第三十七話 訓練と技術向上
討伐隊の参加は決まったが、思いの外予定が空いてしまった。
ギルドが正確な情報を持ち帰るまでおおよそ五日かかるだろうし、俺たちは一日休暇をとっていた。本来ならば一日の休憩の後、魔物の巣にもう一度挑むはずだった。女王の報告を受けてからすぐさま潜り、五日で戻ってくれば問題はなかったのだろうが、その後また強行軍で潜ることになる。非常時ならともかく、今の状況でそれは避けたい。
警備の任務を受けようにも、魔物の巣のお陰で発掘作業は縮小中だ。現状の警備人数で十分回せるので空きがない。
「まあ、ゆっくりするかのう」
ヨンドはそう言うと鍛冶ギルドに引っ込んだ。ギルドでゆっくり出来るのかという疑問は尽きないが、俺たちは自分たちに出来ることをやるしか無い。
女王戦――正確には複数のガーディアン戦を見越して、今出来うる戦闘技術の向上を図ることとしよう。
そう決めると、俺たちは街の門から外へと出た。特に当てがあるわけではないが、感覚強化を使って、人気のない方へと向かう。一刻ほど歩き、俺たちは立ち止まった。
魔物が居るわけでもなく、かと言ってなにか特別なものがあるようなこともない普通の場所。
黒騎士とマルシアはお互いに距離を取り、対峙する。
マルシアの課題は魔石の集中時間の短縮。この回転率が上がるだけでも複数のガーディアン相手に対応出来るようになるだろう。
一方、守ることにしか向いていない黒騎士は反応と対応力の向上。マルシアには氷の矢と共に、本来の能力である植物制御で黒騎士に攻撃を仕掛けてもらう。
二人が俺を見る。その視線に対して、頷いた。
瞬間、黒騎士の足元の草が伸びる。予測していたのだろう、黒騎士は難なくと躱す。そこに小さな氷の矢が襲いかかった。仕掛ける氷の矢は大きい物だけではない。ガーディアンの盾を落とした後に打ち込むには小さい矢で十分だ。その切替と判断力も集中力の向上に一役買うだろう。
俺はしばらく二人の練習を見ていた。この分なら俺も自身の能力向上に勤しんだとしても問題はなさそうだ。
二人の場所から少し離れ、付近にある中で一番大きな木の近くに足を運んだ。
そして周囲から手のひらに収まる程度の手頃な石を回収していく。大きな木からそれなりに離れたところに石を集めると、一つ握りしめて構える。
生体活性・腕!
振りかぶると強化した腕で石をぶん投げた。目標は大きな木。しかし、石は遥か右を通り抜けていった。
「……やはり、狙いをつけるのは難しいな」
一人呟く。まあ、最初から命中するなどこれっぽっちも思っていない。しかし、この投擲が狙いどおりに出来るようになれば、ガーディアン戦でも有効に戦えそうなのだが……。
二つ、三つ、四つ。回数を重ねても安定はしない。右で投げたり、左で投げたり、投げ方を変えてみたりといろいろ試した見たが芳しくない。一度だけ木の端を掠ったが、その前の投擲と何が違ったのかすらわからなかった。むしろ、狙わないほうが当たりそうな気がするあたり問題だ。
元々、この力は自分には無い力だ。その感覚を掴もうとするにはかなりの練習が必要なのだろう。簡単に出来るはずがないと自分を励ましながら、俺は投石を続けていった。
マルシアの魔石も氷塊を作ると消費は激しく、俺の生体活性は十分間。いくら一瞬だけの強化とはいえ、そんなに長くは続けられない。
おおよそ一時間程度経っただろうか。練習を切り上げ、二人の元へと戻る。
シルヴィアとマルシアは木陰で休んでいた。さすがに黒騎士の中にいると暑さでやられそうなので、冷魔石の使用は許可している。それで逆に寒くなったのか、暑さでへばっているマルシアとは対照的に、シルヴィアは心地よさそうにしていた。
「マルシア、大丈夫か?」
「ふあーい、大丈夫です」
絞りだすようにマルシアが答える。この調子じゃもう少し休んでいたほうが良さそうだな。
俺も二人に並ぶように木陰に座り込んだ。陽射しが遮られた分、かなり涼しく感じる。
「ちゃんと水分とっとけよ」
水魔石を取り出し、水分を補給する。俺の言葉に二人も同じように水魔石を取り出した。
この季節の水は何よりも美味しい。まるで死の淵から生還を果したようだ。そんなことを感じるとなると、俺もかなり喉が渇いていたのだろうか。
マルシアも落ち着いてきたので、俺たちはゆっくりと街へ戻ることにした。
門からグラスの店に来る途中に食材屋がある。そこを通りかかった時のことだ。
「あ、食材買って行きませんか?」
マルシアが立ち止まり、俺に聞いてきた。
「討伐隊の保存食ならギルドの方で用意するぞ」
「違いますよ。普通の食材です」
食材の方向を指さし、マルシアが言う。
「買ってどうするんだ?」
「料理作るに決まってるじゃないですか」
確かにそうだな。それ以外思いつかん。
「どこで作るんだ?」
「グラスさんのところの台所借りられたら、そこで作ろうかなと。借りられなかったら宿で交渉してみます。いざとなったら宿の裏手で!」
まあ、どんな環境だろうとマルシアなら大丈夫だろう。
「しかし、なんでま――」
「シルヴィアちゃんを鍛えるんです!」
俺の言葉にかぶせるようにマルシアが大きな声を上げた。その声に何事かと店員や客がこっちを向いたが、そんなことを気にしてる場合じゃない。
「ちょっとまて!」
その言葉に俺は慌てて止めに入る。
「あんなの食材に対する冒涜です! 私がしっかり鍛えます!」
黒騎士はやる気を示すかのように大きく頷いていた。散々な言われようだが納得しているようだ。どう説き伏せたんだろうか。
俺はマルシアの剣幕に押され、二の句が継げなかった。
グラスは受付に突っ伏して寝ていた。盗まれても知らんぞ。
「おーい、こら起きろ」
幸せそうに眠るグラスの頭に手刀を落とす。
「ふげっ!」
そんなに力を入れたつもりはないのだが、体全体を使った大げさなリアクションでグラスは飛び起きた。
「なんだ、イグニスじゃないか。折角、気持ちよく寝てるのになにするんだよー」
ぷるぷると頭を降って眠気を取り去った後、俺に気づいたグラスは両手を上げ、非難の声を上げた。
「客が来たのに何言ってるんだ、お前は」
真面目に怒っている気がしないグラスの前に、補充するための魔石を並べていく。
「いつものたのむ」
「あーい、麦酒一杯っすねー」
「あるなら貰うぞ」
「ごめん、ない」
流れにノッてやったら困った顔しやがった。
「まあ、取り敢えずやって来るよ」
無造作に魔石を掴むと、グラスは奥に引っ込もうとする。
「ああそうだ。お前のとこの台所、借りていいか?」
そんなグラスを引き止め、黒騎士から皮袋に入った食材を受け取って見せた。
「……どういうこと?」
グラスは訳がわからないといった顔でこっちを見ていた。そんなグラスの視線から、俺は目線を逸らした。
訓練三日目。ようやく一つの結論に達した。
感覚強化!
俺は意識を腕に集中する。
生体活性・腕!
感覚が鋭くなったお陰で、腕が強化されていくのがよくわかる。そのまま振り上げ、手の中にある石を投擲した。石は目標の木に向かって突き進む。しかし、完全に目標を捉えることは出来ず、中央からやや左を刳りながらに飛び抜けた。
俺は大きく息を吐きだすと、強化を解く。しかし、投げた右腕は妙な違和感と痺れが残っていた。
試しにとやってみた二重強化。感覚の強化を一部分だけにし、そこにさらに生体活性を片手に掛けることで、ある程度狙い通りに投げられそうだ。
しかしその反動はすぐにやってきた。戦闘が出来ない……という程ではないが、感覚が強化した時の状態に引っ張られる所為なのか、一分程度はまともに動かすことが難しそうだ。しかし、これで狙ったところに投げられるなら鍛える価値はあるだろう。
俺は思わぬ成果に喜んだ。
そして、料理の訓練も三日目。
マルシアの奮闘のお陰で、シルヴィアの料理は食べられるものにはなった。料理の基本も知らなかったらしいので、そこから考えれば格段の進歩といえるだろう。
しかし、不味い。食料も尽きて、魔物の巣をギリギリで抜け出た時に食べたら美味しく食べられるかもしれない。
「ねぇ……なんで僕、巻き込まれたの?」
テーブルに突っ伏したまま、グラスが零す。
「……すまん」
同じような格好のまま、俺は謝った。




