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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第三章 冒険者と交易都市
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第五十七話 オーダーメイドと魔術師の法衣

 なんだかんだで、宿はそのままここを利用することになってしまった。


 入れ代わり立ち代わりの激しい宿は、タイミングが良くなければ個別部屋は空いていない。不特定多数とともに過ごす大部屋であれば、余裕があるとは言われるのだが……俺一人であればともかく、さすがに女二人連れで行くのは躊躇われるし、黒騎士の扱いにも困る。


 残る宿となると俺たちには過ぎた高級宿ということになるが、さすがに今の宿よりかなり値が上がる。


 この宿を管理している老婆は、どうやら金以外には興味が無いらしい。おまけに、部屋に付いている風呂を二人が大層気に入っていた。確かに何時でも入れる風呂というのはいいものである。通常の宿の風呂は時間が決まっているし、他の客にも配慮しなければならない。その二つを無視できる分の価値はあるのかもしれない。


 そんな結果、今日も目覚めの朝は薄暗い。


 ベッドの上には寝ている二人の他に、読みかけの本が散乱していた。寝る前に少しは暇つぶしになるかと読んでは見たものの、どうやらいつの間にかに睡魔に襲われたようだ。内容をさっぱり覚えていない。眠れない時にはありがたいのかもしれない。


 天窓の日の角度から察するに、まだまだ時間はありそうだ。折角なので朝風呂に入ることにするか。これもまた、この宿の有意義な使い方だろう。精々料金分の元はとってやることにしよう。


 衣服を脱ぐとやはり肌寒い。そろそろ本格的に寒さ対策の魔石を購入するべきだな。リスタンブルグを出る前にグラスのところで買っておけばよかった。


 浴槽に湯を溜め、それを待つ間にかけ湯をしていく。身体は昨日の夜に洗ったので、軽く流す程度でいいだろう。


 湯を張り終えると俺はその中に沈み込んだ。


「あ、あの……私も入っていいでしょうか?」


 湯船で身体をほぐしていると、入り口からシルヴィアが覗いていた。


「ああ、別に遠慮することはないぞ。好きに入ればいい」


「ありがとうございます」


 さっさと衣服を放り投げ、シルヴィアもかけ湯をすると、湯船の中へと静かに侵入してきた。


 さすが部屋に付いている風呂だ。浴槽は狭い。二人で入れば既にギリギリである。しょうがないので、俺はシルヴィアを膝の上に載せた。こうすれば少しは広く感じられるだろう。


 ちょうど撫でやすい位置にシルヴィアの頭が来たので、つい手を乗せてしまった。最近なんだか癖になっている気がしないでもない。


 暫くの間、俺たちは朝湯を堪能していった。


「あー、ずるいです!」


 じっくり温まって出てきた俺たちを、ちょうど目が覚めたマルシアが見つけ、非難の声を上げた。


「ならもう少し早く起きるんだな……ほら、さっさと着替えろ。少ししたら出るぞ」


 天窓を見上げると、ちょうど良さそうな陽の高さだった。




 気づけば昨日は本を買うだけに終わってしまったので、今日こそマルシアの防具を探す予定だ。


 自由市場にはきっと掘り出し物があるだろう。しかし露店は商人が思い思いの品を並べている。その中から目的の品を見つけるのは至難の業だ。それに昨日の経験からして、一時間もすれば疲れきってしまう。それならば、先ずは元からある武具屋に顔を出し、良さそうな物がないか探してみることにした。


 一番近い大通りを、人の流れに逆らわず進んでいく。


 大通りに面している建物はそのほとんどが何らかの店だ。こちらも規則性はあまりない。もうちょっと纏まっていてくれたら楽なのだが。


 しかし店の数が多いだけあり、武具店は直ぐに見つかった。そこら辺の店舗とほとんど変わらない大きさだ。ここら辺の店の作りは統一されているのだろう。


 扉を開けて俺たちは中へと入り、良さそうなものがないかを探していく。


 マルシアのついでにシルヴィアの装備も買いたいところだ。いくら黒騎士があるとはいえ、鎧の外に出ることはある。いくら祝福があるからといって、わざわざ怪我する姿を見たいとは思わない。


 二人とも未だにコボルト皮の防具だ。レベル的に言えば妥当ではあるが、高レベルの敵と出会うことも考え、もう一ランクはあげたい。


 武具屋の主人に聞いたところ、薦められたのがシャドウウルフの毛皮だ。なんとなく嫌な思い出が蘇る。


 魔術を扱う魔物の素材は魔術師の装備に向いている。魔術師が狙われるのは主に遠距離攻撃だ。中には空中から襲来する魔物も居るが……それはさておき、そういう魔物の毛皮は魔術に耐性をもっている。


「……黒はちょっと」


 それを見た目で拒否するマルシア。シャドウウルフの毛皮は勿論黒い。それで仕立てられたローブも当たり前に黒かった。


「こう、可愛いのはないんですか?」


 店員にそう言って相談するマルシアだが、そもそも防具にデザイン性を求めてもなあ……。基本的に防具の作りは皆一緒だ。


 案の定、店員は困っている。これが女性店員ならば少しは話が通じたかもしれない。しかし、俺よりもかなり歳上のおっさんにそれを求めても酷だろう。


「えー……でしたらオーダーメイドするのが一番かと存じますが……」


「どうする?」


 俺はマルシアに問う。


「……どうせなら納得のいく物を手に入れたいです!」


 その一声で次の目的地が決まった。




 仕立屋に入り、先ず最初に目に飛び込んできたのは、仕立ての見本として飾られていたローブだった。その足元に置かれた光魔石の明かりを受け、淡く銀色に煌めいている。 


「わっ、すごい!」


 マルシアが驚きの声を上げる気持ちもわかる。見た目に拘らない俺ですら、素晴らしいと思えるほどの出来栄えだった。


「こちらは銀糸を使ったローブとなります」


 受付の女性が笑顔で説明をする。銀糸は聖銀と同じく不浄に耐性を持つ糸。聖銀装備を付けられない魔術師たちのために代用される代物だ。防御力、耐性共に聖銀のほうが優れてはいるが、祝福を掛けずとも、糸の時点でその効力を持っているのが強みだ。


「あ、あの、私にもこんなローブを作ってもらえませんか?」


 マルシアが上擦った声で聞くと、女性が困った顔をした。


「申し訳ありません。銀糸は慢性的に不足しておりまして……ほとんどの方が自分で材料を持ち込んでの製作になっております」


 目に見えて落ち込むマルシア。その姿を見て気の毒に思ったのか、女性も更に「申し訳ありません」と頭を下げた。


「取り敢えず、他にも素材を見せてもらったらどうだ? 納得いくのがあるかも知れんぞ」


「そうですね……すみません、今あるものを見せてもらっていいですか?」


「はい。こちらの席へどうぞ」


 店員はそう言うと、マルシアを近くにあるテーブルへと案内していく。そして奥から皮や布といった素材を持ってくると、順次テーブルへと並べていった。ウーツ鋼の装備を作った時同様、オーダーメイドには時間が掛かる。客と製作者の間にズレを生じさせないために、きっちりと細部まで話し合わなければいけないからだ。その点、俺の場合はヨンドが居て助かった。ほとんど彼任せで制作したようなものだ。パーティを組み、俺の動きなどをよく知っているからこそ出来た事だろう。


 しかし、こうなると俺は暇である。黒騎士は未だに見本のローブをじっくりと観察していた。


 織り機を動かす音が、カタンカタンとリズムよく聞こえてくる。少し奥の方を覗くと、忙しそうに手を動かしている針子の姿も見えた。


 それからしばらくして、店員と色々話し込んでいたマルシアが戻ってきた。


「……結局、決まりませんでした」


 マルシアはため息をつく。予想よりかなり短い時間で終わったなと思ったら、どうやら納得出来なかったようだ。初めに良いものを見たので、他のものが霞んで見えてしまったらしい。その気持ちもわからないでもない。


「しかし、妥協も必要だろう?」


「店員さんに聞いたのですが、なんと銀糸の取れる場所が近くにあるみたいなんです」


 ……その時点でマルシアが何を考えているのか大体の見当はついた。


「そこでイグニスさんに私から依頼を出したいと思います!」


「……つまり」


「銀糸を取りに行きましょう!」


 マルシアはニッコリと微笑みかけてきた。


 ここで依頼料を吹っ掛けたらどんな顔をするのかちょっと気になった。

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