第三十六話 女王と討伐隊
翌日の二人はいつも通りに振舞っているようにみえた。無理をしているのかもしれないが、無言のままよりはずっといいだろう。
今日はいつも通りの休暇だ。先ず俺たちは朝食を取った。昨日はあまり味わうことが出来なかったからなのか、マルシアは美味しそうに食べている。シルヴィアも若干昨日よりペースが早い気がする。
部屋に戻ってゆっくりしていると、扉がノックされた。近くに居た俺が対応して扉を開けると、そこには冒険の準備を整えたヨンドの姿があった。
「どうしたんだヨンド、今日は休暇の予定だろう」
一瞬、昨日の報酬と受け取りに来たのかと思ったが、明日になればどの道会うのだし、今日わざわざ受け取りに来る理由にはならない。何より格好が休暇を取るような姿ではないのが気になった。
「今朝、鍛冶ギルドに顔を出した時に聞いたんじゃが」
そこでヨンドは一旦区切り、息を吐く。
「――女王が見つかったらしいぞ」
一瞬耳を疑った。が、その意味をしっかり理解すると、俺は後ろを振り返った。
「取り敢えず冒険者ギルドに向かうぞ」
俺の言葉にシルヴィアとマルシアが頷いた。
急いで準備を整えると宿を飛び出し、足早に道を進んでいく。情報が伝わっているのか、街は魔物の巣が見つかった当初のような雰囲気を醸し出していた。
ギルドにはやはり冒険者が集まっていた。俺たち同様、女王発見の報を聞いて集まってきているのだろう。
中ではギルド職員たちが奔走している。皆、情報を求めているのだ。しかしこの人数、傍から見ても到底捌ききれるものではない。
「冒険者の皆さんが揃い次第、説明させて頂きます。それまでどうかお待ちください!」
職員が大きな声で叫んだ。
「そこら辺で待つとしようか」
俺たちは手近なテーブルを陣取り、腰掛けた。
この調子ならそんなに待たずとも説明が始まるだろう。慌てたところで何が変わるわけでもないし、俺たちはその時をゆっくり待つことにした。
「そういえば誰が女王を見つけたんでしょうね?」
「さて、誰だろうな」
適当に相槌を打つ。見つけた人物に特に興味はなかった。発見はほぼ運と言える。もちろん、そこまで行ける実力が無ければ話にならないし、俺のように感知系能力を持ってる奴が居たほうが有利だろうが。
周りの冒険者が徐々に増えてくる。俺たち同様、報告を聞いて駆けつけてきているのだろう。
「お待たせ致しました! 先ずはここに居る皆さんに現在判明している情報を公開致します」
俺たちが来てから約一刻。人が増えて窮屈になり、辟易し始めた頃に職員が叫んだ。
「なお、これからも魔物の巣に挑むことは構いませんが、女王には討伐隊を作り、当たる予定です。巣の構造上、全員と言う訳には行きません。勝手ながら今までの貢献に応じて、こちらで選別させて頂きます」
そう言うと、職員はパーティ名を呼び始めた。呼ばれたパーティでこの場に居る者は、受付にて参加の是非を示して欲しいとのこと。こりゃ俺たちの出番はなさそうだ。
全く知らないパーティ名が通り過ぎていく中、『狼虎』と言う名が耳に残った。
……そりゃ呼ばれるわな。
俺は辺りを見回してみるが、その『狼虎』の姿は見えなかった。もしかしたら女王を発見したのが彼等じゃないのかと思ったが、どうやら勘違いだったようだ。まだ魔物の巣を探索中なのだろうか。
――『フレースヴェルグ』。
更に、どこかで聞いたようなパーティ名が呼ばれた。
「わ、私たちも呼ばれましたよ!」
隣に居たマルシアの声でやっと理解した。ああそうだ、俺たちの名前じゃないか。まともに呼ばれたのは今回が初めてだから頭が追いついていなかった。
「ど、どど、どうしましょう!?」
マルシアは慌てている。
まあ、レベル4パーティに求められていることなんてたかが知れているだろう。取り敢えず、内容を聞くだけ聞いてみるか。
「落ち着け、参加するもしないも内容次第だ。討伐隊と言っても役割がそれぞれ違う。もしかしたら荷物運びかもしれないぞ」
実力から考えて、最低限のラインに引っかかったというところだろう。むしろそっちの方がいい。女王と単独対決などはさすがにないだろうが、どう考えても前衛は危険だ。
職員の発表が終わると、ほとんどの冒険者がギルドを後にした。残ったのは、俺たちを含めて二十人程度。呼ばれたパーティの半分くらいだろうか。それでも魔物の巣には多いような気がするがどういうことなのだろう。
「ま、とりあえず詳細を聞いてくる。皆はここで休んでてくれ」
そう言うと俺は受付へと向かう。同じように集まってきたのは、それぞれのパーティリーダーだろう。どこかで見かけたことがある気はするが、詳しくは覚えていない。そういった面々だ。
「それでは順にお願いします」
各々、受付で参加の有無を答えていく。俺のパーティは決めかねているので後回しにしておいた。報告を終えたパーティ一組一組が順にギルドを出て行く。今更になって遅れてきた冒険者たちも居たが、それは職員たちが個別に対応していた。
俺以外の全てのリーダーが報告を終え、戻っていった。
「『フレースヴェルグ』ですね。討伐隊の件は如何致しますか?」
俺の冒険者証を確認し、職員が問うてくる。
「その前に詳しい事を聞きたい。人数に関してと俺たちのようなレベル4パーティの役割についてだ」
その言葉に職員は頷いた。
「わかりました。先ず、レベル4相当のパーティには対女王戦ではなく、その周りから襲ってくると予測されるミネラルアントやガーディアンたちの相手をして頂きます。人数に関しましては、女王の居る部屋はかなり大きな作りとなっています。大人数での展開が可能な分、敵側もかなりの数がいることが予測されます」
「なるほど、把握した。その情報をもってもう一度仲間たちと話し合いたいのだが構わないだろうか?」
「分かりました。こちらも一度、情報の精査をするため、その調査が終わるまでに決めて頂ければ問題ありません」
となると、かなりの余裕があるな。そんなに急がなくても良さそうだ。
「了解した」
職員に礼を述べ、俺は仲間たちのもとへと戻った。
「どうだったかのう?」
俺が戻ってくると、ヨンドが促してきた。席に座ると、受けた説明をそのまま口にしていく。
「……じゃあ、私たちはいつも通りに戦えばいいってことですね?」
「数はかなり居そうだが、基本的にはそうだな」
マルシアの言葉に俺は頷く。
「だが、まだ受けるかは決めていないぞ」
「どうしてですか?」
不思議そうな顔のマルシア。どうやら俺なら直ぐに受けると思っていたようだ。
「他のパーティは既に覚悟を決めていたようだが、こういう話はリーダーの一存で受ける訳にはいかない。それにヨンドのこともあるしな」
「ワシかの?」
ヨンドは意外そうな顔をする。
「女王は鉱石回収とは何の関係もない。冒険者の領分だ。まあ、今までもほとんど冒険者と同じことをして貰ってたけどな」
「はっは。ワシが乗りかかった船を途中で降りるような輩に見えるのか?」
俺の言葉にヨンドが笑った。
「……いいのか?」
「愚問だのう」
さすがはヨンド。頭が下がる思いだ。
「そうか……シルヴィアとマルシアはどうだ?」
「……もちろん付いていきますよ!」
マルシアがそう答え、黒騎士が頷いた。
しかし、俺には一つ心配事があった。
「なあ、シルヴィア。討伐隊に参加となるとほとんど黒騎士の中で過ごすことになるんだが、大丈夫なのか?」
非常時以外に人前で鎧を脱ぐことは出来れば避けたいところだ。その言葉に対し、シルヴィアはコクリと頷いた。
詳しく聞いてみると、魔物の巣で冒険者パーティに会った時、色々考えていたらしい。中にいても寝やすいように内部を改造した結果、下手にゴツゴツした岩肌よりは快適とのことだ。
このまま黒騎士の中に引き篭もらなければいいのだが。




