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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第三章 冒険者と交易都市
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第四十九話 旅立ちと闇の鳥

 旅立ちの朝がやってくる。


 俺たちは門の前に立ち、リスタンブルグの街並みを振り返った。主だった面々との別れは既に済ませている。最後に街全体に別れを告げるとしよう。


「いよいよ出発ですねー」


「気持ちのいい朝です」


 横に立つ二人が大きく伸びをしていた。空は綺麗に澄んでいる。雨など降っていたらもう一日くらいは出発を伸ばしていたかもしれない。


 炎天の季節も終わりを告げ、気温も大分落ち着いていた。吹いてくる風は暑さなど微塵も感じさせず、爽やかに通り過ぎて行く。これからは過ごしやすい実りの季節だ。その名の通り、様々な穀物や果物などが実る収穫の時期となる。


 本来なら街間馬車を借りて馬車で移動するところなのだが、生憎と他の冒険者たちに全て抑えられていた。依頼も言わずもがなである。次に馬車が戻ってくるのが何時になるかわからないので、俺たちは徒歩で旅をすることにした。


 フェルデンに向かうには、リスタンブルグ~テレシア間の街道を少し戻る必要がある。


 俺たちは次第に小さくなっていくリスタンブルグを背に、馬車で通った道をゆっくりと歩いて行った。


「こうして歩いてみると見える景色も違いますね」


 マルシアは辺りをキョロキョロと見回しながら進んでいる。ここを馬車が通ったとき、俺は耳鳴りに苦しんでいたので景色を見る余裕は無かった。その事を思い出して若干後悔する。


「街の外はやっぱり開放的です」


 街にいる間は黒騎士に入っていることが多くて窮屈だったのか、シルヴィアがいつもより元気そうに言った。


「リスタンブルグは鉱山がメインだったからな」


 こうして外を旅すると気分が高揚してくるのは分かる。どの道長い旅だ、感覚強化(ブーストセンス)でも近くに魔物の気配は感じないのでのんびり行くとしよう。


 やはり出て行く者ばかりで、リスタンブルグに向かう者は少なかった。途中、仕入れのためなのか護衛を連れた商人の馬車とすれ違った程度である。護衛はテレシアから来た冒険者たちだろうか、すれ違いざまにその顔を確認してみるが見たこと無い人物だった。


 魔物は全く現れなかった。途中、打ち捨てられたゴブリンや皮を剥ぎ取られたコボルトの死体を発見したことから考えるに、同じように先を進んでいる冒険者たちに狩られていったのだろう。


 一口に魔物と言っても発生する要因は幾つもある。人間たちと同じように子を産み育てる魔物も居れば、魔力溜まりから発生する魔物、もともと居る野生動物が凶暴化して魔物になる場合など様々だ。中でも魔物御三家は人間たちと同じように子を育てるタイプである。しかしその繁殖力は凄まじい物があり、成体になるまでの期間も短い。放っておくとあまりの数に辺り一帯の食料を食い尽くし、最後には共食いまで始める始末だ。近くに人がいれば確実に襲い掛かってくる。ある程度の知能はあるため、一定以上の人間たちが住む場所――つまり街などには手を出さず、主に街道を行き来する人間を狙ってくる。


 日も暮れ、辺りが赤く染まり始めると俺たちは野営の準備を開始した。街道沿いの見渡しのいい場所を見つけると、先ずは腹ごしらえと皆で料理の準備を進めていく。リスタンブルグではさんざん文句を言っていた料理だが、旅の途中であれば取り敢えず食べられる物なら何でもいい。数に限りのある保存食を使わず、魔物の肉や野草で調理したいところだが、主な食材となるオーク肉を手に入れることは出来なかった。


 道中、オークの完全な死体を見かけることはなかった。持ち運べないほど大量のオークに襲われたなら余った肉を打ち捨てていく場合もあるだろうが、貴重な食料をわざわざ放置していく冒険者は滅多に居ないだろう。


「これ、食べられる野草ですね」


 早速、シルヴィアは仕入れた知識を活用していた。街道沿いに生えていた野草を採取すると、空いている皮袋に閉まっていく。


「あの、イグニスさん! 色々考えていたんですけど、私の能力って野営にもかなり使えると思うんですよ!」


 いきなりマルシアが声を上げた。


「ん、どういうことだ?」


「説明するより実際やってみたほうが分かりやすいと思います」


 そう言うとマルシアは近くの木の前に立ち、植物制御(プラントロール)を使った。地面から木の根が飛び出し、枝葉は空間を覆う様に広がっていく。絡まりあった根は以前にコボルトリーダー戦でみせたような壁に、枝葉は上部を覆う屋根になった。


「これはなかなか……」


「凄いです」


 俺は出来上がったものを見て呟いた。シルヴィアも横に立って感嘆の声をあげていた。 


 出来たのはいびつな家のようなもの。入り口を除き、変形した木々が周囲を覆っていた。


「どうですか! ウッドハウスです!」


 マルシアは得意顔で振り返る。


「ああ、凄いな。改めて見るとこの能力はいろいろと使えそうだが……しかし」


 俺は出来上がった家……らしきものに近づいていく。壁となっている根や枝は、確かに動物などの侵入を防ぐことは出来るだろう。


「すかすかだな」


 手を入れてみると壁の向こうへ突き抜ける。完全に隙間を塞ぐことは出来ておらず、間から風が吹き抜けていった。頭上には葉の屋根。枝葉が折り重なっている間からは木漏れ日が差す。雨など完全に防げそうにはないし、木の上から飛びおりれば一瞬で崩壊するだろう。


「……すみません。それが精一杯なんです」


 俺の感想にマルシアが凹んでしまった。


「いや、色々使い道はありそうだ。番の暇つぶしに考えてみるのもいいだろうな」


 その後、俺たちは夕食をとりながら案を出し合った。




「てっ、敵です! 敵が出ました!」


 混濁とした意識の中にマルシアの声が響く。一瞬の間を起き、意識が戻る。そして勢い良く飛び起きると、天幕の外へと飛び出した。


 外ではマルシアが氷の矢を撃ちだしているところだ。シルヴィアは既に黒騎士の中だろう。闇夜に黒騎士は中々分かり難い。


 飛び出した氷の矢は上空へと飛んで行く。どうやら襲撃者は飛行しているようだ。


 感覚強化(ブーストセンス)


 起きたばかりの俺の眼に闇夜は辛い。感覚を強化して襲撃者の全貌を見極める。そこには矢を避け、上空を旋回しながら様子をうかがっている影が一つ。鳥の姿をしたそれはナイトサーヴァントと呼ばれる魔物だった。ダークウルフ同様、夜行性で体全体が黒い毛で覆われている。唯一違う点は群れていないことだ。基本的に一匹で狩りを行う魔物である。


 襲撃者としては珍しい魔物だった。本来であれば他の魔物を獲物として狙うはずだ。しかし近場にめぼしい餌がないのか、俺たちを狙ってきたのだろう。


 レベルは3。飛行するのが厄介であるが、能力だけ見ればコボルトと変わらない。


「シルヴィア、マルシア!」


 俺は二人に声をかける。二人は俺の位置を確認すると、敵に背後を見せないように後退りながら、俺の近くまでやってきた。


「この戦闘はお前たちに任せる。二人で協力して倒してみせろ」


 危なくなったら手を出すつもりだが、修練も兼ねて任せることにする。俺の言葉にマルシアがホッとした。二人に任せるということは、それほど危険のある敵ではないということがわかったからだろう。


「はい!」


「わかりました」


 二人は頷くと、先ずは黒騎士がナイトサーヴァントに向けて走る。マルシアはいつでも氷の矢を発射出来るように、杖を構えながらゆっくりと距離を詰めていった。


 ナイトサーヴァントは接近してきた黒騎士に対して急降下。大きな爪を振り下ろした。危なげなくその一撃を防いだ黒騎士は、反撃とばかりに槍を突き出した。


 しっかりと決まればそこで戦闘は終了していたのだろうが、予想通りというべきか、槍先はナイトサーヴァントの脇を滑っていった。


 それに警戒したのか、再びナイトサーヴァントが上空へと距離を取り始める。


「いっけえぇ!」


 そこをマルシアの矢が狙った。しかし、命中精度の高いはずの矢もナイトサーヴァントには当たらない。天幕の近くにある光魔石の範囲から外れ、闇夜に溶けたナイトサーヴァントは分かり難い。感覚強化があるお陰で俺の視界は明瞭になるが、その助けがなければ遠距離攻撃出来る自信はない。


 ナイトサーヴァントはマルシアが厄介だと理解したのか標的を変える。空中にいる敵はこれが厄介だ。前衛を無視して後衛に攻撃を仕掛けられる。


 俺は腰にある短剣を手に取った。いざとなればこれで仕留める。二重強化(ダブルブースト)せずとも、ナイトサーヴァント程度ならば普通の投擲で問題ない。空中というアドバンテージがある分、防御力はそこら辺の小動物と変わらなかった。


 マルシア目掛けて急降下するナイトサーヴァント。俺が短剣を構えた瞬間、マルシアの足元の草が大きく伸び、ナイトサーヴァントに掴みかかる。いきなりの現象に戸惑い、ナイトサーヴァントは方向転換しようとする。そこに黒騎士が接近、槍を使わずに盾で体当たりをした。


 大きく吹き飛ばされ、ナイトサーヴァントが大地に落ちる。そこにマルシアの草縄が縛り上げた。


「やった!」


「やりました」


 二人が同時に歓声を上げた。シルヴィアは黒騎士から飛び降り、マルシアと手を合わせた。


「よくやったな」


 俺は健闘を讃えながら、手に持っている短剣をそのままマルシアへ渡した。マルシアは不思議そうな顔をしてそれを受け取った。


「では次の訓練だ――そこに鶏肉がある」


 俺は草に包まっているナイトサーヴァントを指差した。


「……まさか」


 マルシアは露骨に嫌な顔をした。その予感はきっと正しい。


「オークよりはマシだろう? 冒険者なら避けて通れない道だぞ」


「そ、それはそうですけど……」


 短剣を見つめるマルシア。その姿をじっとシルヴィアが見つめている。


「私がやります」


「え、シルヴィアちゃんが?」


「私は気にしないので平気です。最近料理も楽しいですし」


「ふむ、それじゃ仲良くやってもらうか」


 腰からもう一つ短剣を取り出し、シルヴィアに渡す。


「しかし……なんでそんなに嫌なんだ? シルヴィアが言ったように料理で食材としてよく使うだろう」


「……食材はちゃんと処理して売ってありますし」


「……先ずその意識から改善しないと駄目そうだな」


 ため息をつくマルシアを見て、俺は頭を掻いた。

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