第六十話 幼体と成体
夕方には村へと到着した。
そこは普通の村とは少し違い、宿と酒場が一つになっており、他にあるのは食料品店や雑貨屋と少数の住宅くらいなものだ。
その分、宿兼酒場は三階建てで大きかった。これならフェルデンのような宿の心配はしないですみそうだ。
早速、俺たちは宿を取る。扉を開けて入ると先ず最初に飛び込んだのは、酒瓶や樽、テーブルが並んだ風景。一階部分のほとんどは酒場なのだろう。まだ時間が早いこともあり、客は疎らである。
俺は酒場の店員に宿泊について尋ねる。カウンターの端、階段寄りの場所で受け付けているとの事だ。
「それじゃ四人部屋取ってくるわね」
「いっしょでいいのか?」
受付に向かおうとするシャンディに俺は聞く。パーティを組んだとはいえ、臨時だ。部屋くらいは別にするものだと思っていたのだが。
「あら、別の方が良かったかしら」
シャンディは含みを持った笑みを返す。
「いや、俺たちは別に構わないが」
「昨日の夜も思ったのだけど、偶にはこういうのも悪くないのよね。そっちさえ良ければ一緒の部屋にしましょ」
そう言う訳で、俺たちは部屋を共にすることになった。鍵を受け取り、指定された三階の部屋へと向かう。
「わー、高いですね」
マルシアが窓を開け、歓声を上げた。今までの宿はほとんど二階建てだった。一つ階層が上がるだけで、随分視野が広くなった気がする。他に建物が少ない分、遠く広く見渡すことが出来た。
ちょうど日が落ちる瞬間を、俺たちは何となく見続けていた。
次の日、朝の酒場はちょっとした混雑だった。
泊まっていた冒険者たちが一斉に動き出したのだから仕方ない。俺たちは席が空くのを待ち、食事を終えた頃には、他の冒険者たちのほとんどは出立していた。
俺たちも次いで宿を出る。
入り口の扉を開けると、日の眩しさが俺たちを出迎えた。
「さて、行くとするか」
俺が感知系スキルを持っていることは、フェルデンからここまでの道中、魔物捜索の時にシャンディに話してある。いつもであれば、これを活用して魔物を探していくだろう。しかし、今回は魔物の討伐ではなく、繭の発見が目的だ。こうなってくると感覚強化も役に立たない。
取り敢えず、俺たちは歩き出す。フェルデンから続く道はこの村で途絶えており、此処から先は獣道を踏み入っていく。大まかな方角だけを確認し、更に南へと足を運んだ。
既にこの場所は魔力溜まりの中である。その名の通り、魔力が濃い。魔力を好む魔物は、自然とこの場所に集ってくる傾向にある。
魔力溜まりが影響を及ぼすのは魔物だけではない。一般的には魔力と密接な関係がある魔術師であれば、何らかの影響が出ると言われている。
俺は後ろの三人を順に見た。シルヴィアとマルシアはやはり影響があってか、何となく調子が良さそうだ。シャンディに限ってはいつも通りなのでよくわからない。で、肝心の俺であるが、何故だか調子が良かった。精霊契約の力も魔力溜まりの影響をうけるのだろうか。
感覚強化で辺りを確認してみると多数の反応がある。
俺は三人にこの事を伝え、どうするか話し合ったが、シャンディの「折角だから倒せるものは倒していきましょう」と言う言葉で方針が決定する。
最低限、どんな魔物かを確認し、特に問題がなければ順に処理をしていった。
やはりシャンディが居ることにより、攻撃力が目に見えて上がる。今までは実力はともかく、数が多い魔物は厄介なので敬遠してきたのだが、シャンディとその風の加護で一気に殲滅することも可能になった。
さて、肝心の繭だが……これが中々に見つからない。
市場に出回らず、希少価値が付いているとなれば想像に難くないが、やはり銀糸を取りに来る者たちは多い。近場の目ぼしいものは既に採り尽くされていそうだ。
辺りを警戒しつつ、徐々に奥へと踏み入っていくと、陽の反射で煌めくものを見つけた。一瞬、目的の銀糸に見えたそれは、どうやらマンダリナの死骸だ。通りで感覚強化に引っかからなかったわけである。
それは大きな蝶。その見た目から、陽を浴びて空を舞う姿はさぞ美しいものだと容易に想像出来る。
しかし、これは冒険者がやったのだろうか、実に見事に仕留めている。魔石を取り出した跡さえも鋭かった。レベル5を手玉に取る冒険者とはどんな人物なのだろうか。実に興味深い。
姿形は美しいマンダリナだが、残念ながら副産物は繭の銀糸のみである。故にこのような、ほぼ完全な形で残っているのだろう。
俺たちは一通り死骸の確認を終えると、その横を通って更に奥へと進んだ。
それから間もなく、小さく扁平とした卵がずらっと並んでいる場所に出る。幾つかは既に孵っているようで、足元には卵の殻が転がっていた。俺はその殻を拾ってみる。外側は何の変哲もない乳白色だが、内側はぼんやりと銀色に光っていた。紛れも無く、マンダリナの卵だろう。
先ほどのマンダリナが、ここで卵を産んだと言うことか。この産卵場所を中心として、守るように縄張りを作っていくらしい。
その時、草むらから微かな物音がする。既に何かが居ることはわかっている。その想像通り、草から顔を出したのは銀色の毛に覆われた、大きめの虫だった。その姿は資料に載っていたのと全く同じ、マンダリナの幼虫である。
こちらに敵愾心はないのか、特に気にした様子もなく、近くを這いずり抜けていった。
もちろん、俺たちも手を出すつもりはない。
マンダリナは魔物にしては珍しく、幼体の間は人を襲わない。例えこちらから仕掛けようが、身を守る術も持たないのでそのまま倒されてしまう。繭の有用性が知られるまでは、卵や幼体を定期的に処理して周っていたらしい。厄介なレベル5になる前に処分するのは、まあ当然のことだったのだろう。
しかし、卵も幼体も今では手を出さないのが鉄則だ。どちらも処分したとしても益がない。さらに銀糸の入手効率を下げる結果になってしまうので、資料にも注釈されていた。
そのため、俺達は何もせずにその場を立ち去っていく。
マンダリナが幼体から成体になるまでは、かなりの年月がかかってしまう。その分、先ほどのように一度に沢山の卵を生む。しかし、守護役のマンダリナが倒されてしまった以上、あの卵たちもどれだけ成体になれるのかはわからない。増えすぎれば縄張りを広げ、人里近くまで降りてくる可能性もあり、処分しすぎては銀糸の生産が滞る。実に難しいバランスだ。
その後、二箇所ほど同じような縄張りを見つけるも、繭を発見するには至らなかった。そこには等しく、マンダリナの死骸が転がるのみである。
結局、その日の成果に狙った銀糸はなく、道中に倒した魔物の魔石のみだった。
「そう簡単に見つかったら、市場でも出回っていることでしょうね」
シャンディが酒を呑みながら明るく言う。隣で消沈しているマルシアとは実に対照的だ。そしていつも通りのシルヴィアが横に居た。
あれから宿へと戻り、俺たちは酒場で食事をとっている。一日目としては、まあこんなものだろう。
「そうですよね。まだこっちに来たばかりで、そんな簡単に見つかったらありがたみが無いですよね」
顔を上げ、自らを納得させるようにマルシアは声を上げた。俺からしてみれば、別にありがたみなどなくても良いんだが。
「でも、アルゲントゥムマンダリナって綺麗でしたね。死んでましたけど」
そう言いながらマルシアは、黙々と眼の前の料理を食べるシルヴィアを見た。
「シルヴィアちゃんの銀色の髪を見ているとあの姿を思い出しそう」
それを聞いて、シルヴィアは手を止め。
「……一緒にしないでください」
やや不満そうに呟いた。




