第五十話 街道沿いの村と静かな酒場
あのまま街道を戻った俺たちは、分岐点へと辿り着く。フェルデンには此処から西街道を進んでいくことになる。
雨風に晒され、朽ちかけた立て札が過ぎゆく時を感じさせる。辛うじて読み取れるのは、北にテレシアがあるということだけだった。
今まで幾人もの旅人がここで休憩をとったであろう跡を見つけると俺たちもそれに習い、多少早めではあるが昼食を取ることにした。
外での訓練や魔物の巣での行動でマルシアの体力もかなり上がった。以前と比べれば冒険者として問題のない程度にはなっており、今回の旅路は問題なく進めている。
シルヴィアは外に出たことによる解放感のお陰か元気よく歩き、疲れたら黒騎士の肩に乗るを繰り返していた。
懐かしきテレシアを想ったのか、マルシアはぼおっと北街道を眺めている。
俺とてテレシアで長い年月を過ごしたのだ。冒険者生活の始まりとなったあの街は、今や二つ目の故郷と言っても差し支えないのかもしれない。
いつもの簡単な昼食を済ませると、俺たちは西に向かって再び歩き出した。それからの行程は、ほとんど観光と言っても差し支えないレベルのものであった。
それから順調に三日ほどが過ぎ、出立してから五日目の夕方。俺たちはひとつの村に辿り着いた。事前に村のことはわかっていたので、日が赤く染まっても足を止めることはなかった。
街道沿いには村が点在している。元々は小さな休憩所から始まったと言われる村々は、街道を行き来する旅人たちにありがたい補給地点となっている。どこの村もあまり変わりはないが、やはり街と比べるとその規模は格段に狭まる。
もちろん冒険者ギルドなんてものは存在しない。こうした村々の依頼は近くの街のギルドへと送られてくるのが一般的だ。中には逗留中の冒険者へ直接依頼してくる場合もある。
村の入口に到達すると、なんだか村人が忙しそうに行き来している。少々早いが収穫祭の準備でもやっているのだろうか。
村人たちが俺たちの方をチラチラと見ている。まあ、どの村もよそ者には必要以上に警戒してしまうものだ。さっさと宿を取りに向かうとしよう。
「いらっしゃいませー」
小さな宿の入り口を潜ると若い女性が出迎えた。俺よりかなり歳下に見えるが、正直女性の歳はわからん。連れの様なエルフでなくとも歳以上に若くみえるのはいっぱい居る。
「四人部屋は空いてるかい?」
「はい、空いてます。四人部屋で銀貨3枚に銅貨20枚なります」
俺は頷き、腰の貨幣袋から代金を取り出して受付に置いた。
「ん……それは」
ふと、受付の奥に立てかけてある武器が気になった。俺の相棒と同じ片手半剣だったからだ。ただでさえ扱う者が少ない武器だ、興味が湧くのは否めない。
「え……あ、これですか? 父の形見なんです」
なるほど、宿屋の主人としてはいささか若すぎると思っていたが、そういうことか。
「ああ……そうだったのか、すまない。俺の使っている剣とよく似ていたから気になって、な」
自分の片手半剣の柄を叩く。
「いえ、父は立派な冒険者だったので誇りに思っています」
女性の表情に憂いは感じない。その言葉通り、誇らしく思っているようだ。
「ねぇちゃん、帰ってきたぜ!」
そんな時、宿の入口から少年が飛び込んできた。姉と呼んでいるということは姉弟なのだろうか。全身擦り傷だらけ、いかにも活発で生意気そうだった。
「こらウルス! お客さんの前よ」
「お。おっちゃんいらっしゃい。部屋どこ? オレが案内するぜ」
「ああ、頼む」
ウルスと呼ばれた少年は、女性から部屋の場所を聞くと一階奥へと走りだした。
「んじゃこっち。ついてきなー」
そう言いながら俺たちが付いて来ているか確認もせず、奥の廊下へと消えていった。
「おーい、まだかよ。とれぇなあ」
「こら! す、すみません!」
ウルスは奥から大声で叫んでいる。それを聞いた女性が俺たちに頭を下げた。
「ああいや、構わないさ。いくぞ」
俺も子供の頃は生意気だったものだ。いちいち目くじらを立てていても仕方がない。
俺たちはウルスを追って奥へと向かっていった。
「やっとかよ。待たせんなよー」
「すまんな。大人には色々あるんでな」
「あーやだねー。大人ってすぐ偉そうにしてさ……ほら、ここさっ」
ウルスは部屋を指差した。
「助かった。ほれ」
駄賃に銅貨を一枚取り出すとウルスに向けて放る。
「おっ、なんだおっちゃん結構話がわかる奴だったんだな!」
ウルスは銅貨をキャッチすると笑顔に変わった。
「それとその剣、親父が使っていたものに似てるなあ。おっちゃんも冒険者だろ?」
俺の片手半剣を指差してウルスが言う。その視線から察するに、冒険者に興味があるんだろうな。
「この宿を利用する客は大体冒険者だろう?」
「それはそうだけど……なんつーか話し難い奴らばっかりだからさ。オレのことガキ扱いして相手にしてくれないんだぜ。聞くのはいつだって酒場の場所だ」
「まあ、冒険者らしいと言えばらしいけどな」
俺も後で酒場の場所を聞こうと思っていたからな。
「オレだって何時か冒険者になってやるぜ! それで冒険王みたいに偉くなるんだ!」
鼻を掻きながらウルスは夢を語る。俺は思わず笑ってしまった。なんだか懐かしい感じがしたのだ。
「あんだよー! おっちゃんも笑うのかよ!」
憮然とするウルス。俺はそんなウルスの頭に手を載せた。
「いや、目標があるのはいいことだ。立派な冒険者になれよ。それと、あまり姉ちゃんに心配かけるなよ」
「心配なんてかけねぇよ!」
俺の手を振り払い、ウルスは受付へと駆け戻っていった。
「なんだか、冒険者になった頃のイグニスさんみたいに生意気な少年ですね」
部屋の扉を開けようとしながらマルシアが言う。
「さすがにもう少し礼儀はわきまえていただろうが」
話を盛るなとマルシアの頭に手刀を落としておいた。
部屋に荷物を置くと、俺たちは再び外に出る。
さすがに歩き通しで腹も減ってきた。このまま寝るには忍びない。
そのため、宿の女性に聞いた酒場へとやって来た。小さな村でも酒場の大きさはそこそこだ。仕事帰りの村人たちで賑わうのだろう。
俺たちは扉を開けて中に入ったが、想像していた喧騒はどこにもなかった。それどころか店員も見当たらない。この酒場はハズレなのだろうかと一瞬思ったが、村の規模でこのような酒場が複数あるとも思えなかった。
何かあったのだろうかと疑問に思ったが、まずは腹ごしらえをしたい。
「すまないが注文を頼めるか」
酒場の奥に向けて声をかける。人の気配はするので誰かしら居ることはわかっていた。
「あ、はーい。ちょっと待っててね」
奥から女性の声が返ってくる。
「ごめんなさいね。待たせちゃって」
そしてそのまましばらく待つと、奥から壮年の女性がやって来た。ここの女将だろうか。
「適当にあるもので構わないので、何か腹に溜まる物を頼む。あと、麦酒をジョッキで二つに果実の絞り汁を一つ」
「わかったわ。そこら辺に適当にかけて待っててね」
注文を受けると女性は奥へと引っ込んだ。他に店員は見当たらない。彼女一人で切り盛りしているのだろうか。
俺たちはカウンターにほど近いテーブルに座る。
「静かな酒場というのも変な感じがしますね」
「煩いよりはいいです」
「落ち着いて酒が呑みたいときには最適だな」
俺たちは辺りを見回しながら呟く。酒場なのに辺りが静かだと自然と声のトーンが落ちるのはなんでだろうか。
ややあって、女将が注文の品を持ってきた。
「貴方たちは冒険者よね」
「ああ、そうだが……」
料理を並べながら女将が聞いてくる。ここら辺じゃ見ない顔でこの風体なら大体は冒険者だろう。
「やっぱりね。レベルは幾つくらいかしら」
「ん……一応、レベル5になったばかりなんだが」
やはり自分のレベルを言うのは躊躇われる。なんだか後ろめたいことをしている気分だ。
「レベル5!? それは凄いじゃない!」
やはりそうは見えないのだろうか、俺は周りの二人を見回して、何となく納得する。
「はい、熱いから気を付けてね」
目の前に料理が並べ終わる。材料はよくあるウサギ肉やシダ芋などだが、ちゃんとした料理は旅の途中では中々味わえない。決して不味いわけではないが、同じ味が続く保存食に飽き飽きしていたところなので、余計に美味そうに感じる。
「それとごめんなさいね。ちょっと用があるから外へ出てくるけど、気にせず食べていて。お替りは帰ってきてからね」
そういうと女将は外へと出て行く。ここらへんは村独特のおおらかさだろうか。店を開けたまま何処かへ行くなんて街では考えられないことである。
取り敢えず気にしてても仕方ないので、俺たちは食事に取り掛かった。温かい食べ物が身体の中に落ちていき、その後を追うように酒が入る。なんとも言えない至福の時間だ。周りの二人も幸せそうに料理を口に運んでいた。
俺たちがしっかりと腹を満たし終えた頃、女将が帰ってくる。
「ただいま。お替り居るかしら?」
その言葉に、すかさず俺とマルシアは酒を追加注文した。
十分な満足感を得た俺たちは部屋に戻ってきていた。
部屋には簡素なベッドが四つあるだけで他には何もない。ベッドだけでギリギリの広さだからしょうがないだろう。ただでさえ大きい黒騎士が思いっきり邪魔だ。縮めようにも中には荷物が入っている。ベッドに寝っ転がそうかとも思ったが、重さでベッドが壊れそうなのでやめておいた。
しかし【鋼鉄の檻亭】と比べたら雲泥の差だ。やはりあの宿はおっさん以外は優良だったな。
「まあ、ベッドで寝れるだけありがたいと思うべきだな」
長いこと街の宿を使っていると、いつの間にか贅沢になっていたものだ。
「そうですね。夜の間ずっと寝ていられるのは幸せって実感します――と、言う訳でどーん!」
マルシアが俺の背を押し、一緒にベッドに倒れこむ。何をするんだと抗議の声をあげようとしたところに。
「……どーん」
シルヴィアが躊躇いがちに落ちてきた。




