第四十七話 獣人と訓練
どうしてこうなった。俺の頭には疑問がいっぱいだ。
俺が居るのはギルド裏の修練場。そこにボロクズのように転がっていた。シルヴィアに回復を求めたいところだが、この場ではそれが出来ないのがもどかしい。
例のフゥの言葉にギルドに居た大多数の冒険者の興味を引いてしまった。お陰で周りには暇つぶしに冒険者たちが見物している。
いくら木剣とはいえ、フゥの本気の一撃は全身が悲鳴を上げるほどに痛い。新調したばかりで慣れていない防具と相俟って、結果は散々たる有り様だった。
そもそも、こんなに全力でやりあうつもりはなかった。新しい装備を手に入れて若干気分が高揚してたし、取り敢えず戦闘の感覚を掴むつもりの模擬戦だったのだが……フゥの奴が思っていた以上にやる気だったのが誤算だ。防御力が上がったと言っても、金属部位以外を攻撃されればダメージはいつもと変わらない。低能な魔物ならいざしらず、知能のある奴が狙うところは決まっている。それはそれで攻撃自体は分かりやすいのだが、反応できなければ意味が無い。
「どうした! 気合が足りんぞ!」
気合で勝てたら苦労はしねぇよ。文句の一つも言ってやりたいが、無駄口叩いて体力を消耗したくない。
「そこまでにしとけ。いきなり飛ばし過ぎだぞ」
そんな俺達を見兼ねて、リーダーが仲裁に入る。そのお陰で模擬戦闘は中断された。
フゥは若干不満顔でそれを了承すると、ギルドの中へと入っていった。やはりいつもと違い、なんだか悩んでいるようにも見える。
周りの冒険者たちがもっとやれ等とほざいていた。中には「槍投げろ、槍」などと煽っている輩も居る。お前らに向かって投げてやろうか。
やがて再戦の可能性がないことを理解したのか、ほとんどの冒険者たちは潮が引くように去っていった。中には触発されたのか、修練場で身体を動かし始めた者たちも居る。大体の冒険者は報酬を受け取るまで休暇中だったのだ。身体が訛っているので動かしたくなったのかもしれない。
「大丈夫か?」
俺の側にリーダーがやって来た。その後ろには黒騎士とエンブリオも付いて来ている。マルシアはギルドの資料室でちょっとした調べ物をしているのでこの場には居ない。
「まあ、なんとか」
レベル5になったばかりで、あまり無様な姿は見せたくない。俺はフゥの言うところの気合で立ち上がった。しかしバランスを崩し、再び倒れ込みそうなところを黒騎士が支えてくれる。俺は黒騎士の中にいるシルヴィアに向け、小さな声で礼を言っておいた。
「まあ、その、すまんな」
「どういうことですか?」
何故かリーダーが謝ってきた。俺はよく解らずに問いかける。
「いや、なんていうかな。昨日の酒の席でちょっとな」
リーダーは言いにくそうに頭を掻いた。
「……奴があの娘に懸想しているのは知っているだろう?」
そこにエンブリオが助け舟を出してきた。
「……誰が見ても分かるだろ、あんなの」
「あいつもそこまで馬鹿じゃない。その相手も察しが付いている。故に今回の行動だ」
それは理解したが、最後の言葉に繋がらんのだが。
「……エンブリオの言葉じゃ足りんな。イグニス、基本的に獣人族ってのは強さ至上主義なのは知っているだろう?」
頭に疑問符が浮かんでいると、リーダーが補足をしてくれた。
「ええ、それくらいは」
「まあ、俺たち人間も似たような考えを持つものは多いが……好意を持つ異性は守るべきものっていう考え方が当り前だ。今回のフゥの行動はその考えに基づいている」
つまりはアレか。俺が代わりに守れと。最低限、納得できる実力をつけろとな。
「こいつらはいつも言葉が足らんからな。その分、行動で示そうとする。分かる、分からないは別としてな」
「……一緒にしないで頂きたい」
リーダーの言葉にエンブリオが不満を垂れた。口が重い分、エンブリオのほうが分かり難いけどな。
「まあ……そういう事なら真面目に受けてやらないといけない、か」
頭を掻きながら、ギルドの方に視線を向ける。
「なんだかんだ言ってお前、律儀なやつだよな」
俺の態度にリーダーが笑みを浮かべた。
それからは毎日、フゥたちと訓練することになった。
終わる頃にはいつもボロボロになっていたが、宿に戻りシルヴィアに回復して貰っている。さすがにすぐ訓練を開始したら怪しまれるので、その日はそれまでだ。
俺の訓練と平行して、シルヴィアとマルシアの訓練も平行して行うことにした。特に黒騎士は武器を手に入れたのだ、多少でも使えるようになっておいた方がいいだろう。
朝食を食べた俺たちは、近場の魔物で戦闘していた。感覚強化で近くの魔物を見つけ、俺たちは襲いかかる。これを何度か繰り返していた。
「植物制御!」
マルシアの叫びと共にゴブリンが草縄で縛られる。そこに黒騎士が飛び出し、手に持つ槍を突き出した。槍はゴブリンを貫く――が、致命傷にはならない。その槍はゴブリンの肩を抉るに留まったからだ。
何度見ても見事な外しっぷりだな。
何故か黒騎士の槍は狙ったところから必ずズレる。まるで二重強化をしていない俺の飛び道具のようだ。まだマシなのは近距離故にダメージ自体は与えられるところだろうか。
しかし、魔物に同情する気はないが、ゴブリンも災難なものである。
黒騎士が槍を引き直し、再び突き出す。その一撃は逆の肩を抉っていった。傍から見ればどう見てもなぶり殺しだ。無機質な鎧の所為で余計に薄ら寒い光景に見える。
ゴブリンは必死に抵抗を試みるが、ガッチリと閉まった草縄は解けない。
次の一撃は脇腹。そして次は……あまり語りたくない場所を貫いた。
黒騎士は胸への一撃を狙っている。少なくとも中央を狙えばどこかに当たるだろうという消極的な理由が大きい。しかし、結局槍は胸部へ吸い込まれること無く、ゴブリンは息絶えてしまった。
「こんなところにしておこう」
太陽はそろそろ頂点に達し様としている。昼食をとったら今度は俺の番だ。
昼食は食材を買ってグラスの店。グラスは最早何も言わない。まあ『不味い』から、なんとか『普通』になったということが大きい。料理において、『普通』という言葉はあまりよい意味では使われないものだが、この場合の『普通』は最上級の褒め言葉だ。よくぞアレから成長をしたものだ。思わず俺とグラスが握手をして頷き合うくらい素晴らしいことだった。
そんな至って普通で安全な食事を終えると、冒険者ギルドへと向かう。
俺が納得してからと言うもの、フゥの態度は段々と軟化していった。今では以前と同じように軽口を叩くほどになっている。
訓練開始当初は俺自身が装備に慣れるように、色々と手加減をしてもらっていたが、今ではその必要もない。やはり人間、死ぬ気でやると上達も早いのだろう。毎回死にかけたいとは絶対に思わないが。
俺たちは修練場の中央に立つと、互いに向き合う。付き合いのエンブリオが試合開始の号令を下した。
「おらっ!」
木剣の一撃が俺の身体の直ぐ側を通り抜ける。いつもの間合いを一気に詰めての一撃だ。最早これはフゥの挨拶といえるほどに慣れた。
初めて対戦した時つぶさに観察をした上、何度も対戦を重ねているのだ。フゥの太刀筋はほぼ理解している。足りないのは反応速度。純粋な力の差。それがわかる分、その差を埋めることで強くなっていくという実感もまたよくわかった。
装備の重さを意に介さなくなったということは、その分筋力がついたということである。俺の一撃も力強くなっている。さすがにフゥの剛剣を真正面から受けるほどは無理だが、力に打ち負けて武器を手放すということはなくなった。
いつしか俺は純粋に訓練を楽しんでいることに気がついた。やはり成長を実感するのは楽しい。
力の一撃に速度で対抗する。いつもより遅めで動き、受けを主体に牽制のみを行っていた俺は、フゥの一瞬の隙を見るや、最高速度の一撃を胴へと叩き込んだ。その太刀筋は初めて対戦した時に食らった一撃を模倣したものだ。
綺麗に決まった一撃に、フゥは膝をついた。
「……まさか返されるとは思わなかったぜ」
その一撃の意味を理解して、フゥは微かに笑う。
「あの時の礼を返しただけさ」
俺は手を差し伸べる。フゥはその手を握り返し、立ち上がった。
宿に戻ると俺はシルヴィアに回復をしてもらう。
あれから何故かエンブリオがその気になり、一戦交えた結果である。
エンブリオはフゥと違い、速さに重きを置く戦闘スタイルだ。俺とよく噛み合う。フゥとてその速さに引けはとらないが、どちらかと言うと力を重視した攻撃をしてくる。その違いに俺は戸惑った。純粋な戦闘能力はまだまだ二人に及ばない。故に同じ土俵に立つと嫌でもその差がわかる。一つ一つの行動で上を行かれるのだ。最初から押され続け、碌に反撃の糸口が見えぬまま体力が削られていく。最後には俺がフゥに決めたのと同じ一撃を食らってしまった。しかし、俺が目指す先が何となく掴めたような気がする。エンブリオもそれを教えるつもりで戦っただろうか。
「次は私の番ですよー」
回復が終わった頃合いを見て、マルシアが俺の背中を押してくる。俺がそのままベッドで横になるとマルシアがマッサージを始めた。回復で役に立ってるシルヴィアを見て「私も何かしたい」と言ってきたので、何となくマッサージを頼んでみた。
最初は覚束無かったが、次第に慣れて来たのか程よく筋肉を解してくれるようになってくれた。
「身体ももう随分慣れたみたいですね」
「そうだな。あいつらのお陰で色々と学ぶことが出来た。ありがたいことだな」
「でも『狼虎』さんたち、良い人ですよね。無料で訓練をつけてくれるなんて。ベテランが新人に教えるときでもギルドが多少報酬を支払うのに」
……そりゃお前のためなんだがな。
俺は少しだけフゥに同情してしまった。




