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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第三章 冒険者と交易都市
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第五十五話 お隣さんと賭博場

 鉄製の扉がガチャンと重い音を立てる。


 何かあっては困るので、鍵だけはしっかりと掛けておく。宿の内部を見る限り、これで問題はないだろう。


 そんな折、後ろからコツコツと足音が聞こえてきた。老婆が何か言いに来たのだろうかと、俺はゆっくりと振り返った。


 階段から徐々に姿を現したのは、見たことのない女性だった。一瞬、見とれてしまうほどの美人だ。薄水色の髪に青紫色の瞳。スタイルもよく、なにより胸がでかい。男ならまず視線を向けてしまうこと請け合いだ。


 冒険者だろうか。二本の三日月刀(シミター)を左右にぶら下げていた。二刀流というのは珍しい。新人冒険者では偶に見たりするが、ほとんどの場合が格好だけだ。レベル3以上では見かけたことはない。


 俺と目が合うと女性は若干驚いた。こんな薄暗い宿の片隅に男が立っているのだ。驚かないほうがおかしいわな。


「お隣さんね、こんばんは」


 一瞬の逡巡の後、女性は挨拶する。どうやら手前の部屋の住人らしい。


「ああ、どうも」


 女性の会釈に釣られて俺も頭を下げた。


「見たところ同業者かしら。ま、宿を利用する人なんて皆似たようなものよね」


「この宿はちょっと特殊すぎる気がするんだが」


 俺の突っ込みに女性が笑った。


「それもそうね。こんな場所に泊まるなんて他の宿が埋まっていたか、疚しい事をしようとしているか、ね」


「……一応言っておくが、俺は前者だぞ」


 別に長く付き合うわけではないが、隣人はそういう奴と思われたくはないので何となく口を挟んでしまった。


「ふふ、大丈夫よ。貴方はそんな人には見えないから」


 耐性のない男なら一発で魅了されてしまいそうな笑みを女性は浮かべている。


「逆にそう言い切られても言葉に詰まるんだが」


 俺は思わず頭を掻く。


「それで、貴方はこれから出かけるところだったのかしら」


「ああ、取り敢えず近くの酒場にでも行こうかと思ってね」


「それなら一緒に行きましょ。私も部屋に荷物を置いたら向かおうと思っていたの」


「……ふむ」


 顎に手を当て、悩む。出会ったばかりの彼女を信用していいものか。


「はい。これ」


 その姿を見て、女性は懐から何かを取り出した。そのまま俺の前に差し出されたのは、冒険者にお馴染みの証だった。


「シャンディ。それが私の名前よ」


 冒険者証にも同じ名が刻まれている。ランクはレベル5。見た目とは裏腹に手練の冒険者だった。


「あ、ああ、俺はイグニスだ」


 ここまでされては俺も見せない訳にはいかないだろう。同じように冒険者証を取り出し、シャンディへと見せた。


「あら、同じレベルじゃない。これも何かの縁ね。宜しく、イグニス」




 着いた先は確かに酒が呑める場所だった。しかし、俺が想像していたのとは随分かけ離れていた。


 酒と女。これはお馴染みだ。しかし賭博だけはあまり手を出したことはない。それもこれも初めて賭け事を行った際、盛大に損をしたからである。だが、ある意味色々と学べた。冷静さを失わないこと、引き際をわきまえること、そして最後に金を大事にすることだ。


 同期の冒険者には賭け事にハマり過ぎたあまり、掛け金を稼ぐためだけに狩りをする者が居たくらいだ。それを見て、ああはなるまいと心に決めた。


 賭博の種類は色々ある。カードにサイコロ、賭け拳闘など。これらはどこでも一般的に行われているものだろう。細分化すればキリがない。特に賭け拳闘はそこら辺で起きている喧嘩で突発的に行われることもある。それくらいならば見物料代わりに支払うことに抵抗はない。


 今、俺たちが居る場所は賭博場だ。もちろん場の主役は賭け事にある。客人たちが勝負に熱狂しているその場を、酒を呑みながら俯瞰していた。


 賭博場の二階にあるのは小さな酒場兼休憩所。俺たちはその席に向い合って座っている。


 動く金額が大きいのか、場内は高級感に溢れている。いつも行くような場末の酒場と比べて、酒の種類も値段も上等だった。さすが、入るだけでも金がかかることはある。


「しかし、なんだってこんな場所に来たんだ?」


 肌の露出が多い女性店員が、追加の酒とつまみを置いていった。二杯目の酒で再び喉を潤し、俺はシャンディに問う。


「お酒だけの場所だと、しつこい人が多くてね」


 先ほどの店員に下心満載の視線を向ける男は多い。眼の前のシャンディと比べても、勝るとも劣らないほどに店員の質が高いからだ。その他にも賭け事がある。つまり、ここならば視線の分散が出来るわけか。


「なるほど、それは男にはわからない問題だな」


「それにね……こういうところで呑んでいるうちに、こっちにもハマっちゃいました」


 シャンディはテーブルに並ぶコインを一つ摘むと、てへっと子供っぽい顔をする。そのコインはここでの金代わりだ。銀貨や金貨数枚程度ならともかく、数十枚以上となると色々と扱いが面倒になる。そのため、入り口にて賭博場専用のコインと交換する必要がある。シャンディが摘んでいるコインは銀貨50枚分の価値があるコインだった。


「……しかし賭博場も久々だな」


 階下の光景を眺めて俺は呟く。ちょうど拳闘の勝敗がついたところの様だ。審判が選手の腕を上げ、高らかに勝利を宣言していた。その声が止むや否や、悲喜こもごもの叫び声が上がり、二階まで響いてくる。


「イグニスは賭け事をやらない人?」


 コインを指先で弄りながらシャンディが聞いてくる。


「冒険者にしては珍しく金に渋る奴なものでね」


「レベル5なのにおかしな人ね。無くなったら稼げばいいって思わない?」


 シャンディは不思議そうな顔をした。


「冒険者証を見れば分かる通り、俺はレベル5に上がったばかり。まだまだ慎重に行かないと足元を掬われそうなんでね」


 そう言って肩をすくめる。俺自身もそうだが、パーティの実力も足りない。レベル5依頼を達成するにはまだまだ時間が掛かるだろう。


「ふふ、それじゃ私と賭け事をしてみる? 私が勝てばここの支払いは貴方持ち」


「俺が勝ったらどうするんだ?」


「私が一晩付き合ってあげる……と言うのはどうかしら」


 指を組んだ上に顎を乗せ、シャンディは上目遣いでこちらを覗き見てくる。何とも魅力的な提案ではあるな。


「そりゃ掛け金に対して報酬が大きすぎるんじゃないのか」


「あら、欲がないのね」


 残念そうに言うシャンディ。どこまで本気なんだか。


「何か裏がありそうで怖いからな」


「実は私が『裏』の人間だとか?」


「そうなると俺に近づいた目的がわからないな」


 『裏』がそう簡単に自分を語るわけもない。


「冗談、ひとり酒は寂しいのよ。だからと言ってそこら辺の有象無象じゃちょっとね」


 そう言いながら酒の入った硝子の器を軽く持ち上げると、俺の横に並べる。


「……俺の何処を見出してくれたものなんだか」


「それは秘密よ」


 シャンディは含みのある笑みを浮かべた。




 折角、賭博場に来たのだ。俺は雰囲気を味わうため、少しだけ参加することにした。過去の反省から、金額の上限を金貨一枚に設定。そのまま適当に遊んでいくと、最終的に三倍に膨れ上がっていた。これが初めての賭け事であれば、俺はきっとハマっていたことだろう。


「勝負は時の運よね」


 隣のシャンディはどうやらコインを全てスッてしまったようだ。それでもあまり気にしていないように見えるのは、彼女の性格に寄るものなのだろうか。


 当初の目的とは外れてしまったが、これはこれで中々楽しめた。


 宿に戻った俺たちは、部屋の前で別れる……予定だった。


「……イグニスさん」


「……どちら様ですか」


 部屋の前で俺の帰りを待っていた二人が居なければ。

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