第六十二話 酔っぱらいと銀糸蝶
先に帰ったと思っていたシャンディは、宿の前で俺を待っていた。特に何かを言うわけではなく、そのまま共に部屋へと戻る。
部屋に入ると一瞬、妙な視線を感じたが、残っていた二人は俺たちを迎え入れる。
「おかえりなさい」
「ただいま。それとごめんなさい。心配かけて」
いつもの態度に戻り、シャンディが返答する。その態度に部屋の雰囲気は若干和らいだ。
「よし、それじゃみんなでお風呂行きましょうか」
パンと手を叩き、シャンディは二人を引き連れて部屋を出て行った。
俺も同じように風呂に向かう準備をし、階段を降りていく。すると、前から冒険者がやって来る。先程まで、酒場で呑んでいたうちの一組だ。こっちは一人、相手は複数。俺は邪魔にならないように壁にピッタリとついた。
「ん、アンタ、さっきガーゼフと揉めた奴じゃないか?」
俺が横を通り抜けようとしたところに、先頭の男が話しかけてきた。この状況、どう考えても俺に向けて言ってるとしか思えない。
「ガーゼフと言うのは、さっきの騎士風の男のことか?」
それ以外の人物が思いつかないが、一応問いかけた。
「なんだ、言い争ってたからてっきり知り合いなのかと思ったぜ。察しの通り、そいつがガーゼフだ。原因は女の取り合いだろ?」
にやにやと男が聞いてくる。やはり先ほどまで呑んでいただけあり、赤ら顔で酒臭い。所謂酔っぱらいという奴だ。
「いあーあれはなかなか楽しかっらなあ、おい」
後ろの男が言う。同じような酔っぱらいだ。微妙にろれつが回ってない。
「ああ、実にいいツマミだった」
更に後ろの奴が続く。まあ、よくいる酒呑みたちだ。諍いが始まれば賭けをし、肴にする。
「しっかしよー。ガーゼフの奴の顔、傑作だったわ! いやーあんちゃんよくやったぜ!」
どうやら俺の感じたとおり、奴の評判は著しく悪いらしい。態度の端々からそれは分かりきっていたのだが、改めてそれを理解した形だ。
「やっぱりアイツの態度は誰でも同じようなものなのか」
「おうよ。元冒険者の癖に他の冒険者のことは見下すわ、俺たちの見つけた銀糸を横取りしようとするわ、マンダリナから魔石まで取り出すわ、散々だぜ。あんときゃぶっ殺してやろうかと思ったが、ああ見えてアイツはそれなりの実力者だし、おまけに後ろに貴族が付いているからなあ」
貴族か、厄介だな。目をつけられたらたまらないその気持はよく分かる。
「つまり、奴は貴族の命令で銀糸を取りに来ているのか?」
「ああ、そうだと言ってた。何でも大量の銀糸が必要なんだと。まったく貴族様のお陰でこっちの銀糸集めは散々な結果だぜ」
そうなると、これからかち合うことも多くなりそうだ。契約者の件に加えて、なんと厄介な奴らなんだ。
俺は、思いっきりため息を付いた。
「わかるぜ、その気持ち! 俺たちもあいつらにはうんざりだ。だから女は絶対に取られるんじゃねぇぞ!」
俺の女じゃないんだが……まあ、そんな弁明をしてもこの男たちには届かないだろう。酔っているうえ、決めつけているのだ。酔っぱらいと言うのは本当に厄介なものだ。
予想通り、俺はそれからしばらくの間、酔っぱらいのくだに巻かれることになった。
せめて階段ではなく、ちゃんとしたテーブル席にして欲しい。
「さあ、今日も頑張っていきましょう」
珍しくシャンディが声を張り上げていた。
今日からは宿に戻らず、野営を軸に捜索範囲を広げることにした。このまま近場を探していても繭を発見できる可能性は低い。シャンディを目の敵にしているあいつらが狩場を荒らしているのだろう。
フェルデンは海に近い街だ。そこから南に大きく円状に広がった大地が、今俺達がいるマンダリナの生息地帯となる。奇しくも、魔力溜まりも同じように地形に沿って拡がっていた。
俺たちは南西へ歩を進める。突っ切れば海が広がる光景が拝めるだろう。
「もう少し時期が早かったら、海も気持ちよさそうなんですけどね」
肌寒い風に吹かれて、マルシアは身を震わせる。シルヴィアとマルシアともに、黒騎士の中に突っ込んであったアクアリザードの外套を引っ張りだして着けている。
奥に進めば進むほど、出会う魔物の数は徐々に増えていった。
しかし尽く、見つけたマンダリナの縄張りは荒らされていた。どれもこれもマンダリナの死骸には見事な一閃。更に中から魔石も取り出されている。酔っぱらいから聞いたガーゼフの仕業だろう。
たしかに、これなら銀糸が出回らないのもよく分かる。
マンダリナはその体の大半を魔力によって作り上げられている。魔石さえ無事であれば、数日で回復する。
レベル5という以上、その魔石はかなりの値がつくのは確かだ。しかし銀糸の保全を考え、ギルドにおける魔石の買い取りはしていない。マンダリナが増えすぎて被害が出始めると、ギルドに討伐依頼が貼り出されるらしい。
依頼以外で魔石が流れるとすれば……おそらく『裏』だろう。そして、ここまでやっているガーゼフが問題になっていないのは、やはり貴族様のお陰か。一つでもキナ臭いのに、二つも合わさるとなると尚更だ。
しかし、それは一介の冒険者にはどうしようもない問題だった。
次の日、いつものように感覚強化に反応がある。
それはこれまでとは違い、地を這う魔物の音ではなく、何者かが羽ばたく音。俺の頭に、目的の魔物の姿が浮かぶ。
皆に注意を促し、俺たちは周囲を窺った。そこに浮かび上がるのは煌く銀光。
「やっと出会えたわね」
シャンディが三日月刀抜きながら言う。ああ、やっとだな。
ついに姿を現した、生きたアルゲントゥムマンダリナ。それは想像していたよりも優雅に、空を支配していた。
俺たちと同じように、マンダリナもこちらをじっと窺っている。縄張りに踏み入ってきた冒険者に警戒しているのだろう。
少しすると威嚇のように周囲を旋回する。俺たちは互いに頷き、戦闘態勢へと移行した。
しばし訪れる沈黙の間。
俺たちが引かないことがわかったのか、マンダリナの羽ばたきが激しくなる。そして降り注ぐは銀に煌く鱗粉。
それを見た瞬間、シャンディが素早く動いた。
「風の加護」
解き放たれた三日月刀が正面からマンダリナに襲いかかる。その軌道が目標を捉えたと思った瞬間、マンダリナが高速で宙を返った。
刃はその下を通り抜けると、そのまま翻し、今度は後方から襲撃する。
勢いそのままにマンダリナが俺たち……正確には、シャンディを狙って急降下してきた。あっという間に詰めてくるマンダリナに俺たちは反応し、それぞれ回避行動を取る。その中で、シャンディが前へと走りだした。一足で最高速。すれ違いざまに手にある三日月刀を薙ぐ。しかし、マンダリナには微妙に届かない。そのまま、戻ってきた二本目の三日月刀を手に取ると、俺たちと挟み込む態勢になった。
もちろん俺も黙っているわけではない。シャンディが抜けた瞬間を狙い、マンダリナに接近、そのまま片手半剣を振るった。しかし、それもまた届かない。直前で再び急上昇。マンダリナは空へと舞い上がった。
生体活性かけていれば間に合っていただろうか。
そこに氷の矢が連続で飛び出す。それに対し、マンダリナは光の膜を発生させ、自身を包み込こんだ。矢はそれに弾かれ、四方へと散っていく。
「ああっ!」
「障壁か」
女王の風の障壁を思い起こさせる。アレを突き破るには二重強化が必要だろうか……。俺はシャンディをチラリと見る。出来ればシャンディの眼の前でやるのは避けたい。
「アレなら私が破れるわ。だからしばらく注意を引きつけてもらえるかしら」
余裕そうにシャンディが言う。
どうやって……と口に出かけたが、まずは倒してからだ。
「マルシアは引き続き、矢で注意を引け。黒騎士はマルシアを守ることに専念しろ」
それを聞いた二人は直ぐ様近づきあい、再びマルシアが魔石杖を構えた。そこから飛び出す氷の矢。しかしそれを意に反さず、マンダリナは俺たちに向かって突っ込んでくる。マルシア狙いのその突進を、黒騎士が身体を張って受けとめた。
一瞬の均衡。
そして徐々に黒騎士がおされ始めていく。槍を突き立てる余裕も無さそうだ。よく見ると、マンダリナの身体には直接触れられていない。やはり膜は物理的にも機能しているのだろう。
その横から俺が突っ込み。
「筋力付与!」
生体活性・腕を使って片手半剣を思いっきり切り上げる。予想通り刃は通らないが、強引にその体を黒騎士から引っぺがすことに成功した。
下からの衝撃によって、マンダリナは空中でバランスを崩した。
「みんな、左右に離れて頂戴!」
その言葉に、俺と黒騎士が一斉に遠ざかる。マルシアは既に安全圏だ。
「風刃!」
同時に風の刃がマンダリナに襲いかかった。その刃は光の膜をやすやすと切り裂き、中に居たマンダリナの羽をも裂いていく。
俺が知っている風刃とそれは若干異なっていた。先ず最初にそれはシャンディの手にある三日月刀から発生していたこと。そしてまるで風に色があるかの如く、三日月刀の軌跡をなぞるように、白い剣閃が飛び出したのだ。
その一刀で決着はついていた。大地に落ちたマンダリナには、最早為す術はない。
「お疲れ様」
俺に向かってシャンディが近づいてきた。
「今のは、魔法剣士風にアレンジした魔術よ」
そして口を開き、聞こうとした質問を先読みしたかのように答える。
「……お前は心でも読めるのか?」
「だって、大概の人が聞いてくるんだもの。いつもの事よ」
そう言ってシャンディはウィンクをする。
 




