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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第三章 冒険者と交易都市
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第五十二話 精霊と廃墟

 どこかに導くような不思議な気配。


 感覚強化(ブーストセンス)は既に解除してある。なのに何故だかそれが感じられた。


 方向は裏道の先。そう言えば、この道はどこへと向かっているのだろうか。村の近くは人が行き来しているのでしっかりと踏み固められていたが、距離をあけるに連れ、段々と獣道に近くなってきている。


 その道をじっと見つめていると、逆側から黒騎士とマルシアが追いついてきた。マルシアは体力の温存のためか黒騎士に掴まっている。


「二人とも大丈夫ですか!?」


 黒騎士が俺の近くまでやって来ると、マルシアが肩から飛び降りた。


「ああ、若干手間取ったがなんとか怪我はない。黒騎士はそっちの魔物から魔石を取り出してくれ、俺はもう一匹の方をやる」


 俺は近くにあるヒュージバイパーの骸を指したが、黒騎士は動かなかった。


「……イグニスさん、何かが呼んでいるような気がします」


 黒騎士を覗きこもうとしたところ、マルシアが声を掛けてくる。


 気づけば二人とも同じ方角を向いていた。それは俺が気になった道の先。


「……お前たちも感じるのか?」


「……はい」


 マルシアが返答し、黒騎士も頷く。それの正体が一体何なのかはわからない。しかし、何故か気になってしまう。


 鬱蒼と茂る木々に邪魔されて先はまったく見えない。その合間を縫って伸びている道に足を向けそうになるが、俺はその誘惑を一旦振り切る。


「先ずは村に戻るぞ。この先に何があるのかも聞きたいところだし、何よりウルスの無事を知らせるのが先決だ」


 俺たちは足元のヒュージバイパーから魔石を抜き出していく。緑色の血を見て、マルシアが「うっ」と呻き声を上げていた。何事も経験としてマルシアに任せたいところだったが、今はそれよりもさっさと村に戻らなくては。


 回収を終えると俺はウルスに近づく。その体は小さく震えていた。無理もない、いきなりレベル4相当の魔物と対峙したのだ。俺が初めてゴブリンと出会った時ですら恐怖を感じたものだ。純粋な殺気。初めて受けるものにとってはそれだけで行動不能に陥るほどにキツイものである。


 しかし、これで魔物の怖さも実感したことだろう。これを乗り越え、自分の実力を計れるようになれば立派な冒険者だ。色々と叱るべきことも多いが、それは俺の役目ではないだろう。


 俺はウルスを背に乗せると、皆と一緒に裏道を戻っていった。




「ありがとうございました!」


 ウルスを部屋に寝かせてくると、ルーリィは深々と頭を下げた。


 俺たちは宿の奥にあるテーブルについていた。俺の正面には初老の男性が居る。若干威厳が足りなさそうだがこの村の村長だ。


「依頼のついでだから気にするな」


 テーブルの上にある銀貨の入った皮袋を持ち上げた。今回の依頼の報酬である。その内容は銀貨50枚ほど。若干安めだが、文句をつける程でもない。どうせついでだったのだ。


「それで、裏道の先にある物の話でしたな」


 村長が口を開く。ルーリィのお礼で一時中断してしまったが、報酬を受け取るついでに道の先について聞いてみたのだ。


「あの先には館があります。かつては精霊様が住んでいたという話を聞いたことがありますが、真偽のほどはわかりません」


「……精霊の住んでいた館、か」


 精霊。精霊族の信仰対象にして、種族の元となった存在。シルヴィアの話では巫女のような一部の者しか精霊に会えないらしい。そして精霊契約。俺たちを呼んでいるのは精霊なのだろうか?


「今ではほとんど朽ちかけていて、誰も近寄ろうとはしません。偶に自警団が見回りに訪れるくらいです」


「今回はそれでヒュージバイパーを発見したということか」


 俺の言葉に村長が頷く。


「自警団には以前冒険者をしていた者が何人か居ます。しかしレベル4以上の者は居ないので、今回はギルドに頼ろうと思っていたのですが」


「ちょうど俺たちが泊まっていたと」


「はい、酒場の女将があなた方のレベルを聞きまして」


 昨日の晩、酒場でのことを思い出す。あの時、女将は村長に知らせに行っていたのか。


「魔物も倒せたし、俺たちも金を稼げた。そしてウルスも無事だった。取り敢えずは一安心だな」


「ええ、本当にありがとうございました」


 再びルーリィが村長とともに頭を下げた。


「ところで……少し例の館が気になるんだが、俺たちが向かっても構わないか?」


「あ、はい。特に何もないところですので構いませんが……」


「精霊についてちょっと興味があってな。まあ、こう見えて結構歴史に興味があるんだ」


 適当に理由をつけた俺の言葉に、村長は「なるほど」と頷いた。




 俺たちは昼食をとりに酒場へと向かった。


 朝食を抜かしての強行軍で俺たちは腹は食事を求めていた。マルシアは腹の音を必死で隠そうとしていたが、残念ながら丸聞こえだ。まあ、聞こえない振りをしてやったのがせめてもの優しさである。それに引き換え、シルヴィアはこれっぽっちも気にせずに腹の音を鳴らしていた。これだけ堂々としていると、早く食事にいかなくてはとこっちが焦ってくる始末だ。


 酒場の女将は俺たちを笑顔で出迎えた。そして食べきれないほどに大量の料理を、無料で振る舞ってくれた。


「魔物を退治してくれて助かったわ」


 酒も薦められたがやめておいた。呑みたいが、これからまた外へと出るのだ。いざと言う時の判断力の低下は避けたい。呑みたいが。


 誘惑を食事で補うように腹に詰め込んでいく。二人も朝食を抜いた分、いつもより勢いがあった。


「はい、これ」


 十分に腹を満たし、礼を言って酒場を後にしようとすると、女将が布で包んだものを渡してきた。


「これは?」


「うちの料理を詰めたものよ。黒騎士さんにあげて頂戴」


 ああ、黒騎士を見られていたのか。村長の家に来る時、宿にシルヴィアが居ないことを怪しまれないように、黒騎士と別々に出るように言っておいたのが裏目に出た形か。


「理由はわからないけど、あまり人前に出たくないのでしょう? せめてものお礼にって渡してあげて」


「あ、ああ、心遣いすまない。ありがたく頂くよ」


 何らかの理由があると察してくれて助かった。リスタンブルグのような大きな街なら宿内で気をつけていれば何とかなっていたが、小さい村だとちゃんと配慮しておかなければ危ないな。


 俺は詰め物を手に、これからの対策に頭を悩ませる事になった。




 宿に戻ってそれぞれの準備を終えると、再び俺たちは裏道へと向かう。


 館までの道程は、ヒュージバイパーと戦った地点からさらに一刻ほど行った先にあるという。


 朝とは違い、俺たちは裏道をゆっくりと歩いて行った。先ほど感じた気配が、徐々に強まっていくのが分かる。まるで何かに吸い寄せられるように足を進めていった。


 草をかき分けて辿り着いたところには、情報通りとても小さな館がぽつんと一つ建っていた。


 長い年月が経ち、あちこちが崩落しているようだ。その空いた壁の隙間から中の様子が伺える。そこには白い天蓋付きのベッド。まるで貴族たちが使うような代物が顔を覗かせていた。


 俺たちは足元に注意しながら辺りを散策した。館の裏手には小さな池と花壇。池は濁り、花は既に枯れ果てている。しかしこんな状態にもかかわらず、何故だが美しいと感じてしまった。


 周囲を一周すると、今度は壁の隙間から中へと入る。入り口は瓦礫に埋もれており、取り除かなければ通れそうになかったからだ。


 近づいてみると、ベッドはやはりボロボロだった。天蓋の支柱も不安定で、迂闊に触っては崩れてしまいそうだ。


 寝室から廊下へと出ると、近くの部屋から順にまわっていく。どこも似たような惨状だ。調度品すら見当たらないのは全て盗まれた後なのだろう。


 これといって目ぼしいものはなく、奥へと進んでいくと、礼拝堂のようなところへと出た。


 そこには女神像が一つ。これは精霊を模したものなのだろうか。手を合わせ、何かに向けて祈っているような姿だった。そこら辺に居る女性と変わらない等身大の大きさ。あたりの様子と比べて、これだけは何故か綺麗なまま残っていた。まるで今にも動き出しそうなくらい精巧な作りだ。


 先ほどから感じている気配は、ここから発生している様に感じる。


 俺は恐る恐るその像に触ってみると――像が音もなく崩れ始めた。


「うおっ!」


 俺は驚いて後退る。見た目とは裏腹に、内部は劣化していたのだろうか。しかし、触れただけでこんなに綺麗に崩れるものなのだろうか?


「大丈夫ですか!?」


 シルヴィアとマルシアが駆け寄ってくる。


「いや特にこれといったことは……ん?」


 女神像が崩れた後に何かが残っている。よく見ると、淡く光る大きな魔石……ようなものだった。


「……これは魔石なのか?」


 それを掴もうと手を伸ばしてみる。その手が触れるかどうかまで近づいた刹那――眩いほどの光を放った。


 世界が白く染まる。


 次の瞬間、足元の感覚がなくなった。まるで浮かんでいるように不安定な状態。しかし不思議と心は落ち着いていた。


 はるか遠くから誰かが近づいてくる。じっと目を凝らしてその人影を見つめていると、やがて女神像と同じ姿をした女性だということが分かる。


 女性はこちらに向けて微笑みを浮かべている。そのままこっちに向かって手を差し伸べてきた。俺も無意識のうちにその手を掴もうとする。


 俺たちの距離が徐々に近づいていき、その手が絡み合おうかというところで――世界は暗転した。


 どうやら俺は倒れているようだ。背中に大地の冷たさが伝わってくる。抵抗することなく倒れた所為か、全身が微妙に痛かった。


 光の中と同じく、俺は手を伸ばしていた。しかし、それが捕まえていたのは女神像の女性などではなく、心配そうに覗きこんでいたシルヴィアの胸である。


 なるほど、道理で手応えが足りないわけだ。


「……なにやってんですか」


 そんな俺に、マルシアが冷たい視線を送っていた。

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