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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第三章 冒険者と交易都市
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第六十一話 今の仲間と過去の仲間

 日も落ち、徐々に宿へと入ってくる客も多くなってきた。そのほとんどが冒険者だ。片手剣(ショートソード)段平(ブロードソード)などが金属鎧と擦れあい、ガチャガチャと煩い音をたてている。


 中にはローブ姿の魔術師も多い。やって来た冒険者の半数ほどになるだろうか。


 目的のマンダリナは繭を作るまでは地を這い、羽化後は空を飛ぶ魔物である。襲い掛かってくる瞬間に攻撃のチャンスはあるものの、やはり遠距離攻撃があるのが一番いい。そのため、魔術師が出張ってきているのだろう。


 食事も済んで俺たちが席を立った時、宿の入口からまた一つのパーティが入ってきた。


 先頭はいかにも騎士といった風体の男。その後ろに弓を背負った獣人、そして最後に小さな魔術師が入ってきた。魔術師の身長はハーフリングよりやや高い程度。普通の人間をそのまま小さくしたようなその種族の名はゲノムス。別名、小人とも呼ばれている精霊族だ。


「ん、すまない」


 ちょうど立ち上がった俺が、そのパーティの進行を遮る形となってしまった。邪魔にならないように素早く道を譲る。


「……ふん」


 騎士風の男は俺を一瞥すると、さっさと通り抜けていく。悪いのは俺だが、その態度からなんだかいけ好かない印象を受ける。


「……お前は」


 その男の足が俺を通り過ぎたところで止った。そして一瞬驚いた後、憎々しげにシャンディを見据えた。


「お久しぶり、ね」


 シャンディは表情を変えず、手を上げて挨拶をした。


「……よく俺の前に顔を出せたものだな」


 その態度に男の表情が更に歪む。


「いい男は過去に拘らないものよ」


「ふざけるな!」


 男は叫び、すぐ隣にあるテーブルをドンと思いっきり叩く。周りの客が一斉にこちらを向いた。男の後ろにいた仲間も何事かと驚いているようだ。


「貴様のせいで俺の評判はガタ落ちだ! どうしてくれる!!」


「……私は何も言い訳しないわ」


 怒声にもまるで変化のないシャンディの態度に、男が苦虫を噛み潰したような顔になる。


「おい、そこの!」


 男は更に怒声を重ねようと口を開いたが、突然何かに気づいたように俺の方を向き直り、声を掛けてきた。


「お前がリーダーか?」


「……まあ、一応な」


 何故か俺まで睨みながら、男が聞いてくる。


「こいつは信用するな! 信じてもどうせ裏切られることになるぞ! 大体こんな阿婆擦れを仲間に入れるなんて、お前も程度が知れる! どうせうだつの上がらない冒険者なのだろう」


「ちょっと、イグニスは関係ないわよ!」


「ほう、お前が擁護するとは意外だな。それともそれもまた演技か?」


 シャンディが俺を庇う姿を見て、男は下卑た笑みを浮かべた。


「貴方がどう感じようと構わない。でも、他人を巻き込むのはやめて頂戴」


「はっ! どの口開いてそんなことを言えるのか! どうせお前のことだ、何か魂胆があるのだろう!」


 男は再びシャンディを怒鳴り始める。


「……そこまでにしてくれないか」


 いい加減うんざりとしてきたので、俺は口を挟んだ。


「貴様は騙されているとわかっていてこの女の肩を持つのか!」


「……アンタとシャンディの間に何があったかは知らん。知りたいとも思わん。だが、シャンディは俺のパーティメンバーだ。これ以上、仲間への罵倒は止めてもらおう。どの道、言い争ったところで解決するような問題では無いのだろう? お前の後ろのメンバーも困っているぞ」


 俺の言葉に男は後ろを振り返る。獣人と魔術師は沈黙するのみだった。


「くっ……いくぞ!」


 更に周りから受ける視線に気づき、男は少し黙った後、仲間を引き連れて受付へと向かっていった。


「……迷惑かけてごめんなさい」


 シャンディが近づいてきて、俺に謝る。


「気にするな、いざこざは冒険者に付きものだ」


「そうね。……ありがとう」




 一悶着あったが、俺たちは部屋に戻ってゆっくりしていた。


 だが、場の空気は重い。シャンディがいつもと違い、その表情に影がかかっているのは仕方がない。しかし、何故かシルヴィアやマルシアまで黙っているのはどういう事なのだろうか。


 先程から二人が何かを言いたそうにしているので、口が開くのを待っているのだが……その機会は一向に訪れようとはしない。


「……ちょっと外の風にあたってくるわね」


 そう言い残し、シャンディは部屋を出て行った。その姿が完全に見えなくなると、二人がゆっくりと俺の前にやってきた。シャンディが居ると話せないことだったのだろうか。


「……どうしたんだ?」


 しかし中々切り出せない二人に、俺が促す。


「それが……私は何となくなんですが、シルヴィアちゃんが」


 マルシアが隣を見る。俺もそれに釣られてシルヴィアの方へと顔を向ける。


 シルヴィアは俺の顔を確認すると、やや躊躇いながら口を開いた。


「あの男の人は――契約者かもしれません」


 その言葉の意味が最初は分からなかった。ゆっくりと時間を掛けて噛み砕き、俺はそれを理解した。


 契約者……つまり俺と同じ存在。


 それを聞いた時、心の何処かで、実は自分は特別なのかもしれないと奢っていたことに気付く。


「……となると、あいつも巫女を連れている?」


 先程のパーティメンバーを思い出してみる。獣人、これは論外。次にゲノムスの魔術師。可能性があるとしたらこいつだろうが……。


「そういえば巫女というのは女性しかいないのか?」


 答えを求めてシルヴィアに視線を向ける。


「少なくとも……私が知っている限り、巫女は女性のみです」


「見たところ、女性はいませんでしたね」


 マルシアは俺と同じように先ほどのメンバーを思い出しているのだろう。床を見つめたまま呟く。

 

「……あ、それで思い出したんですが!」


 そして勢い良く顔と共に声を上げた。


「なんだ、いきなり」


「さっきの感覚が契約者ということなら……私、結構契約者見ていますよ!」


 衝撃の事実を突きつけられる。どういうことだ……契約者ってそんなにいるものなのか?


「ギルドの職員してた時、イグニスさんみたいに何故か気になる人が偶にいたんですよ」


 ……その言葉だけ聞くと恋愛話のように聞こえてくるんだが。


「今思えば、その人たち全員契約者だったんでしょうか?」


 マルシアは不思議そうな顔をして、説明を求めるようにシルヴィアを見やる。


「……私はご主人様とあの人以外の契約者様と出会ったことはありませんが、昔は戦争にもかなりの数の契約者様が参加していたと聞きます」


 そう言えば精霊契約関係で戦争が起こったという話は聞いていたな……つまり、契約者はそれなりの数存在しているわけか。


「それならば、気づいていない契約者……と言うことになるか」


 まあ、俺も十年以上冒険者やってて知らなかったんだしな。


「はい、そういう事だと思います」


 しかしそれならば一層、シルヴィアやマルシアの事がバレてはマズい。細心の注意を払うしかない。


「とにかく、特にあいつらには巫女の事を知られないように気をつけるぞ」


 俺の言葉に、二人は大きく頷いた。




 それからかなりの時間が経ったが、何時まで待ってもシャンディは戻ってこない。


 またアイツらに絡まれている可能性を考え、二人を部屋に残し、俺は辺りを捜索してみることにした。


 酒場はまだ開店している。まあ夜通し呑む冒険者も居るくらいだ。ここの閉店時間が何時かは分からないが、今はまだ宵の口と言った所だろう。


 あたりを見回してみたが、シャンディの姿はない。二組の冒険者パーティがテーブルを囲み、酒を煽っているだけだ。


 と、なると外しかないか。


 俺は入口を抜け、表へと出た。夜風が身体を通り抜ける。もうすっかり寒くなったものだ。シャンディの居場所の見当がつかないので、だらだらと散歩がてらに辺りを歩き出す。


「あら、わざわざ探しに来てくれたの?」


 ほぼ村を一周しそうになったところで、シャンディの言葉が俺の耳に届いた。しかし、辺りを見回しても姿は見えない。


「ここよ、ここ」


 その声は上から振ってくるようだ。俺は暗くなった空を見上げる。それを遮るように立ち並ぶ木々の枝。その中の一つに、目的の人物は座っていた。


「なんでそんなところに居るんだ?」


「見れば分かるじゃない、一人になりたかったからよ」


「てっきり散歩でもしているものかと思ってたぞ」


「偶には立ち止まって空を見上げたくなるものよ」


「……そうだな」


 俺はシャンディの居る木の枝へとよじ登る。そして隣に並ぶと、同じように空を見上げた。月はいつも様に佇み、優しい光を放っている。


「……やっぱり、聞かないのね」


 静寂の中、虫たちの鳴き声だけが響く。しばらくそれに耳を傾けていると、シャンディが小さく呟いた。その言葉に釣られて横を向いたが、シャンディの視線は空へと向いたままだ。


「聞いたところで何が変わるわけじゃないだろ。それに人には秘密の一つや二つはあるさ。現にシャンディが俺に言えないように、俺もシャンディに言えないこともある」


 ゆっくりとシャンディはこちらを向いた。


「だから何を悩んでいるのかは知らんが、パーティ組んだ以上ちゃんと働いてもらうぞ」


 シャンディは「ふふっ」と笑うと立ち上がる。


 次の瞬間、シャンディが抱きついてきた。予想外の行動に俺は慌て、足を踏み外しそうになる。今まで思わせぶりな台詞は数あれど、接触を試みようとはしたことはシルヴィアとマルシアをからかった時のみだ。だから俺も余裕を持っていたのだが……。


「あまり私を本気にさせないでね」


 そう言い残し、宿へと戻っていった。

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