第三十四話 ミネラルアントとガーディアン
「……なんだか悪夢を見た気がします」
良薬口に苦しと言えばいいのだろうか。テンションは下がっているが、マルシアは無事復帰を果たした。
宿前でヨンドと合流した俺たちは、しばらくの間ちゃんとした料理は取れないとわかっているため、朝食をゆっくり味わって食べることにした。
腹をしっかりと満たした後、魔物の巣へと向かう。食料は大きな革鞄にまとめて詰め込み、黒騎士が背負っている。こういう時、疲れを知らない黒騎士は便利だ。すっかりパーティの運搬役になっているな。体内に物詰め込んでいるし。
俺たちは地図を広げ、道順を改めて確認する。表層はすみやかに抜けて、未情報のエリアを進んでいくのは当り前だが、大体の冒険者が同じことを考えているだろう。そこで俺たちは中央突破を諦め、端から進んでいくことにした。
女王を発見するのは諦める。元より先行している奴らに追いつく可能性は低いし、無理やりに進むだけ進むのは危険だ。ならば未発見地域を狙い、鉱石を狙っていくことにした。
一週間の探索で魔物の巣にはだいぶ慣れた。直線に伸びる道は見通しやすい。地図上で確認した十字路手前だけで感覚強化を使うようにして、俺たちは一気に表層を駆け抜けた。
既に地図に記入されている場所は、ほぼミネラルアントと出会わないと思っていい。稀に奥から進出してきた奴が居るくらいだ。
その甲斐あって、未表記場所まで三時間程度で着くことが出来た。ここからは戦闘の危険性が高まる。俺たちはその場に立ち止まると、前面の警戒をしつつ、しばらく休憩を取ることにした。
「やっと休憩ですねー」
マルシアがどさっと大地に腰を下ろす。それを皮切りに皆、その場に座り込んだ。
俺は水分補給のために自分の水魔石を取り出し、顔の上に持ってくる。口を開けてそのまま水を流しこむが、どうにもこの魔石、器が欲しくなる。わざわざその為に荷物を増やすのもあれだが。
「生き返るぅ」
それぞれも水分補給を始める。ヨンドは俺と同じように、シルヴィアとマルシアは両手を器のように合わせ、そこに魔石を置いてすするように飲んでいた。
一刻ほどの休息を終え、再び俺たちの探索が始まる。
ミネラルアントが大地に沈む。
これで八体目だ。俺は魔石の回収をヨンドに任せ、周囲を確認した。
かなり進んできたからか、ミネラルアントと出会う回数も増えてきた。それでも以前と比べれば、全体の数は減ってきているように感じる。
既に二度の休憩を終え、そろそろ今日の活動を終えようかと俺たちは話しあう。
魔物の巣は常に夜のようなもの。そして空は何時まで経っても岩ばかり、時間の経過もあやふやだ。疲れも溜まりやすいだろう。自分の基準ならまだ動けるし、ヨンドと常に黒騎士に乗っているシルヴィアはともかく、マルシアの体力が心配だ。まだ一日目、無理をする必要性はどこにもない。
「それじゃそろそろ野営の準備に入るとするか」
適当な道の中央で俺たちは準備を始める。戦闘するだけなら十字路の方がいいが、四方からの襲撃が心配される場所で休むわけにも行かない。
干し肉の上にチーズを乗せ、火魔石で少し炙る。それをパンに挟んで簡単な夕食とした。シルヴィアやマルシアは美味しそうに食べていたが、保存食の種類は限られている。後半には飽きていることだろう。
なんやかんやで腹も満たされ、俺たちは順に番を決めて休んでいった。
二日目も同じようなものだ。
出会ったミネラルアントに対処し、鉱石を探していく。
しかし、袋小路で鉄塊を手にいれたこと以外は特に変わりはなかった。運搬用の大袋に突っ込み、黒騎士に引っ掛けておく。普通のパーティなら鉄を回収することはあまりないだろう。大量に供給もあるし、何より価値に対して重すぎる。
他のパーティでは見習い鍛冶師が運搬を担当しているらしいが、こっちの見習い鍛冶師は主力級だ。荷物運びなんてさせられるわけがない。
そろそろ休むかと思い始めた頃、一組の冒険者パーティと出会った。
「よう、ヨンドじゃねーか」
パーティの後方からついてきている見習い鍛冶師が声をかけてきた。どうやら鍛冶師ギルドの知り合いらしい。
俺はそこでほっとした。相手の冒険者も多分、同じ心境だろう。こういう状況で面識のない冒険者同士はどこまで信用出来るか難しい。人は寝てる時が一番無防備だ。寝た振りをして寝首をかかれたら一溜まりもない。
冒険者パーティと協力して野営することになった。シルヴィアが黒騎士の中から出れなくなるが、今日のところは我慢してもらうしか無い。面識があり、いざという時の戦力が強化。この時点で断るのは難しい。
今回の番は俺が最初だ。相手のパーティは俺たちと同じ四人。しかし、一人は見習い鍛冶師なので実質三人だ。三交代で向こうからも一人ずつ共にすることとなった。
俺と一緒に番をするのは向こうのパーティリーダーだ。
「よろしくな」
「ああ、よろしく頼む」
挨拶に対し、俺も手を上げて返答する。
俺たちは道の両側にそれぞれの光魔石を置き、道の視界を広く取った。
「そっちの状況はどうだい?」
俺とは反対側の道に座るとリーダーが聞いてきた。
「ぼちぼちさ、ミネラルアントの魔石だけが溜まっていく」
「はは、似たようなもんか」
どうやら向こうのパーティもこれといった成果をあげられていないようだ。
「食料ももう帰り分しかないし、経費を考えたら微妙かな。まー普通に警備するよりは稼げたけどね」
向こうのパーティは翌日帰還するらしい。と、言うよりは既に帰還途中か。
俺たちはしばらく魔物の巣について話し合った。そのほうが時間が潰せる。他愛のない会話が大部分ではあったが、その中でもこの先の情報についてはとても有り難いものだった。
今度、街で見かけた時には酒でも奢ることにしよう。
岩の槍が黒騎士とヨンドの間に突き刺さる。
「おっと、危ないのう」
ヨンドが緊張感の感じられない声で呟いた。
迂闊だった。
いつも通り感覚強化でミネラルアントの接近を確認し、こちらから襲撃する予定だった。しかし、十字路の奥から現れたのはミネラルアントガーディアンだった。
見た目はミネラルアントとほとんど違いがないが、好戦的でその手に岩の槍と盾を装備している。戦闘を目的としているだけあり、通常のミネラルアントと比べてもその動きは洗練されていた。今までのミネラルアントと思って戦うと大怪我しそうだ。
ヨンドが釣り、その死角からマルシアが氷の矢を放つ。それは頭に吸い込まれていく――と思った瞬間、岩の盾が防いだ。一見、その盾は岩の塊に見える。だが、氷の矢がぶつかったところの岩が剥げ、そこから黒い部分が顔を出した。芯の部分は金属なのだろうか。
反応も早い。硬いだけというイメージだったミネラルアントにレベル相当の速さを足した感じだ。戦闘に特化すればあのミネラルアントでもこれくらいになるのだろうか?
盾を見るに、武器も同様だろう。
黒騎士が大盾で岩の槍を受けた。勢いに耐えるように、黒騎士の足が大地を抉る。さすがにその防御力を貫けるほどの威力はない。その横っ面にヨンドが跳びかかり、渾身の一撃が叩きつけられた。しかしそれも盾で防がれてしまう。
その二人の合間を縫って、俺はガーディアンの懐に潜り込んだ。両手を塞げば反応できまい。そのまま盾を持つ脚を切り落とそうと剣を構えた。しかし次の瞬間、俺は下からの攻撃に打ち上げられてしまった。
確かに槍と盾は封じられた。しかしガーディアンの脚は六本。主に攻撃として動かしているのは二本だが、蹴れないというわけではない。俺は3つ目の脚に弾き飛ばされたのだろう。
大地に落ちると同時に、背中に衝撃が走った。
「ぐっ!」
思わず呻き声を上げてしまったが、悠長に寝っ転がっている場合ではない。足を振り上げ、そのまま振り下ろす勢いとともに立ち上がった。
俺の手前まで黒騎士とヨンドが下がってくる。
「大丈夫ですか!?」
そしてマルシアが俺の後ろに移動して、再び態勢を整えた。
槍と盾に意識が行き過ぎた。失態だ。
「ああ……少し自惚れてた。生体活性で一気に叩くぞ」
俺の言葉に三人は頷く。
再び黒騎士がガーディアンの前に立ち、槍の一撃を捌いていく。先ほどのヨンドの代わりに、俺が生体活性・脚で一瞬で間合いを詰める。そして最後の一蹴りで跳び上がると生体活性・腕に切り替え、全力の一撃を振るった。
ガーディアンは盾で防ごうとするが構うものか。
盛大な音をたて、押し返された盾とともに衝撃がガーディアンを襲う。大きくバランスを崩したところにヨンドが接近、そのまま盾を持つ脚を切断した。
盾が落ち、音が響く。岩と金属、その重量は想像に難くない。
盾を封じれば楽なもの。続いて放たれるのは氷の矢。ガーディアンは自らを守る術を失い、その身体で受け止めることとなった。
そこからはミネラルアント同様、他の脚も順次斬り落とし、最後に頭を潰して倒すことが出来た。
「問題は盾じゃな」
ヨンドが大地に転がっている盾を調べながら言った。その分析によると、やはり盾の内部はかなりの厚さを持った鉄らしい。こんな重いものをよく操れるものだ。
魔石の回収を黒騎士に任せ、俺はもう一度周囲の警戒をしながら、今後の戦い方を考えた。
生体活性を前提に戦闘するのは好ましくない状況だ。通常のミネラルアントと同じように、基本的な型を作っておきたい。さっきみたいにバランスを崩せるほどの攻撃ができれば……。
「マルシア、氷の矢はどこまで大きく出来るんだ?」
手持ち無沙汰にガーディアンの盾を覗きこんでいるマルシアに声をかけた。
「えっと……一度やってみないとわからないですね」
「魔石の魔力はどれくらい残っている?」
「節約してますし、ほとんど残っていますよ」
「そうか……それなら大丈夫そうだな。撃たないでいいから、出来るだけ大きな氷の矢を出してみてくれ」
「はーい」
マルシアはいつものように杖を自分の胸の高さまで掲げ、前方に向けて構えた。そして意識を集中すると氷の矢を作っていく。本来であれば直ぐ打ち出せるのだが、普段とは比べ物にならない大きさの矢を作るためか、なんだか時間が掛かっているようだ。
矢は大きくなっていく。どんどんと、どんどんと――。
「まった! もういい!」
俺は思わず叫ぶ。杖先から生じ、どんどんと大きくなった氷の矢は地面を削り始め、更に天井に向けて伸びていく。
「あ、はい」
静止の言葉を聞き、マルシアが氷の矢を解き放った。先端が頭を垂れ、大地にドンと落ちる。相当な重量なのか、響く音も大きい。
出来上がった円錐の矢は、底の面がマルシアの背の高さよりも半分ほど大きく、底から先端までの長さに至ってはその倍くらいにもなった。
「……邪魔じゃな」
ヨンドの呟きに俺は無言で頷くしかなかった。




