第三十二話 狼虎と加速する会話
魔物の巣発見の報から一週間ほど。
俺たちは日々、魔物の巣に挑んでいった。目当ての鉱石も、纏まった数のウーツ鋼を手に入れることに成功した。アルフの槍にも使われていたその鉱石は、冒険者の中でも人気が高い。まあ、財宝というには微妙だが、魔物退治のオマケとしては十分過ぎる報酬だ。
警備の時によく見かけた掘り出されたばかりの鉱石とは違い、巣にあったのは不純物が取り除かれ、まるで精錬されたかのような綺麗なものだった。ヨンドに聞いてみるとミネラルアントが食べやすいように自ら加工しているらしい。
ようやくギルドの大地図に、徒歩半日圏内の情報がすべて記載された。これ以上先を進むとなると、巣の中で日を跨ぐ必要が出てくる。もちろん、既に先行して何日も潜伏している冒険者は居るが、その内の半分は未だ帰らない。やられたのか、更に奥に進んだのか、それとも未だに迷っているのか、それを知る術はない。
当然、負傷者もそこそこ出る。中には死体を発見し、その証明に冒険者証を持ち帰ってきた冒険者も居た。
そんな冒険者たちの中で、特に目立っていたのは『狼虎』と言うパーティだった。最初はそんな奴も居るんだなくらいにしか思っていなかったが、そのパーティの詳細を耳にしていく度、俺の中にある人物の顔が浮かんでいった。
「よう、おめぇたち。ちゃんと生きてるな」
そう、こいつだ。
魔物の巣からの帰り、いつもの様に精算と報告を終えて戻ってくると、待合室のテーブルに腰掛けていた虎の獣人フゥが声をかけてきた。
「アンタよりかは魔物の巣のほうが安全だからな」
「そりゃちげぇねぇ」
フゥが豪快に笑う。この時点になってようやく、フゥの隣に狼の獣人であるエンブリオがいることに気付いた。あえて気配を殺しているのか、それが素なのかは判別がつかない。
「そういや最近『狼虎』って聞くが、もしかしてお前たちのことか?」
頭に浮かんでいた疑問を言葉にする。
「おう、わかり易い良いパーティ名だろ」
「そのまんま過ぎて逆にわからなかったぞ」
俺は呆れたように言った。『狼虎』は数日間、魔物の巣に篭っていたパーティの一つだ。
「そっちの首尾はどうなんだ?」
「まあ、手堅くやっているよ。死んだら元も子もないからな」
「くっくっく。相変わらずお前は慎重だな」
出会った時のやり取りを思い出したのか、にやけ顔だ。
「ああ、それが俺だからな」
両手を上げ、俺はおどける。
「なあ、マルシアちゃん。そろそろこいつに見切りをつけてこっちに来ないか?」
そんな俺を放おって、フゥはいつも通りマルシアを口説き始めた。
「結構です!」
同じく、いつも通りのマルシアの返答。
「……毎回やっていて飽きないのかお前は」
エンブリオは呆れたような声で言った。しかし、このやり取りにもだいぶ慣れたようである。初めてあった時なんか、フゥの言葉に本気で戦力分析とか始めたものだ。
「まったくもって、そのとおりだ」
俺はエンブリオに意見に賛同した。
「……告白するならさっさと告白しろ。お前のはっきりとしない態度を見ていると吐き気がする」
どうやらフゥの態度に辟易しているようだ。よくよく考えれば白黒つけたがるのはフゥも一緒だ。しかし、何故かマルシアに対しては臆病な態度をとっている。
「……む、うーむ。いや、な。断られたら……その、どう接していいかわからないだ、ろ?」
ああ、コッチ方面には奥手な奴か。俺はその言葉に思わず吹き出してしまった。本人を目の前にしてなにを言ってるんだこいつは。
「おい、てめぇ! 何笑ってやがるんだ!」
当然、フゥは怒った。悲しいことに先ほどの態度の後ではこれっぽっちも迫力がない。
「ははっ、一流の冒険者様が何言ってるんだ。理屈はつけないつもりじゃなかったのかよ」
俺は笑いながら言う。初めてあった時とはなんだか立場が逆転している気がする。
「……むぐ」
フゥが言葉に詰まった。マルシアに視線を向けると、どう反応していいのかわからないといった感じで、困っている。
しばらく、なんとも言えない沈黙が辺りを支配する。
気がつけば、なんだか俺たちは周りから注目されていた。冷静に考えて相手はそれなりに有名な『狼虎』。そして揉めてる原因は女関係。俺が観客の立場だったら、面白がって覗いていただろう。そう考えた時、観客に紛れて楽しでいるヨンドの姿が目に入った。こら、なに他人の振りしてんだ。
「まあ、ここで長々と話をしていても邪魔になるだけだ。取り敢えず飯でも食いに行かないか?」
居た堪れなくなり、俺は言葉を発する。それを聞いて、皆が頷いた。
折角情報の塊の『狼虎』が居るんだ。ついでに色々聞き出すとしよう。
最初に言っておくと、軽く食事をするだけのつもりだった。
しかしさっきの反動か、酒が入るとフゥの口が加速する。
そしてマルシアがフゥの口撃に耐えられなくなったのか、酒のペースを上げる。
観客を決め込んだヨンドが酒を呑んではにやけている。
シルヴィアとエンブリオは我関せずと黙って食事をしている。
ああ、事態は混迷を極めている。誰か何とかしろよ。
「だからぁ! 私には好きな人が居るって言ってるじゃないれすか!」
ドンっとマルシアがテーブルにジョッキを叩きつける。
「そいつぁ誰なんだ!? 俺がぶっ倒してやらあ!」
それに対抗してかフゥもテーブルを叩く。壊したら弁償しろよ。
俺は口を挟まない。どう考えても俺に被害が来るからだ。俺も酒に逃げるのが良いのかもしれない。
今日の冒険も終わったので、こっそりと感覚強化を使う。うん、この肉美味いな。
食堂には同じように騒いでる奴らが居る。俺たちだけが目立っているわけではないので一安心だ。しかしながら、騒いでいる奴のほとんど冒険者だ。改めてみると冒険者って柄が悪いよなあ。
手持ち無沙汰なのか、シルヴィアが酌をしてくれる。俺はシルヴィアの頭を撫でながら、酒を味わうことにした。
「――っ」
俺の隣にマルシアが居るため、二人の会話が否応なく耳に入ってくる。既視感。どうやら話題がループしているようだ。さっき同じやり取りをしていただろう、お前ら。
いつも通り反対側にはシルヴィア。その隣にヨンド、エンブリオと続く。そこで俺は当初の目的を思い出した。
俺は無言で立ち上がると、ヨンドのところまで行き、席を変わってもらう。酒も無くなったので、ついでに注文をしておいた。
「……情報か?」
席につく俺を見てエンブリオが呟いた。
「さすが、話が早い。ここは俺たちが持つ。代わりにと言っちゃなんだが、問題ない範囲で教えてくれるとありがたい」
「既にめぼしい情報はギルドに売った。俺たちが分かる範囲でなら答えてやろう」
注文した酒がやって来る。俺が酒を勧めると、エンブリオは黙って受けとった。
「それで、アンタたちはどこまで潜ったんだ?」
「五日間だ……そうだな、あくまで主観でしか無いが」
一度話を切り、エンブリオは酒を煽る。
「……ガーディアンと多数接触した事を鑑みると、迷わず最短を歩いて二日。多分そこが奥部だろう」
俺は天井を見上げ、頭の中で考える。二日か、戻ることを考えても四日。一日、捜索や戦闘に費やすとして五日か。
「女王は発見したのか?」
「いや、残念ながら見つけていない。発見したらそれなりの報酬があったのだがな」
俺は頭を掻く。確か女王発見の報酬は金貨100枚だったっけか。それでそれなりとはさすがと言うべきか。
「距離がわかっただけでもありがたい。食料を持ち込む目安になる」
ああ、とエンブリオは手を挙げる。
「聞いてくれよエンブリオよぉ。大体よぉ、俺はいつもそうなんだ。なんで――」
フゥがエンブリオにくだを巻き始めた。どうやらマルシアが潰れたらしい。注文した食事も平らげたし、そろそろ頃合いだろう。
俺は目配せをすると二人以外の全員が頷き、黙って立ち上がった。
会計を終え、俺たちは各々食堂を出る。フゥはエンブリオの肩を借りて何やら言っている。
「……お互い大変だな」
寝込んだマルシアを背負っている俺に、エンブリオが声をかけてきた。
「……ああ」
なんだかエンブリオと少しだけ分かり合えた気がする。




