第五十四話 交易都市と奇妙な宿
俺たちは再びフェルデンへと向かい、街道を進んでいく。
途中、魔物御三家の他に通常のうさぎとよく似ているが好戦的なルナティック、薬の素材にもなる植物形のアウラウネと言った低レベルの魔物の姿もチラホラと見かけるようになった。
どちらも魔石の他に用途がある美味しい魔物だ。しかし、御三家と比べると繁殖能力が低く、人里離れたところでなければ出会うことは少ない。俺自身、久々に遭遇したぐらいだ。
二人に解説しながら戦闘を続け、経験を蓄積させていく。新しい魔物に戸惑いを見せていたが、特にこれといった問題は起きていない。
最初の村を出立し、更に二つほどの村を経由して十日弱、ようやくフェルデンの外壁が見えてきた。
「やった! やっとフェルデンに着きましたよ!」
久々の街の姿に歓喜の声を上げるマルシア。言葉の代わりに足取りを軽くして喜びを表現するシルヴィア。両名とも、先ほどまでグッタリとしていたのに現金なことだ。
馬車の積み荷をチェックしている番兵を横目に、俺たちは中へと入っていった。
交易都市と名だたるだけあり、人の行き来は王都並みに多い。商人たちが馬車を引き、多数の列をなしていた。
近くに居る人間に宿の場所を聞き出そうかと思ったが、門前の広場は宛ら戦場の如き慌ただしさで、声を掛けることすら躊躇われる。
はぐれないようにと俺はシルヴィアの手を取った。宿を取る際の人数合わせに外に出ていたことが災いし、シルヴィアは怯えっぱなしである。ただでさえ人混みに酔いそうなのだ、シルヴィアにとっては苦痛でしかないだろう。すぐ近くに黒騎士を配置し、出来る限り人の視線を遮るようにしていた。
雑踏を掻き分け、門から続く大通りをしばらく行くと、ようやく普通に歩ける程度になってきた。
取り敢えず落ち着くため、俺たちは適当な食事処に入ることにした。ついでにそこで宿のことを聞くとしよう。
……と思っていたのだが、入ってみて後悔した。やはり店はしっかり選ぶべきである。マルシアの提案で入った場所。それは小さな店だったが、店内には人が多かった。いや、それだけならまだいい。問題は――客が女性ばかりということだ。
「人が多そうだから他のところにするか」
尤もらしい理由を述べ、俺が入り口から出ようとすると。
「お待たせしました! ただいま席が空きました」
店員に見つかり、丁度いいことに席まで空いてしまった。どうしようか悩んでいるうちに、マルシアがさっさと席へとついてしまう。その後に続くようにシルヴィアが座る。
はぁと溜息をついて、俺も席についた。やはり周りから浮いているな。俺もそうだが、シルヴィアの隣に座っている黒騎士が特に目立つ。尻の下にある椅子も全部隠れている。若干壊れないか不安だ。
店内には多少ではあるが男もいた。しかし、共に席に付いている女性と話すことに夢中で、特に周囲は気にしていないようである。俺には出来ない芸当だ。
壁に掛けられている品書きには想像通りの名前が並んでいた。
メイプルケーキ。チーズタルト。ジャムガレットなどなど。
精々、俺が頼んでもおかしくない「お勧めサンドイッチ」なるものを注文する。マルシアは蜜漬け果実のパイ包みセット。シルヴィアがこっちを向いて何やら言いたそうだったので、好きなものを頼んでいいぞと許可しておく。その言葉に表情が和らぐと、ケーキの盛り合わせを注文していった。食べきれるのか、それ。
店の制服は、以前マルシアが着けていたメイド服に近い。
「あの服、可愛いですねー」
注文を取り終えて去っていく店員を見ながらマルシアが呟き、シルヴィアがそれに同意していた。
ややあって、それぞれの注文した品が並んでいく。
俺は眼の前のサンドイッチを頬張った。次の瞬間、予想とはかけ離れた味が口の中に広がる。美味いとか不味いとかではなく、驚いて吐き出しそうになった。しかしそれは色々とやばい。慌てて一緒に付いて来たお茶で流し込んでいった。
一息つくと、残っているサンドイッチの中身を確認する。……何故、果物を挟む必要があるのだろうか。
別に食べられないわけではない。これはこういう物だと言われていれば、食後のデザートとしてはありなのかもしれない。いや、そこまでして食べたいとは思わないが。
隣の二人は実に美味しそうに食べている。疲れには甘いモノがいいと言うが、ちょっと甘すぎるんじゃなかろうか。
女性陣の至福の時間を終え、俺たちは会計を終えて外へ出る。せめてもの成果として、しっかりと宿の場所は聞いておいた。
……しかし、一回の食事代が宿代を軽く超すと言うのはどういうことなのだろうか。
俺たちは宿を梯子していた。
店から近い順にまわっていったが、やはり考えることは皆一緒だ。今まで訪れた宿は全て満室状態だった。
進むにつれ、段々人気がなくなっていく。人通りが多い大通りと比べ、道を一本隔てた奥の通りはまるで別の街のようである。旅人や商人の目当ては大通りに並ぶ商品なのだから、当たり前と言えるのかもしれない。
辺りを見回しながら歩く俺たちの横を、子どもたちが通り過ぎて行く。ここはこの街の住人たちの生活路なのだろう。
旅人然とした者の姿はほとんど見かけない。偶に俺たちと同じように宿でも探しているのか、辺りを見回しながら歩いている者を見かけるくらいである。
たらい回しにされる度に次の宿の情報を何とか聞き出し、ようやく辿り着いた場所はとてもみずぼらしい宿だった。
立て付けが悪いのか、ギィと嫌な音を立てながら扉が開く。宿の中も微妙に薄暗く、光が奥まで届いていないようだ。密集している住居の合間に建てられたような宿なので、仕方のないことかもしれない。
「……いらっしゃい」
そこには老婆が一人。訝しげな眼でこちらに声を掛けてきた。
「……部屋は空いているか?」
「大きな部屋なら一つ空いとるよ。と言ってもベッドも一つしか無いがね」
くしゃくしゃと顔を歪めて笑う老婆。
散々歩きまわって俺たちは疲れている。取り敢えず、屋根のあるところならいいとするか……。
「仕方ない。一泊しよう」
「まいど。銀貨8枚になるよ」
「……おいおい、部屋一つにベッド一つで銀貨8枚はぼったくりだろう」
「嫌ならいいんだよ、好きにしな」
老婆は取り合おうとしない。くそ、足元見やがって。どうせどこの宿もいっぱいなのは知っているのだろう。
「……仕方ない」
少し逡巡したが仕方ないと諦め、貨幣袋から銀貨を取り出して受付に置く。
「まいど。部屋は二階の一番奥だ。好きにしな」
老婆は素早く銀貨を懐に仕舞いこむと、ぶっきらぼうに鍵を渡してくる。
鍵を受け取り、入口近くの階段から二階へと進む。扉は三枚。奥正面にある扉が俺たちの部屋だろう。
しかし、何故か揃いも揃って扉が鉄製だ。何となくリスタンブルグの宿の名前を思い出してしまう。こっちの方があってるんじゃなかろうか。
鍵を通して、扉が重い音を立てて開いていく。
部屋の中もやはり暗い。辛うじて小さな天窓から光がこぼれ落ちていた。
昼間にもかかわらず、光魔石をつける。その灯りに浮かび上がる部屋は、予想に反してとても広かった。ベッドはキングサイズ。天井にはシャンデリア。更には個室なのに風呂が付いている。外側と比べて内装はえらくしっかりしているし、周囲の壁も頑丈そうだ。なんでこんな部屋を作ったのだろうか。全く意図が読めない。
「わあ……なんだか凄いところですね。ちょっとした貴族のお部屋みたい」
そう言うとマルシアはベッドへと飛び込む。シルヴィアもマルシアの手招きに釣られてベッドに転がった。
「……逆に落ち着かんぞ」
取り敢えず、邪魔な荷物をベッド脇に置いていく。
「それじゃ飯でも食いに行くか」
先ほど軽食をとったが、俺には甘すぎて食べた気にならない。さっさと近くの酒場なりに向かいたい。
「えー、私お腹いっぱいです」
「……私もです」
ゴロゴロしながら二人は答える。
そりゃ、あんだけたらふくデザートを食えば腹も膨れるわな。
そのまま惰眠を貪り始めそうな二人を置いて、俺は外へと向かった。




