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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第一章 冒険者の憂鬱
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第四話 奴隷商人と闇の獣

 テレシアの街、北門前。


 王都方面へと向かう道だけあり、人の通りが一番多い門だ。


 門の前の広場には出発前の冒険者や商人、馬車に御者とかなりの混みようだ。


 今回の依頼は商人の護衛。護衛依頼なんて久々だったが、今はこの街に居る気分になれない俺は内容も詳しく見ずに受けてしまった。


 故に微妙な後悔がある。


 護衛対象の商人が運ぶ荷は奴隷だった。


 別に奴隷に関してどうこうと思ってるわけではない。


 一部の国を除いて奴隷は一般的な労働力である。


 売る側も買う側も合法であるが故に、正規の手続きを踏んでいればなんの問題もない。


 ただ単に、一人の奴隷がひどく気に触ったからだ。


 奴隷の数は女性ばかり8人。人間族が4人、獣人族が3人、精霊族が1人。この最後の精霊族――エルフが問題だ。


 見た目は10代半ば、実年齢は分からないがエルフ特有の見目麗しい外見には文句のつけようがない。その中でも最も目立つ特徴は白に近い銀髪だ。エルフというとその殆どが金髪である。稀に突然変異で髪が銀になることはあるとは聞いていたが、実際見るのは初めてだった。こういう希少な奴隷は高く売れるだろう。奴隷は珍しければ珍しいほど求められるものだ。


 ここまでなら問題ないのだ。プラスの要素しかない。


 しかしそれを全て払拭しそうなほど、その奴隷の眼は死んでいた。


 冒険者をしてるとひどい扱いを受けて精神が崩壊する人間はよく見ることになる。魔物にさらわれたり、仲間に裏切られたり、奴隷として酷い主人に買われたりと様々だ。そして復帰できないと判断した人間に慈悲を与えることもある。


 その眼はそんな時の気分を思い出してしまう。


 しかもそのエルフの少女は虚ろな目でじっとこっちを見ていた。俺が何をしたというのだろうか。


 ああ、さっさと出発したい。




 今回の護衛は冒険者が5名、皆そろってレベル3だ。


 そもそもテレシアの街にはこれ以上のレベルの冒険者など滅多に居ない。首都から3日とほど近く、兵士達も優秀だ。そこら辺の冒険者達より才能があり、練度も高い。まあ、兵士の選考に漏れた奴らが冒険者やってるようなものだから当たり前の結果だろう。


 護衛の一日目は概ね平和だった。依頼の報酬は3日で銀貨20枚。襲ってきた魔物を倒した時の魔石は倒した人物のもの。わざわざ手を出さなくても他の冒険者が我先と処理してくれた。


 時折、あの視線を感じるが気にしないでおこう。


 久々の野宿はいい気分転換になった。普段、街から一日でいける範囲で狩りばかりしているとこういった感覚は新鮮だ。冒険者を始めた頃は野宿が多かった。先輩冒険者に野宿に慣れておくに越したことはないと言われ、遠目の依頼を受けたりしていたからだ。バルドルともその時知り合ったっけ。


 火の番をしながら己の武器の手入れをする。相棒の片手半剣はともかく、長年付き合ってきた他の装備はかなりガタが来ていた。


 最後に買い替えたのは何時だったっけか。遥か遠い記憶な気がする。


 火の番というのは暇なものだ。早く交代にならないものか。




 次の日もほぼ予定通りの行程を辿る。


 ガタゴトと馬車は相変わらずのんびりとした速度で移動している。


 暇つぶしにでもと思ったのか、奴隷商人が余計なことを喋らなければゆったりとした気分で護衛出来たものを。


 余計なことは、と言うと例のエルフの件だ。


 俺があまりに気にしすぎた所為か、商人には俺があのエルフに興味があるように映ってしまったらしい。


 つまりは商談。一介の冒険者にわざわざ売りつけんな。


 それであの銀髪のエルフ、名はシルヴィアというらしい。


 見た目通りの容姿と銀髪の希少性をアピールされるところまではまだ良かった。


 この世界に生きる生命には等しく祝福を受けられる可能性がある。何かしらの祝福を持つ人物はそれなりの地位が約束されている。剣の祝福なら騎士や上位の冒険者。魔術の祝福なら宮廷魔術師や研究者。傷を癒やす祝福なら神官や医者というように。


 シルヴィアの能力は大きく分ければ傷を癒やす祝福――いや呪いだった。


 彼女は確かに傷を癒せる。ただし自分の傷のみに限る。それも死んでも強制的に蘇生されるレベルで。


 その情報を受け取った時点で、彼女の扱いとあの眼の理由が理解できた。


 そう――実際に何度も殺されているのだ。ああ、胸糞悪い。


 横でその呪いの有用性をとくとくと語る奴隷商人。


 適当に相槌を打ちながら、心の中で八つ当たり的に奴隷商人に対する殺意を募らせていった。


 因みにまだ処女らしい。別にそんな情報は求めていない。




 昼間の奴隷商人の商品説明にうんざりとした俺に更なる厄災が降りかかってきた。


「敵襲! 敵襲だ! 皆起きろ!」


 やっと火の番も終わり、寝に入った俺の耳に怒号が飛び込んでくる


 流石に俺も冒険者である。すぐ横に置いてある相棒を片手に天幕から飛び出した。


 辺りを見回すと番をしていた冒険者二人は既に敵と交戦中だ。闇から襲いかかってきたのは、夜行性の狼ダークウルフ。


 毛並みは夜に溶けこむように黒く、常に群れで襲いかかってくる。


 素早いだけで一体一体の実力はさほどではない。レベル3の冒険者なら十分余裕を持って対処出来る敵である。


 一番手近にいたダークウルフが俺に気づき、襲い掛かってきた。その単純な突進を避けると同時に、勢いを利用して剣を薙ぐ。ダークウルフは胴を真っ二つにされて大地へと転がった。まずは一匹。


 残りの冒険者二人も戦闘準備が完了し、手近のウルフと対峙していた。


「ウォォォォォォォーン!!」


 辺りに雄叫びが響き渡った。それと同時にダークウルフたちが退いた。


 どこかにダークウルフ達のリーダーが居る。油断なく辺りを伺うが、闇の中ではどうにも識別が難しい。


 冒険者達はお互いに声を掛け合い、馬車を背にして囲むように広がった。奴隷商人も既に御者台に避難している。


 暫しの膠着。そして二度目の雄叫び。


 冒険者達それぞれにダークウルフが襲いかかった。少し遅れて隙を突くように二匹目が飛び出してくる。


 一匹目を蹴り飛ばし、二匹目を斬る。馬車を背にしている以上、後ろからの奇襲はない。俺達は目の前の敵に集中した。


 今斬ったのが何匹目か数えるのも面倒になってきた頃、ダークウルフより二回りは大きい狼が襲いかかってきた。


「やべぇ! シャドウウルフだ!」


 誰かが叫んだ。


 これまで同様勢いを利用して切り裂こうとしたが硬い毛皮には阻まれて剣が通らない。


 ダークウルフの上位種にあたるシャドウウルフ。適正冒険者レベルは4だ。


「ウォォォォォーン!」


 シャドウウルフの周りを黒い霧が覆う。そして霧の中から円錐状の矢が生まれていく。


「俺がシャドウウルフを抑える! ダークウルフ達は任せたぞ!」


 俺は叫ぶとシャドウウルフに向けて右から回りこんでいく。


 言葉に反応した冒険者達は立ち位置を変えて四人で馬車を守る体制を整えた。


 俺の動きに反応したシャドウウルフが黒い霧の矢を連続して放ってくる。


 俺は転がるように矢を避けると、腰にぶら下がっている投擲用の短剣を抜き取り、そのまま投げつけた。不安定な体勢で投げた短剣はシャドウウルフには当たらない。だが、注意だけは引けた。一気に間合いを詰めるとそのまま突きを放つ。しかしその一撃は身を捩るようにして躱され、再び間合いを広げられる結果となった。息をつく暇も与えられずに降り注ぐ黒い霧の矢。昼ならともかく夜の闇に紛れて放たれるそれを完全に避ける事は難しい。


「ぐうっ!」


 左の脇腹と右の太ももを貫かれ、思わずくぐもった声を上げる。


 だが止まる訳にはいかない。足を止めずにジグザグに動き、少しずつまた間合いを詰めていく。


 詰めては離れ、離れては詰める。


 何度繰り返しただろうか。俺は更にいくつかの傷を負ったが、相手に傷をつけることが出来ずにいた。


 息が上がってきた、これ以上血を流すのもマズい。残りの冒険者達も疲労の色が見えてきた。せめてリーダーを潰すことができれば……。


 これで決める。俺は心を決めると、残り少なくなった短剣を手に、シャドウウルフに正面から突っ込んだ。飛んでくる黒い霧の矢を必要最低限、致命傷となる部分だけを躱し、シャドウウルフの懐に飛び込んだ。また飛び退ろうとするシャドウウルフの着地地点に短剣を投擲、残りの全体力を使って更に追いかける。そして短剣にバランスを崩し、着地に失敗したシャドウウルフ目掛けて渾身の一突きを放った。


「グオォォォォォン!!」


 皮を裂き、肉を貫く手応えを感じる。そのまま剣をねじり、更に傷口を広げていく。


 必死に抵抗しようとシャドウウルフが俺の肩に牙を立てた。痛みが全身へと広がる。だが、ここで力を抜く訳にはいかない。


 そのまま数十秒。シャドウウルフの全身から力が抜け、息絶えた。


 一息つき辺りを見回すと、リーダーが倒されたのを理解したのか、ダークウルフ達が散り散りに逃げ出し始めていた。


 そんな光景を見て安心した俺は全身から一気に力が抜け、自分の意志とは関係なく大地に倒れこんでしまった。


 満天の星が見える。僅かな月明かりを浴びつつ、今日が晴れでよかったと俺はゆっくり目を閉じた。



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