第四十五話 宝石と装飾品
これまでの疲れを癒やすため、俺たちは長期の休暇を取ることにした。魔物の巣が現れてからは休暇の間隔がかなり延びていたし、気分転換も必要だ。
俺の腕は日常生活に問題がない程度まで回復したが、冒険者活動となると不安が残る。マルシア一人、もしくはシルヴィアと二人で動いてもいいのだが、まだまだ経験不足は否めない。
「で、なんでうちでやるのかな……」
店にやってきた俺たちを見て、グラスはため息を付いた。何も言わなくても分かるのは、マルシアの手に食材があるからだろう。
突然、休日にはやっぱりお料理教室でしょう! とマルシアが叫んだときは全力で逃げ出そうかと思ったが、後でそれ以上の恐怖を味わいそうなのでやめておいた。
「あー、ほら。魔石の補充もしないといけないし、な」
「それって、完っ全っに、ついでだよね?」
グラスはジト目で俺を見る。
しかし、実は優しいのか、それとも寂しいのか、グラスは何故か断らない。最初は暇だからかとも思ったが、そんな理由でわざわざ美味くもない料理を食べる気はおきないだろう。俺なら全力で拒否する自信がある。
シルヴィアの料理の腕は努力の甲斐があり、徐々に上がってきているのは実感している。だが、どうせなら完璧になってから味わいたいものだ。
「まー、適当に使っていいよ。ただし、ちゃんと片付けはしてね」
グラスは二人にそう言うと、俺の近くに来る。二人は真面目な顔で頷き、店の奥へと消えていった。
「それじゃ、さっさと魔石の補充をしとこうか」
そう言ってグラスが手を出す。俺は魔石の杖を渡すと、いつものテーブルに座る。他の細かい魔石は後で纏めてやるため、取り敢えずテーブルの上に並べていく。予備を買ったことや冒険者を弔った際に手に入れたことで所持する魔石も多くなってきた。
俺はそれぞれの魔石に流れる魔力を感じ取り、残存量を確認する。魔術師でなくとも微細な魔力は誰にでもあるものだ。魔石を起動させるときにはその魔力を利用する事になる。これを感じられなければ、日常生活はとても困難なものになるだろう。しかし、そんな人間は今では滅多に居ないはずだ。魔石の普及と共にその魔力の利用法も広まっていったからである。
魔力が減っている魔石を残し、それ以外の魔石を皮袋に仕舞っていく。
「ほい、終わったよ。あとは細かいのだね」
その作業が終わった頃、タイミングよくグラスが戻ってくる。補充の完了した魔石の杖をテーブルの上に置くと、今度は細かい魔石たちを纏めて持っていった。
勝手知ったる他人の家。俺は食料と一緒に買ってきた茶葉でお茶を淹れるため、台所へと向かう。そこには真剣な表情で食材と格闘するシルヴィアと、それを厳しく注意するマルシアの姿があった。
その雰囲気に俺は尻込みしてしまう。思ったよりしっかりやっているみたいだな。
二人は俺に気づき何か言いそうになるが、気にするなと手を上げてそれを制止させた。料理の内容は結果が見えているので気にしてもしょうがない。
食器棚の前に立つと、器を取り出して並べておく。そして湯を沸かすために設置型火魔石の前に立つと、水を張った鍋を乗せてそのまま火をつけた。
さすが魔石屋と言ったところだろうか、火魔石の竈は立派なものだった。普通の家なら一般的な大きさの魔石を使っているが、ここのは戦闘魔石並だ。マルシアの魔石から考えるに、これも燃費がいいのだろう。俺が家を持った際には是非欲しいところである。
湯が沸き、茶葉をつかって人数分のお茶を入れていく。シルヴィアとマルシアの分は置いたままにして声を掛けておいた。残りの二人分を持ってテーブルへと戻ると、グラスが補充を終えて帰ってきていた。
「勝手に茶を入れたぞ。茶葉買ってきたから適当に使ってくれ」
「了解。ありがと」
お茶をテーブルに置くと、そのまま椅子に座る。グラスはゆっくりとお茶を飲み始めた。
テーブルの上には補充された魔石が綺麗に並べてあった。俺は魔石を一つずつ確認しながら皮袋へと仕舞っていく。魔石に関してはグラスのことを信用しているが、チェックしておくに越したことはない。
「うちの魔石は役に立ったかい?」
一息ついてグラスが聞いてくる。
「ああ、助かったよ。あれがなければ討伐隊には参加出来なかったぐらいだ。使い方に慣れてからはガーディアンの相手がかなり楽になったぞ」
「――それは製作者冥利に尽きるね!」
俺の言葉に、グラスのテンションが目に見えて上がった。やはり自分の作ったもので活躍していると嬉しいのだろうか。そこら辺は職人って感じがするな。普段全くそんな印象はないんだが。
「やっぱり魔石が役に立つと気分がイイんだよね。どうせなら魔物の巣に大火炎魔石ぶちこみたかったんだけどなー。魔物たちを一瞬で燃やし尽くすところが見たいよね!」
にこやかに言うグラスを見て、やはり調子に乗せすぎると危険だと実感する。
「料理が出来ましたよー」
そこに鍋を持ったシルヴィアとマルシアがやって来る。
グラスのテンションが一気に下がったのが印象的だった。
グラスの店を後にし、俺たちは街をぶらついていた。マルシアはいつも通り、シルヴィアは俺と黒騎士の間に挟まるように歩いている。
一時は路端の流れ商人たちの前には人集りが出来ていたが、今ではその姿も過去のもの。ギルドが近くの街や村から物資を買い付けたり、魔物の巣の噂を聞いた商人たちがどんどん集まってきたお陰で、価格はもう平時と同じ程度に落ち着いている。
そんな商人たちも、今ではほとんど見なくなっている。新たな利益を求め、大陸中に散っていったのだろう。
逆に客が押し寄せているのは武具屋や工房である。魔物の巣という旨味が消えた今、この街ですることといえば装備の新調。辺りの武具屋を見ると客がかなり付いていた。
武具屋ほどには目立たないが、この街では細工屋もそれなりに多い。戦闘をする者を前提とした戦士たちの店とは違い、装飾品は一般客ばかりだ。主に女性たちが求めるものである。
その例に漏れず、マルシアの頼みもあって今日は装飾品の類を見て回ることになった。
取り敢えずと俺たちは手近の店に入る。中には有名な店とかもあるだろうが、そんな情報はどこから仕入れたらいいかわからない。
中にはきらびやかな装飾品の類がずらりと並んでいる。俺は近くの装飾品を手に取り、値段を見てめまいがした。下手をすると冒険者の武具より高い。いや、まあこういうものは高価だからこそ求められるものなのだろうが、それでも……だ。
店内を見回してみると、やはり客のほとんどが女性だった。場違いすぎて外へと逃げたい気分になってくる。
俺の他にもう一人だけ居る男も同じような心境なのだろう。必要以上におどおどしているように見受けられた。それでも必死に装飾品の値段を比べて唸っているのは、意中の女性にプレゼントでもするためだろうか。
そういうことに俺は疎い。そもそも装飾品の善し悪しがわからない。そりゃ素人と玄人が作った物の差ぐらいならわかるだろうが、店に並んでいるのは一定以上の品質を保ったものだ。その中から値段分の差を感じられるほどはわからない。
ただし、高レベルの冒険者となるとその内利用することも多くなるかもしれない。
貨幣が貯まれば邪魔になる。大量の金貨をジャラジャラと持ち歩くのは、不便を通り越して現実的ではない。一つの方法として使われるのが宝石の類。冒険者なら魔石に変えるという手もあるが、一度人の手に渡った魔石は劣化があるため中古品として扱われる。購入した時と同様の価値が保証されるわけではないのだ。その点、宝石は価格に変動もあるだろうが、日が経てば経つほど価値が下がっていく魔石と比べ、安定している。身につけられるものなら持ち運びも楽だ。
他の方法にギルド発行の割符などもあるが、ギルドのある所でしか使えず、価値そのままの物が手元に無いと不安になる者たちも多い。
そこまで考えて、俺は『狼虎』の二人が宝石を集めている姿を想像してしまった。似合わねぇ。
貴族の依頼なんかでは直接宝石で払われたりすることもあるそうだが、そんな機会が訪れることはないだろう。俺自身、そんな依頼受けたいと思わないからだ。
「わぁ、可愛い!」
マルシアが装飾品を手に取り、呟くのが聞こえる。可愛いと綺麗の差はどこにあるのだろうか……基準がいまいちわからない。マルシアが可愛いと言ったものをシルヴィアに合わせ、綺麗と言ったものを自分に合わせて「どうですか?」と俺に振ってくる。
「ああ、似合ってるぞ」
さっきからこの言葉しか使っていないが、マルシアは特に気にしてないので問題はないだろう。
「いろいろあって迷うなあ」
既に買う気は満々らしい。まあ、自分の金をどう使おうが勝手だ。特に何も言うことはない。
しかし、こんなところで興味のない装飾品の吟味をするくらいなら、ギルドの資料室で本を読み耽っていたい気分だ。
悩んでいた男はようやくプレゼントの品を決めたのか、飾ってある装飾品を店員に取ってもらっていた。手の届かないところにあるものは高級品だろう。随分と見栄を切ったものだ。もしかしたら告白でもするのかもしれない。いや、プロポーズだろうか。
いかん、暇すぎて思考が変な方向に向いている。そろそろマルシアも買うものを決めた頃だろうか。
「……イグニスさん」
そう思った時、ちょうどマルシアが深刻そうに声をかけてくる。
「どうした?」
俺はマルシアに振り返った。
「……お金が足りません」
「……身の丈にあった物を買え」




