第五十六話 協力依頼と中央広場
俺の首にシャンディの腕が絡みつく。それを見た二人の視線がどんどん冷たくなっていく気がする。
「おいこら、煽るな! 俺はただ、こいつに酒場の案内を頼んだだけだ!」
「ふふ、そういう事にしておいてあげようかしら」
そして手で俺の顎を撫でる。
その腕を振り払い、俺は更に文句をつける。しかしシャンディはそれに取り合わず、含みのある顔で「もてる男は大変ね」と耳打ちしてくる始末だ。
「……その割には随分と親しそうですけど」
「……です」
状況を見れば、確かに俺が女を連れ込んだみたいに見えるかもしれない。せめてシャンディの服装が出会った時のように冒険者然としていれば話は早かったのだが……残念ながら、今着ているものはごく普通の普段着にしか見えない。
俺は必死で「そっちからも説明してくれ」と目で訴える。それを受け、やれやれといった程でシャンディは一歩前へ進み出た。
「ごめんなさい。さっきのはちょっとお酒を飲み過ぎちゃってつい、ね。彼が言ってる事は本当よ。私はシャンディ。レベル5の冒険者で、隣の部屋に宿をとっているわ。同じ冒険者だから親近感湧いちゃって」
俺の時と同じように、シャンディは冒険者証を取り出した。それで二人は一応納得してくれたようだ。しかし、なんだか釈然としない顔でこちらを見ている。
「……そうですか。私はマルシア。まだ冒険者になったばかりの新米です」
「……わ、私は……ご主人様の奴隷のシルヴィア、です」
シャンディはこちらを向き、なにか言いたそうに笑みを浮かべた。
「マルシアにシルヴィアね。二人とも宜しく」
その言葉と共にシャンディは手を差し出した。二人は訝しげにその手を握る。そして「明日はギルドに案内してあげるわね」と言い残し、部屋へと入っていってしまった。
「……綺麗な女性ですね」
俺たちも部屋に戻る。すると開口一番、マルシアが詰め寄ってきた。
「……大きいほうがいいのでしょうか」
シルヴィアは自分の胸に手を当てて俯いている。
「さて、言い訳を聞きましょうか?」
マルシアは怖いほどに笑顔だ。最初から有罪扱いはやめて頂きたい。
俺はこの後、懇切丁寧に出会いからの一部始終を何度も説明する羽目になった。
次の日、眠い目を擦りながら俺たちは冒険者ギルドに向かっている。
俺たちの先頭に立つのはシャンディ。人通りの激しい大通りは避け、裏の生活路からの向かう道を教えて貰っている。
さすがにシルヴィアだけ残すとなると怪しまれるので、今日も黒騎士から外へと出ている。先日同様、俺の側にピッタリとくっついていた。
黒騎士への興味はないのか、シャンディは俺の適当な言い訳に「そうなのね」と頷くだけで、特に気にしている様子はない。
乱立する住宅の合間を抜けていき、やがて目的である中央広場へと辿り着いた。別名、自由市場。実際のところは、商人たちが所属する商人ギルドの許可を得なければ出店できないが、広場には様々な種類の露店が立ち並んでいた。
マルシアは興味深そうにその光景を眺めている。
「見てまわるのは用事が済んでからな」
後ろ髪を引かれるマルシアを連れて、冒険者ギルドの前へとやってくる。
広場の端にある冒険者ギルドは、遠くから見てもその存在を確認できるほどに大きい。広場を挟んで反対側には同じような大きさの商人ギルド。他にも鍛冶ギルドなどといった名だたるギルドが広場を囲むように並んでいる。
ギルドの中は冒険者像がないだけ王都より広かった。
「それじゃ、さっさと精算してくるか」
待合席に黒騎士を含めた四人を座らせ、俺は空いている受付へと向かった。
長い期間、精算が出来なかったお陰で魔石の種類は多い。おまけに毛皮やアウラウネの根と言った副産物まであるので、精算には一刻ほどの時間がかかるそうだ。
暇つぶしにと、俺は掲示板を眺めることにした。そこに張られている依頼の数も、街の規模に比例して桁違いに多い。
「なにか面白い依頼でもあった?」
一つ一つ眺めていると、いつの間にか隣に居たシャンディが話し掛けてきた。
「予想通りというか……やはり、ほとんどが護衛の依頼だな」
「それは仕方ないわね。ここってそう言う街だから」
シャンディも依頼掲示板を見ながら答える。言葉の通り依頼の数は多いが、どこもかしこも似たような依頼ばかりだ。割が良いものから順に消化されていくのだろうし、残っている依頼にはそこまで旨味のあるものは少なそうだ。
そんな依頼群の中、いくつか異なる内容のものを発見する。
――『死者の森』探索の協力者募集。
ギルドではもちろん、冒険者自身が依頼を出すことも可能だ。目に留まったこの依頼は、リスタンブルグの討伐隊と同様、冒険者同士で協力し合わないかと言う内容だった。
「死者の森ね、イグニスたちは挑んだことある?」
「いや、魔窟自体行ったことはないな」
魔窟。それは魔物の巣同様、魔物たちが支配する場所だ。単一の種族が住む場所を巣。様々な魔物が混在する場所を魔窟と呼ぶことが多い。
この死者の森と呼ばれるところは、このベリアント王国でも有名な魔窟の一つである。その名の通り、主な魔物は不死者系。たちの悪さで言えば上位に食い込むだろう。
元が死体のゾンビなどであるならともかく、怨念などから発生する肉体を持たない魔物は特殊な武器か魔術でないと対処がし難い。
一般的な対不死者武器といえば聖別された銀の剣が有名だろうか。しかし、貴重な銀に時間を掛けて祝福するだけあり、そのお値段は洒落にならない。しかも不死者を斬れば斬るほど、その不浄に触れて効力が下がっていくというオマケ付きだ。
そんな魔窟が何故有名かと言うと、副産物の存在が挙げられる。ミネラルアントの巣の時も鉱石という副産物があり、冒険者たちが挙って来訪したことは記憶に新しい。
その死者の森の副産物と言うのは――所謂、冒険者たちの遺品の事である。
もちろん、他の巣や魔窟でも冒険者の遺品を見かけることは多い。しかし街からほど近く、更にほとんどの冒険者が所持して挑むであろう、聖銀装備などは高値で取引される。例え、祝福が失われていたとしても銀装備であれば値段は悪くはない。
死者の森で命を落とした冒険者は、聖銀装備で全身を固めているなどでなければ、瘴気に当てられ、ほぼ確実に不死者化してしまう。そうなると何故か体内に魔石を生成する。魔物同様、生前のレベルが高ければ高いほど、その魔石も大きくなっていくようだ。その上、生前いくらレベルが高かろうが、不死者となったものは普通のゾンビと変わらない。
死者の森が何時から発生したかは定かではないが、今まで幾多の冒険者が挑み、犠牲になっているのは確かだ。それを狙って更なる冒険者が集まる。何とも皮肉な結果なのだろう。
他にも、森の最深部にはとてつもない財宝が眠っているだとか、伝説の魔王が眠っているだとか聞いたこともあるが、あくまで噂だ。
「そういうシャンディはどうなんだ?」
「もちろん行ったことあるわ。最近の狩場がソコだからね」
「パーティは……組んでなさそうだな。もしかしてソロで向かっているのか」
冒険者証にパーティ名の表記は無かった。いくらレベル5と言ってもソロでの魔窟探索は自殺行為じゃなかろうか。
「奥まで行ってないから大丈夫よ。……そのうち組もうとは思っているのだけれど」
シャンディは複雑そうな表情を浮かべた。
「『フレースヴェルグ』様。精算が完了しましたので受付までお願いします」
その時、俺を呼ぶ職員の声が耳に届く。いつの間にか、時が過ぎていたようだ。
「それじゃ、私はそろそろ行くわね。また宿で会いましょう」
そう言うと、シャンディは街の中へと姿を消した。
「それじゃ市場を見て回りましょう!」
精算を終えて戻ってくると、マルシアが声を上げた。
交易都市に来て、中央広場を覗かない者は多分居ない。隣に居るシルヴィアはあまりの人の多さに辟易しているが、交易品には興味があるらしく複雑な顔をしていた。
「取り敢えず、ひとまわりしてくるか」
そう言って広場に出たものの、一時間もすれば若干の後悔が襲ってきていた。
中央広場の広さに加え、終わりの見えない数々の露店。更には少しでも珍しい物を見かける度、足を止めるマルシア。確かに、俺も見たことのない品々には興味があるが、それも延々続くとなると中々に厳しい。
「あ、イグニスさん。本屋さんですよ」
マルシアが奥の店を指す。道行く人々の間から、山と積まれた本の数々が目に入った。
そう言えば最近、まともな本を読んでいなかったな。読んだものと言えばギルドの資料くらいなものだ。偶には物語性のある本を読みたい気分になってきた。
綺麗な本もあれば、幾分汚れている本もある。そのまま新書と古本だろう。
本を買うといってもその値段は馬鹿にならない。金に余裕がなければ、読み終えた本は売るのが当り前だ。そう考えるとマルシアが所持していた本の量は異常だったな。
まあ、本が新しかろうが古かろうが、読めれば俺は気にしない質だ。何か興味が惹かれそうなタイトルは無いかと探していく。
ややあって、その候補に残ったのが「英雄たちの挽歌」「古代竜の生誕」「名も無き戦士の戦場」の三冊だった。我ながら偏った方向性である。
マルシアの方を向くと「わたしはメイドちゃん13巻」を発見して喜んでいた。何時終わるんだろうか、それ。
すぐ隣りにいるシルヴィアは、一冊の本を手に取って見つめていた。他の本より小さめで素っ気ない装丁。何となく気になり、横から覗いてみたそのタイトルは「持ち運べる料理大全」だった。俺たちの中で一番実用的かつ、まともな書籍だ。
シルヴィアの手元からその本を取り上げると、俺が選んだ本と一緒に購入する。そして再びその手へと戻すと、驚いた表情を見せた。ややあって小さな声で「ありがとうございます」と礼が聞こえてくる。大事そうに本を抱え込む姿に思わず頭を撫でてしまった。
「え、もう購入したんですか!?」
俺たちを見て、マルシアが驚いた声を上げる。元々読書好きなだけあり、どうやら欲しい本がたくさんあるようだ。あーだこーだと悩みぬき、ようやく購入する本を決めた。その数、五冊。
「一応言っておくが……読み終えたら売れよ」
俺の言葉にマルシアの表情は凍りついたが、やがて諦めたように「……はーい」と頷いた。
その後、満場一致でそのまま宿へと戻ることとなる。まだまだ日は高かったが、偶にはいいだろう。途中、宿で食べられる様にちょっとした軽食を買う事も忘れてはいない。
さあ、本が待っている。
「……ふぅ」
読み終えた本を閉じ、大きく伸びをした。いや、思いの外熱中してしまった。
隣を見るとシルヴィアはベッドの端に腰掛け、じっくりと本を読んでいる。まだ半分もページを捲っていない。逆側ではマルシアが既に二冊目の本を読んでいた。ベッドの上で仰向けになったり、俯せになったりと忙しい奴だ。
しかし……そう言えば、元々はマルシアの装備を整えにココまで来たんじゃなかったっけか。
俺はようやく当初の目的を思い出す。
窓の外を見ると、既に日は落ちていた。




