第四十八話 告白と送別会
魔物の巣の情報で集まってきた冒険者たちは、その騒動が終われば当たり前のように散っていく。商人たちと同じようなものだ。今では討伐隊メンバーのほとんども報奨金とともに何処かへと去っていた。
冒険雑貨、武器防具ときて最後に繁盛するのが酒場だろう。冒険者の常というべきか、それなりに知り合った者たちは別れに杯を交わす。これは冒険王の手記に書かれた「別れの数だけ酒を交わした」という件から広まったと言われている。
俺たちもそれに漏れず、酒場の一角を占領していた。
七日ほど続いた訓練もフゥに認められたことにより終わりを迎え、報酬を得て装備も整えた、この街でするべき事は全て終えている。つまり、俺たちも旅立ちには丁度いいタイミングだった。シルヴィアとマルシアの二人と話し合い、次の目的地は交易都市フェルデンに決まっている。
「『狼虎』は残るのか?」
俺は酒を呑みながら目の前の二人に問うた。
「ああ、出ていくなんてこれっぽっちも思ってないぜ。もともと俺たちがここで活動している理由は、ユージンさんが居るからだからな」
同じように酒を呑んでいたフゥが答える。ユージンとは誰のことだろうか……一度聞いた気がするが、俺の頭の中にはそれらしき名前の人物は浮かんでこない。
「……そこの人物の名だ」
俺の疑問を察してエンブリオが顔全体で横を差す。エンブリオの隣には討伐隊のリーダーが居る。ああ、そう言えば一度聞いた筈だ。ずっとリーダーと呼んでいたのですっかり忘れていた。
「おいおい、顔見せの時にちゃんと自己紹介しただろうが」
そのユージンが若干不満気に口を開いた。
「……すみません。どうもリーダーって呼ばれていたので忘れていました」
思いっきり頭を下げる。相手の名前を忘れるとか失礼千万だ。どう考えても俺が悪い。
「まあ、役職があるとそれで覚えられることは多いわな」
気にするなと手を上げてユージンが笑う。冒険者らしく、細かいことは気にしない人だ。
「あはは、僕もおっさんって呼んでるから名前なんて忘れてたよ」
俺たちの会話に笑いながら口を挟んだのはグラスだった。何故だか当たり前の顔をしてこの飲み会に参加している。魔石師はギルドとも関係があるので、顔見知りなのだろう。
「おっさんいうな! 相変わらず生意気なガキだな」
「おっさんをおっさんて言って何が悪いのさー。それに歳はそんなに変わらないじゃないか。そっちこそガキ扱いしないで欲しいんだけどー」
なんだか衝撃の事実を聞いた気がする。聞かなかったことにした方がいいのだろうか。隣のマルシアがちょっとショックを受けていた。いや、お前も見た目と歳が――。
そう思った瞬間、マルシアがこっちを向いた。
「何を見ているんですか?」
なんだか笑顔が怖い。
「……いや、特に何も。で、『狼虎』はユージンさんに恩があるのか?」
俺は視線をそらし、話題を戻しにかかる。歳の話は禁句だ。
「ああ! 俺たちはユージンさんに育てられたようなものだからな。恩を返すまで離れるわけにはいかねぇよ」
「お前たちはいい加減親離れしろ。俺は老後の面倒まで見てもらう気はねぇぞ」
「……少なくとも俺たちが納得できるまでは着いて行くつもりですよ」
会話から察するに三人には固い絆があるらしい。仲良く酒を呑んでる姿を傍から見ていると、信頼しあっているのがよく分かる。まさに冒険者パーティと言った感じだ。
「ワシもこの街に残るからのう。顔を合わすことも増えるじゃろ。宜しく頼むぞい」
ヨンドは至ってマイペースだ。酒を呑むスピードもマイペースで追いつけそうにない。定期的に空になったジョッキを下げに来る店員に、一人で数人分の酒を注文することを繰り返している。
横にいるシルヴィアを合わせて計八人。それがこのテーブルを囲む人数だった。テーブルを見渡すと、料理より酒の量が圧倒的に多いのは主にヨンドが居る所為だな。リーダーも普通の人間にしては呑むスピードが早い。二人は気が合いそうだ。
「あー……そーいやイグニスがここに来たときはレベル4になったばっかだったよな?」
「ん? あ、ああそうだが、それがどうかしたのか?」
突然、フゥが思い出したように問いかけてきた。出来ればあまり知られたくない類の話ではあったが、レベル5に上がった際、その急成長がギルドでちょっとした話題になってしまっていた。俺の冒険者証にも記載してあるし、隠すことなど不可能なので仕方がないことではあるのだが。
取り敢えずは魔術師の才能があることを知らずに冒険者をしていた、と言うやや強引な言い訳で通している。冒険者の性質上、他人のことはあまり気にしないので、フゥたちはそんなこともあるかと納得していたはずなのだが……。
フゥの続く言葉に俺は身構える。
「いやなに、それまでレベル3だったのに、よく奴隷が買えたものだと思ってな。何て言うか、やっぱりそういう――」
「そこまでだ!」
俺は一言でフゥの言葉を遮る。
「こいつは深いわけがあって買い取った、それだけだ!」
シルヴィアの頭に手を置いて、力強く捲し立てるようにそう答えた。言外に、理由は聞くなと匂わしておく事を忘れない。
「……お、おう。そうか」
気圧されたようにフゥが呟く。
「いいじゃん。イグニスの趣味なんて誰も気にしないよ」
横からグラスが口を挟んだ。なんでこいつはこっちの意を酌まないのだろうか。空気が読めないんじゃなくて、わざわざ読む気がないのかもしれない。
「あー、えー、うむ」
しかし、なんだかフゥの様子がおかしい。先ほどの質問といい、何事か聞こうかと思ったところ、エンブリオが俺に手を向けて待てと合図した。黙っていろということなのだろうか。ユージンに視線を向けると頷いた。
「マ、マルシアちゃん……ちょっと、そ、外で話、いいかな?」
「え? 私ですか?」
突然の指名に驚くマルシア。そして俺の方に視線を向ける。何をしたいのか理解した俺は頷いておいた。
「わかりました。いきましょう」
マルシアは立ち上がると、外へと向けて歩き出す。その後を恐る恐るフゥが着いていった。
「いやー青いのう」
ヨンドが器を掲げて満面の笑みを浮かべている。何故か酒のペースも一段と上がっていた。
「しっかし、どう見ても脈が無いのに頑張るねー」
グラスも酒を呑みながらニヤニヤしていた。なんだろうか、おおよその歳を聞いた瞬間からもの凄くおっさん臭く見えてきた。
「だっはっは。やっと動いたか。これであの餓鬼も少しは成長できるだろうよ」
「……まったく、情けない」
まるで親のようなコメントをするユージンと呆れたように呟くエンブリオ。そして興味のないシルヴィアの頭を撫でながら俺は黙って酒を呑む。
「なんでああなっちゃったの?」
「あいつはこっち関係は根っからの真面目くんだからなあ。娼館に誘ってもこないんだぜ」
「……そんなところに行くぐらいなら自分で番を探しますよ」
「もったいないのう。出会いと別れを重ねてこそ、人生に重みが出来るというに」
「……」
なでなで。やはりシルヴィアの頭は撫でやすい。
「あれ、イグニス。なんで黙ってるの? どうみても失敗するんだから安心してみていなよ」
「なんだ。お前、意外と独占欲強いのか?」
「……男なら黙って構えておけ」
「はっはっは。お主もまだまだ青いかのう」
「……俺に矛先を向けるな」
周りからの集中砲火に対し、俺は絞りだすように呟く。このおっさんたちはどうすればいいんだ。四人とも酒を煽っては更に俺を煽り始める。やつらが帰ってくるまでこの調子なのだろうか。
「英雄は色好むってかー。いいねー俺も肖りたいわ」
リーダーの性格が段々崩れてきているのは気の所為だろうか。
「いやー修羅場って楽しいよね」
小さいおっさんは何を言ってるんだ。
「……まったくこれだから人間族は」
獣人族の中で人間族のイメージはどうなっているんだろうか。
「はっはっは。まあ、酒があれば女なんぞいらんがな」
ドワーフらしい台詞で結構なことだ。
俺はこの場をどうしようか悩みぬき、ようやく完全無視を決め込んだところで二人は帰ってきた。時間にしてみれば僅かだが、俺からしてみれば数時間たったような感覚だ。
マルシアはいつもと変わらず、フゥはなにか吹っ切れたような顔をしていた。
「おう、イグニス。今夜は最後まで付き合ってもらうからな! 断ることは許さん!」
フゥが俺に宣言をし、隣のマルシアの席だった場所に勢い良く座る。
「ねーちゃん酒くれ、酒! じゃんじゃん持ってきてくれ」
そして通りすがる店員に大量の酒を注文した。
送る側が相手を潰そうとしてどうするんだ。




