第四十話 降り注ぐ雨と薄闇に潜むもの
一瞬の出来事だった。悲鳴を上げる事も無く、魔術師は俺の視界から消えた。辛うじてわかったのは槍のようなものに魔術師が貫かれたことぐらいだ。
あの勢いで体の中心を射抜かれた魔術師の生死は確認するまでもないだろう。
俺は唇を噛み締めた。口内に血の味が広がる。そして、憎々しげに槍が飛んできた方向を見やる。そこには俺たちの討伐対象である魔物の姿。予測はついていたが、やはり――女王か。
「なんだよこれ! 聞いてねぇぞ!」
隣のパーティの一人が叫んだ。無理もない、俺も同じ心境だ。
女王の大顎が開いていく。何かがその中から顔を覗かせていた。俺は感覚強化でそれを確認する。強化した視界に飛び込んだものは――先ほど飛来したのと同じ黒い鉄の槍。しかも複数本。女王の大きさからすれば針のようなものかもしれないが、俺たちにとっては恐ろしい飛び道具だ。
翅は震え続け、風は止む気配を見せない。先ほどのような一点突破の風力は無いが、女王を庇護するかのように壁となり、中央に復帰した冒険者たちも立ち往生していた。
こうなると遠距離攻撃が無いと厳しいだろう。魔術師たちに視線を移すが……どうやら槍の本数から見るに、先ほどの攻撃は広範囲に渡っていたようだ。半数の魔術師が負傷していた。
――わざわざ魔術師を狙った?
俺の頭に疑問がよぎる。以前戦ったコボルトリーダーを考えるに、それくらいの知恵はあるかも知れない。いや、あると考えるべきだろう。しかし、複数同時攻撃でそれぞれの魔術師を狙うというのは、なんとも恐ろしい精度だ。どうすればいい?
だが、対処法を考えている暇はほとんどなかった。
女王の顎門が完全に開くと、またも槍の雨が降り注いでいく。感覚を強化していたお陰で、空気を裂いて飛んでくる槍の軌道がわかった。
――まずい!
槍の目標の一つが俺のパーティだった。つまり、後ろにいるマルシアを狙っている。やはり遠距離攻撃が出来る者から順に潰そうとしているのか。
黒騎士に指示を出そうとするが間に合わない。どうする――いや、迷っている暇はない。
俺は考えるより先に動き出す。槍の通過地点を見極めると、そのまま両手で握った片手半剣を思いっきり切り上げた。
俺の横を通過する槍。しかし、その先端には届かない。片手半剣は後ろぎりぎり、通常の槍でいうところの石突の部分に何とか引っ掛かった。
ガァンという大きな音とともに槍の後端が打ち上げられ、先端が大地を削った。そして、そのまましばらく回転しながら進んで行き、やがて勢いがなくなると大地へ落ちた。
俺は大きく息を吐く。なんとか最悪の事態を回避することは出来た。後先考えず全力で打ち込んだ所為か、手が若干しびれてはいるが、この程度ですんだのは幸運だろう。
近くに槍が転がり、事態にようやく気づいたマルシアが青い顔をしている。
「黒騎士! マルシアを守れ!」
俺は大きな声で黒騎士に向かって叫んだ。時間を置けばまた同じような攻撃を仕掛けてくるだろう。
黒騎士が素早く動き、マルシアと女王の間に立って盾を構えた。
「マルシアは変わらず魔石でガーディアンの処理。壁は俺とヨンドで何とかする。黒騎士は女王のあの攻撃だけに注意しろ」
更にマルシアとヨンドにも指示を出す。女王の攻撃も危険だが、差し迫ったガーディアンのほうが危ない。まずはこいつらを何とかしないと中央の冒険者たちの支援にも行けない。
その時、隣のパーティにガーディアンが襲い掛かろうとした。
生体活性・脚!
俺は一気にガーディアンに詰め寄ると生体活性・腕で吹き飛ばす。それを見ていたマルシアが援護の氷の矢を放った。
「アンタたちも眼の前のガーディアンに集中しろ! 後ろを見てみろ! 俺たちが抜かれたら女王討伐もクソもないぞ!」
魔術師を失い、半ば恐慌状態に陥っていた隣のパーティに叱責を飛ばす。後方には負傷者とその回復に当たる神官たちが居る。数人の死者は出ているが、負傷者が戦線復帰すればまだ盛り返せるだろう。
「――生きたければ戦え!」
俺の言葉と行動に正気を取り戻したのか、パーティリーダーと思しき戦士が自分の顔を叩いた。そして俺を見て頷く。
「……てめえら行くぞ! 冒険者の意地を見せてやれ!」
リーダーが大声を出す。二人の冒険者もその言葉に何とか力を取り戻した。武器を構え、憎々しげに眼の前のガーディアンたちを睨む。
「お前らは絶対許さねぇ!」
三人は大地を蹴り、ガーディアンに襲いかかっていった。
殲滅速度は若干落ちたが、ガーディアンを確実に一体ずつ潰していく。今は攻撃より防御が大事だ。
討伐隊のリーダーが無事だったため、断続的に放たれる槍の雨への対策は早かった。中央に感知系の冒険者をおき、観察に集中させる。女王が動き出すとともに警告を発し、後衛の防衛に回ったレベル5の冒険者たちがそれを聞いて迎撃体制に入る。
風のせいで女王本体には近づけない。ならばと討伐隊は周りから全ての魔物を殲滅させる作戦に切り替えた。風は女王の翅から前方に対して発動している。つまり周りの魔物を処理し、後方から攻撃を仕掛けられるようになればなんとかなると踏んだのだ。
神官たちの懸命の治療により、徐々に負傷者も戦線に復帰していった。
そして主戦力ともいうべき魔術師たちがレベル5冒険者に付き添われ、動き始めた。詠唱が響き渡り、魔力が収束していく。それに反応した女王が槍を打ち出すが、周りの冒険者がそれを阻む。
やがて生み出された魔力の塊たちが女王目掛けて打ち出されるが、同じ魔力の風に減衰させられるのか、女王本体に到達する頃には傷をつけるほどの威力を維持していなかった。せめて足元から攻撃できる岩槍があれば有効だったのかもしれないが、初撃で唯一の土魔術師が完全に潰されている。
効果が無いと分かるやいなや、魔術師たちも周りのガーディアン殲滅に切り替えていく。
女王の遠距離攻撃にさえ気をつければ不覚を取ることは少ない。崩れ始めた均衡。形勢は徐々に討伐隊に有利になっていった。
槍の雨が振り遊ぶ中、俺たちはついに最後のガーディアンにとどめを刺すことが出来た。討伐隊の面々に喜びの表情が浮かんでいく。これで後は女王を残すのみとなったのだ。
俺たちは頷き合うと、女王を包囲するように拡がっていった。
女王に近づくにつれ、薄暗かった奥の壁が見えてきた。一見、普通の岩肌に見えるが、よく見ると何かおかしい気がする。
その直感を信じ、俺は感覚強化を使って確認してみる。岩肌はなんだか波打っていた。不安に駆られ、感覚を更に強化する。その結果、ただの岩壁だと思っていたものは、均一な岩の集合体だと言うことがわかった。
いや、あれは――卵か?
確か女王はミネラルアントを生み出せると聞いた……これがそうか。
岩の卵と思わしき表面は脈動している。波打っているように見えたのはこれが原因だろう。
先程から嫌な予感が止まらない。先にこれを処分したほうがいいのではないだろうか。
しかし、どう伝える? 既に作戦は遂行中だ。俺たちだけが別行動をとるわけにもいかない。
悩みつつも、討伐隊が女王を囲み終えそうになったとき、不意に――女王が鳴いた。
次の瞬間、薄闇の奥から新たな魔物たちが生まれ始めた。




