躇なく撃つ。
こいつは一体何を考えているんだ!?
俺の行動にガーゼフの矛先がこっちに向いた。
「貴様! 毎度毎度邪魔しおって! なんなのだ! 貴様はなんなのだ!!」
「……言っただろう。こいつは、俺の仲間だ」
俺の手を振り払い、ガーゼフが剣の柄に手をかける。クソ、結局こうなるのか。
「いい加減にしとけ、そろそろ引き上げるぞ」
ガーゼフの行為を咎めるように、後ろにいた獣人が静止をかける。その表情は実に面倒臭そうだ。
「依頼人を待たせたらどうなるかわかっているだろう。余計な時間を取らせるな」
後ろを振り返り、なにかを言いそうになったガーゼフだったが、その言葉に押し止められると苦々しい表情で馬車へと乗り込んでいった。
「貴様……あまり調子に乗るなよ」
荷馬車の上から捨て台詞を吐いて、馬車がゆっくりと進みだしていった。
辺りが一気に弛緩する。
「……すまなかったな。途中から割り込んで」
俺は大男に謝罪した。シャンディもその言葉に「あっ」と気付くと、遅れて「ごめんなさい」と頭を下げた。
「ああ、いや、構わねえよ。どうせアイツらには文句を言えても止めることなんて出来ないんだからよ」
例の貴族の話か。そうなると、荷馬車を用意していたのはその貴族様関係なのだろうか。
「まっ、それにお前たちの行動で少しスッキリした。あのままだと俺を含めて、後先考えずに手を出す奴が出ただろうしな」
後ろから「ああ、もうちょっとで抜くとこだったぜ」や「ああ、俺もだ。危なかった」などと言う声が聞こえてきた。やはり冒険者は血気盛んな奴が多いな。
「おいお前ら! 溜まった鬱憤は酒で解消だ!」
冒険者の中の一人が声を上げる。それに追従するように「そうだ、そうだ!」などと声が上がっていく。
そして場は、定番の酒盛りへと移行していった。さすが宿の一階のほとんどは酒場だけあり、冒険者たちが大挙して押し掛けてもびくともしない。更には途中で帰ってきた冒険者たちも参戦し、時が経つほど場は混迷を呈した。
馬車の後を追うようであまりいい気分はしないが、俺たちはきた道を逆に辿り、フェルデンへと帰還した。
必要な分の銀糸は集まっているし、若干の魔石により収入はあった。予定よりは長引いてしまったが、色々あったので仕方のないことだと割り切ろう。
何時どんな時でも空いているお馴染みの宿に、俺たちは拠点を戻す。
受付の老婆は何も言わず、代金を払うと鍵を置いてそのまま奥へと消えていった。部屋すら指定されていないと言うことは、この鍵はあの部屋の鍵なのだろう。そう判断し、俺たちは二階へと上がっていった。
とことん愛想の無い人物である。
「なんだかもう懐かしいですね。この部屋」
鍵が合い、扉を開けてマルシアが言った。
相変わらず薄暗い部屋だ。光魔石を使って、その全貌を照らしだしていく。やはり無駄に広い。
戻ってくる途中、通りで珍しそうな酒とツマミ、そして果実の絞り汁を購入しておいた。それを部屋のテーブルに並べていく。さっさとフェルデンに戻るため、先日の酒盛りには少ししか顔を出していない。なのでその代わりだ。
「お邪魔するわね」
軽いノックをして、シャンディが入ってくる。しばらく寝食を共にしただけあり、遠慮は欠片も見えない。
さすがにこの宿では、元通り別々の部屋をとっている。重たい荷物を自分の部屋に置いてきたのだろう。普段着に着替え、その動きはとても軽やかだ。
「それじゃ、お疲れ様といきましょうか」
酒瓶を手に持つと、シャンディは器に注いでいく。シルヴィアは自分用の果実の絞り汁を注いでいく。マルシアがツマミの用意。俺は手持ち無沙汰である。
それぞれが器を持ち、軽く合わせる。そこからは取り留めのない会話が続いた。
話の中心は銀糸。そしてそれをどう仕立てようかという会話。つまり俺は埒外。
チビチビと器を傾けながら、珍しい酒の味を楽しんでいく。
「それじゃ、私はそろそろ失礼するわね」
それほどまでに時間が立っていないというのに、シャンディは席を立った。
「なんだ、早いな」
「ふふ、私が長いこと居たらお邪魔でしょう。折角の水入らずなのにね」
シャンディは俺に近づき「それじゃ、頑張ってね」と耳打ちしていく。
「……おい」
俺が反論しようとする頃には、既に扉の際で手を降っているところだった。
「えへへ、イーグニスさーん」
そんな俺の背中に、酒を呑んで陽気になったマルシアが抱きついてきた。




