第四十六話 新装備と討伐隊報酬
あれから何度かヨンドと話し合い、俺の装備制作にとりかかってもらっていた。
他にも冒険者たちの依頼が来ていたらしいが、優先して仕上げてくれるらしい。直接鉱石を持ち込んだこともあるが、やはりヨンドと知り合いだったことが大きい。
そして今日、その装備が完成する予定である。
「おう、待っておったぞ」
俺たちが工房に足を運ぶと、ヨンドが達成感のある顔で出迎えた。
あまり使われていなさそうなテーブルに俺たちを座らせると、奥から完成した装備を運んでくる。それらはウーツ鋼で出来た胸鎧と手甲に脛当だ。
本来は胸鎧だけの予定だった。だがそれだけではウーツ鋼が余るというので、他にも作ってみてはどうかとヨンドが提案してきた。そうして話し合った結果、手甲と脛当を追加することになった。
初めは重すぎると思ったのだが、ヨンドと親方で話し合った結果、出来るだけ軽量化する方向で作ることになった。防御力は若干下がるだろうが、重くて動きが鈍くなるよりはいい。それならば、と俺は了承した。
「取り敢えずつけてみい。細かいところのチェックをちゃんとしておかんとな」
ヨンドに促されて、俺は装備をつけていく。まず胸鎧。これは武具屋で何度か試したことがあるのでお馴染みだった。装着してみると思っていたよりも軽い。これがヨンドが言っていた軽量化のお陰なのだろう。見た目は従来のものとそんなに変わりがないので、どこを軽くしたのか少し気になる。
次に脛当。コボルト皮で補強してあるので思ったより違和感は少ない。
そして最後に手甲。これも脛当グリーブ同様、皮での補強がされている。腕が重くなるので、剣の取り回し方に若干の修正が必要そうだ。
「どうじゃ?」
全てを装着し、俺は体全体を動かしてみる。特に邪魔にはならない。いつもより全体的に重いので機敏な動きとなると不安を感じる。こればかりは仕方のない事だ。
「概ね大丈夫そうだ。動いてみた感じ、問題はない。あとは重さに慣れるだけだな」
俺の言葉にヨンドは頷く。
「実際に戦闘で使ってみるといい。問題が出たら遠慮なく言いにくるのじゃぞ。注文した人間に完全に合わすのが職人としての義務だからのう」
「ああ、了解した」
後ほど街の周囲で魔物と戦ってみることにしよう。
「それと……これも持って行くといい。オマケじゃ、金は気にするな」
そう言ってヨンドが持ってきたのは槍だった。それは魔物の巣で女王が飛ばしてきたものと似たような長さだ。特にこれといった装飾もなく、簡素で実用的な槍である。
俺はいつの間にかにつけられた変な二つ名の事を思い出し、微妙な顔をしてしまう。それを察したのか、ヨンドが更に言葉を続けた。
「黒騎士に持たせてみてはどうかと思ってのう」
それを聞いて以前パワーエイプと戦った黒騎士の姿を思い出した。
「攻撃に関しては……以前試したことがあるが、かなり酷いもんだったからなあ」
歯に衣着せぬ言葉にシルヴィアが俯く。ちょっと言い過ぎたかも知れん。後でフォローしておこう。
「それは聞いておる。しかし守りは勿論大事だが、全く攻撃が出来ないのも少し問題かと思ってのう」
俺は腕を組んで思案する。魔物の巣ではヨンドが攻守に渡って活躍していたため、なんとかなった面が大きい。シルヴィアも攻撃が出来るだけでかなり楽になるのだが……。
「持ってるだけでもハッタリにはなるじゃろうし、いざとなればお主が投げればよかろう」
「……そりゃえらく金のかかる飛び道具だな」
回収を前提しないと槍と一緒に金が飛んで行くぞ。
俺たちはヨンドを連れて工房を後にした。
手に入れた防具は装着したままだ。普段からつけておいたほうが重さにも慣れるだろうし、抱えて運ぶのは面倒臭い。
これから向かう先は冒険者ギルド。工房に来る途中、同じ討伐隊のメンバーだった冒険者に会い、報酬の計算が終わった事を教えられたのだ。報酬自体は何時貰っても問題ないが、どうせ帰り道なので寄って行くことに決めた。
混み合っていることが予想されるので、シルヴィアは黒騎士の中に引っ込んでいる。
目的地に着くと案の定、討伐隊メンバーが詰め掛けていた。先に来ていなくてよかったと思う。以前、コボルトリーダーを倒した時に実感したのだが、大金が動くときのギルドの対応は時間が掛かる。間違いがあってはいけないので、職員が複数で何度も確認し、冒険者証のチェックも念入りに行う。こちら側からすればさっさと渡して欲しいところではあるが、人によっては何十年分の給料になるのだ。おいそれとは渡せるわけがない。
俺に気付いた冒険者が小さな声で「おい、『投げやり』だぞ」などと話し合っていたが無視だ、無視。
最初の波が終わったのか、ギルドの雰囲気も落ち着き始めているようだ。周りでは報酬を受け取った冒険者たちが笑い合っている。ちょっとした祝勝会の様な騒がしさである。
俺は三人を残すと空いた受付に向かい、討伐隊の報酬を受け取りに来たことを告げる。ギルド職員は朝から散々やって慣れているのか、その対応に淀みがなかった。
冒険者証を渡すと、三人の職員が確認作業をしていく。その間約5分と言ったところか。
「『フレースヴェルグ』様、お待たせ致しました。それではご確認ください」
職員の手から貨幣の入った皮袋が渡される。後は金額をその場でチェックし、受付に置かれた書類に受領のサインを書けば完了だ。
俺は皮袋の中から貨幣を取り出していく。中身は金貨が162枚に銀貨が52枚で書類とも一致している。中途半端に思えるのは魔石と鉱石の上乗せがあるからだ。元々の討伐報酬はパーティで金貨80枚なので、魔石と鉱石を合わせて同程度の儲けとなったのだろう。討伐隊全員で割ってこれなのだから、全体で考えればかなりの金額だ。しかもこれらはレベル4パーティでの報酬なのでレベル5の主要パーティはもっと高い金額を貰っていることになる。
特に問題はなかったので、書類にパーティ名とリーダーである俺の名を書いた。
「お疲れ様でした。以上で引き渡しの手続きは完了です」
職員は書類を確認して頷く。後ろの二人もそれを確認し、最後の一人が奥へと持っていった。
「すまないが分割用の皮袋を貰えないか?」
職員の一人に声をかけ、メンバーで分けるための皮袋を貰う。そして受付に積まれた貨幣を分けていった。本来ならシルヴィアは俺の装備品扱いなため、三等分となるところなのだが、事前の話し合いでマルシアもヨンドも四等分にするべきだと主張した。コボルトリーダー討伐時の風の騎士団もそうだったが、やはりというかなんというか……俺の周りにはお人好しが多いらしい。これからシルヴィアの装備品を整える必要も出てくるだろうし、その提案を有りがたく受けることにした。
「これで、あの装飾品が買えますね!」
職員に礼を言い、戻ってきた俺を見てマルシアが言った。その表情はどこかウキウキしているようだ。
「金銭の持ち運びとしてはいいが、日常生活に支障が出るレベルで買うなよ?」
どうやら買いそびれた装飾品がまだ気になっていたらしい。
俺は釘を差しておくことを忘れない。その言葉にマルシアは「はいっ」と元気よく頷いたが、先日の件を見る限り、どれだけ信用できるか怪しいものだ。
「やはりイグニスたちも来ていたか」
皮袋を二人に渡していると、背中に声が掛けられた。振り向いた先に居たのは討伐隊のリーダーだ。隣にはフゥ、そして反対側にエンブリオの姿もある。いつもなら真っ先に声を掛けてくるはずのフゥが今日は黙ったままだった。嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「あ、どうも」
頭を軽く下げ、リーダーに向かって挨拶をする。後ろの三人もそれに習って挨拶を交わす。しかし、なんだかこの人には畏まってしまうな。
「なんだ、装備を変えたのか?」
俺の姿を見てリーダーが聞いてきた。ここらでは珍しいと言えるくらいの安い皮鎧を着けていた人間が、突然金属製の良さそうな防具を着けているんだ、疑問に思って当然か。
「ええ、手に入れた鉱石で作ってもらいまして」
「そうか、オーダーメイドとはやるな。やっと実力相応に見えるようになったぞ」
リーダーは腕を組み、俺の装備を確認しながら何度も頷いた。
やはり見た目は大事なのだろうか。俺は自分の全身を再確認する。その姿は、周りに居る討伐隊の面々と比べても引けをとらない格好だった。
「……イグニス」
俺がちょうど視線を上げた時、今まで黙していたフゥがやっと口を開く。
「なんだ?」
「――俺がお前を鍛えてやる!」
人差し指を俺に向け、フゥが高らかに宣言した。




