第三十五話 犠牲者と弔い
マルシアの巨大な氷矢がガーディアンにぶち当たる。魔力を調整し、通常時の十倍ほどの大きさになっていた。
貫かない矢。それはもはや矢でも何でもない、ただの氷塊だ。
盾で受け止めてもその勢いは止まらない。大きくバランスを崩したガーディアンに接近し、俺とヨンドはそれぞれ槍と盾をもつ脚を斬り抜いた。そして更に残りの脚も切断して無力化すると、とどめを刺さずに踵を返す。
ここは袋小路。まるで発掘現場のように通路の先は広がっている。
そこに居たのはガーディアンが二体。その片方を黒騎士に任せ、俺たち三人でもう片方の相手をしていた。
黒騎士が一人で抑えているガーディアンに、俺とヨンドが接近していく。その間にマルシアが次の矢を作っていた。俺たちの入るタイミングに合わせてそれを放つ。着弾と同時に黒騎士の左右から俺たちが突っ込んだ。
同じように無力化した後、二匹共にとどめを刺す。
戦闘の余韻が去り、普段であれば一息つくであろうが、今回ばかりは違った。
この袋小路にはかなりの量の鉱石が転がっていたのだ。鉄と以前手に入れたウーツ鋼ぐらいしか俺には区別がつかないが、ヨンドは上機嫌で辺りを調べ始めた。
かなり大きな食料庫なのか、数が多くて全てを運び出せそうにない。とりあえず俺たちは、価値がありそうなものを優先して集めることにした。
ヨンドが調べまわっている間、俺は魔石を回収する。黒騎士は大皮袋を引っさげ、ヨンドの後について回っている。
「いや、なかなかの収穫じゃった」
しばらくするとヨンドが戻ってくる。どうやら期待が持てそうだ。俺たちは顔を見合わせて笑みを浮かべた。
丁度いいタイミングで鉱石を回収出来たので、俺たちはそのまま帰路についた。これからは来た道を戻るだけの単純な行程になる。時折感覚強化使うだけで、危険はほぼないだろう。
「まて!」
俺は全員に静止をかけた。あたりにうっすらと漂う異臭に気づいたからだ。
――血臭。
ミネラルアントたちは臭いも無く、血も出ない。と、なると答えは一つしか無かった。
俺の言葉に各々異変を察したようだ。俺たちは頷き合うと、その匂いを辿っていく。感覚強化には生きているものの反応はない。
ランタンが徐々に先を照らしていく。そこに浮かび上がったのは倒れこんだ人の姿だった。こんなところに居るのは冒険者以外あり得ない。その周囲には漏れ出た血が溜まり、暗闇の中に広がる光景はこの世のものとは思えない。
「……」
俺たちは無言で冒険者に近づいていく。しかしマルシアだけはその光景に怯え、立ちすくんでいた。無理もない。ギルドの職員をしていたとはいえ、直に冒険者の死体を見ることは少ない。ほとんどの場合は冒険者証が届けられたことによる確認だ。ましてやこの暗闇の中だ、恐怖心を煽るには絶好の場所だろう。
俺とヨンドは死体を道の端に寄せ、慣れた手付きで懐を漁って冒険者証を探す。身体は既に冷たい。周りにも魔物が居ないことから、それなりに時間が経った後なのだろう。
冒険者たちは三人だった。その内の一人は見習い鍛冶師のドワーフだ。突き刺された痕からしてガーディアンとの戦闘に敗れたと見える。
俺たちは証を発見すると、次に冒険者の荷物を回収する。死亡した冒険者を発見した場合、冒険者には証を回収し、それを報告する義務がある。その代わり、冒険者の所持していたものは発見者のものとなる。志半ばで倒れた者のためにも、せめて有効に活用しよう。
そして最後に冒険者の武器である片手剣を手に取ると、それを構えた。ランタンの灯を浴びて、刀身が鈍く光る。
俺は黙祷を捧げ――ひと思いに冒険者の首を狩った。
「――ひっ」
後ろでマルシアの小さな悲鳴が聞こえる。
死体は放っておくと不死者として魔物になることがある。それを防ぐための処置だ。冒険者をやっている以上、いつか俺も逆の立場になるかもしれない。
片手剣を持ち主である冒険者の胸の上に置くと、もう片方の冒険者の武器を手に取り、同じことを行う。
そして最後に見習い鍛冶師の前に立とうとすると――。
「ここはワシがやろう」
ヨンドがそれを遮った。
俺は頷くと、後ろに下がっていく。
見習い鍛冶師には武器がない。ヨンドは自分の片手斧を握り直すと、黙祷を捧げた。
「先逝く者に精霊の導きを」
そして躊躇うことなく、片手斧を振り下ろす。
本来であればちゃんと弔いたいところだが、ここは魔物の巣。これ以上のことは出来そうにない。
「……行くぞ」
俺たちは再び歩き出した。
魔物の巣を出るまでの二日間。シルヴィアとマルシアは必要なこと以外、ほぼ無言だった。
鉱石を発見した喜びも、気づけば霧散していた。なんとも言えない重苦しい空気の中、俺たちは予定通りの行程を辿っていく。
鉱山を出ると光が目を刺す。なにせ五日振りの外だ。落ちゆく陽でもその光量は十分だった。
ギルドで精算と報告、そして証の提出を済ませ、宿へと戻る。ヨンドは鍛冶師ギルドに報告するため、鉱山入口で別れた。報酬は後日分配ということで話しはついている。
荷物をおき、食堂へと繰り出すが、やはり二人は言葉を発しない。
久々の種類が豊富な食事だというのに、マルシアの顔は曇ったままだ。一方、元々口数が少ないせいもあるだろうが、シルヴィアの態度はいつもと変わらないように見えた。
酒でも呑むかと聞いてみるが、マルシアは首を横に振る。さすがに俺だけ呑む気にもならないし、今日のところは止めておくことにしよう。
疲れもあるだろうし、他にすることもない。俺たちは早めに休むことにし、ベッドに潜り込んだ。ランタンを消し、いつも通りベッドの中央に俺、左右にシルヴィアとマルシアが横になる。
いざ眠ろうとすると、マルシアは俺の腕を抱きつくようにぎゅっと握ってきた。
「……イグニスさんは、死なないでくださいね」
そして耳元で呟いた。ともすれば聞き逃しそうな、とても小さな声だ。
「今さら何言ってんだ、俺の性格は知ってるだろう。簡単にくたばったりはしないさ」
そう言って俺はマルシアの頭を撫でる。それに安心したかのように、少しだけ腕を握る力を弱めた。
「……はい」
マルシアは小さな笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。疲れていたのだろう、ややすると小さな寝息が聞こえてくる。反対側では、シルヴィアも同じように寝る体勢に入っていた。
若干の動き辛さを感じながら、俺も眠りへと落ちていった。
ベッドの軋みに俺は目を覚ます。
辺りは暗い。まだ日の明ける兆候すらなさそうだ。
首をまわして隣を見ると、そこにはシルヴィアの姿がなかった。
俺はゆっくりと身体を起こしていく。マルシアに囚われていた腕は、いつの間にかに解放されていたようだ。
寝る前のような深刻さは抜け、マルシアは無邪気に眠っている。ダンジョンでは気が休まる暇がなかったからな。ようやくゆっくり休めたのだろう。
そんなマルシアを起こさぬよう、十分に気を使いながらベッドから降りた。
薄闇の中、窓から月の光が差し込む。シルヴィアはその月明かりを浴びるように、窓の前に立って空を見上げていた。
「……眠れないのか?」
シルヴィアの隣に立つと、同じように空を見上げた。月は変わらず、柔らかな光を湛えていた。
「……私は、死ねることは幸せなことだと思っています」
ややあって、視線を空に向けたままシルヴィアが呟く。
「……そうか」
俺はゆっくりと相槌を打った。
「……でも、ご主人様には死んでほしくありません」
その言葉に俺は何も言わずに、シルヴィアの頭に手を置いた。そのまま撫でようとしたが、その前にシルヴィアが身体を預けてくる。思わず抱きとめると、シルヴィアはそのまま瞳を閉じた。
俺はしばらくそのまま、シルヴィアの頭を撫でていた。




