第三十一話 地図と情報
太陽がしっかりと顔を出した頃、ヨンドが迎えに来た。最初の集合場所は鉱山前だったのだが、他の冒険者も多いとのことなので先に集まることにした。
昨夜、酒樽のほとんどを飲み干したはずのヨンドは、何事もなかったかのように平然としている。俺もかなり遅くまで付き合っていたのだが、これ以上呑むと明日に響くというところで止めておいた。
「そういえばお主は装備を変えないのか?」
出会ってからまったく変わらない俺の装備を見て、ヨンドが聞いてきた。
「それがなあ……とりあえず薦められた胸鎧を試着してみたんだが、慣れるまでに時間がかかりそうでな。どうしようか迷ってるうちにこの魔物の巣騒ぎだ。こうなると増々変える機会がなくなってな」
自分の装備を見回しながら俺は答えた。十年間、ほぼこのスタイルでやって来たのだ。重さが変わるとどうにも違和感が出る。
「なるほど。取り敢えずこの騒ぎが収まるまではそのままが良さそうだのう」
ヨンドは納得がいったと頷いた。
朝だというのに街は賑わっている。鉱山に向かって伸びる道には冒険者たちの姿。路端にはちょうどいいタイミングで行商に来た商人たちが、ここぞとばかりに店を開いている。どこにでも売っている武具はともかく、冒険に必要な薬草類の需要が高まり、値段も跳ね上がっていた。
どうやらギルドでは薬草類の高価買取をしているらしいが、レベルの低い冒険者ならいざしらず、大抵の冒険者はそんな依頼には目をくれなかった。
「やれやれ、本当に祭りみたいな気分になってきた」
俺は辺りを見回しながら思わず呟いた。
隣を歩くマルシアはいつも通りのテンションだが、シルヴィアは昨日からの街の様子に馴染めず、黒騎士の中に引っ込んでいる。
俺たちは流れに逆らわず、他の冒険者と同じように鉱山への道を歩いて行った。やがて見えてきた鉱山の入口には冒険者たちがたむろっている。何故かと思ったが、その答えはすぐに見つかった。
巣を掘り当てた場所は小さな採掘場。そこに至る坑道も、大人二人がギリギリ通れる程度だ。広い中央坑道と比べても仕方のないことではあるが、これでは冒険者の循環が悪いのはどうしようもない。
魔物の巣に入るための順番待ちと言う、なんとも滑稽な列に俺たちは並ぶ。
周りのパーティを覗き見てみると、やはりほとんどのパーティに一人はドワーフが居た。例の見習い鍛冶師たちなのだろう。中には戦闘には適さないような格好の人物も多かった。いざと言う時の耐久性と機動力。どちらがいいかは一概には言えないが、両方得ようとして中途半端になっている気がする。今の俺が胸鎧を着ているようなものだな。
まあ、他人の心配より自分の心配だ。俺にはいざと言う時のシルヴィアの回復貸出という保険があるが、油断しないに越したことはない。致命傷だったら一撃で終わってしまう。
列が流れ、俺たちもようやく魔物の巣に一歩を踏み出すことが出来た。
先ほどまでの坑道とは打って変わり、巣の内部に通じる道はかなりの広さだった。それこそ中央坑道並みである。ここでなら戦闘になっても動きやすい。先日調べた資料に寄ると、元々この巣を基準として坑道が出来たはずだ。中央坑道はこの大きさを参考としているのだろう。
「それじゃ行くか」
俺は三人に声をかけると、先頭を歩き出した。
感覚強化を使って周囲を確認する。さすがにこの付近にはミネラルアントたちは居ないようだ。冒険者たちがここから進んで行ったのだから当たり前か。
しばらくのんびりと歩を進めていくと、先に乗り込んでいた冒険者たちとすれ違った。どうやら負傷者が出たので一度帰還するようだ。この巣がどれくらいの大きさがわからない以上、適当なところで切り上げる必要がある。最優先事項はパーティの安全だ。
「そっちの彼は大丈夫か?」
俺はパーティに声をかけた。取り敢えず、少しでも巣の情報が欲しい。
「ああ、まあ命に別状はないな。普段一匹ずつしか相手にしてなかったからな、3体同時に襲われてどじっちまったよ。お前たちも気をつけろよ」
冒険者パーティの中の一人が答えてくれた。雰囲気や振る舞いから察するにパーティのリーダーなのだろう。
「それは運がなかったな。俺たちも気をつけるとするよ、ありがとう」
そういえば俺の中では複数体との戦闘も想定してあるが、ちゃんとパーティで話し合ってなかった。
「おう、頑張れよ」
リーダーはそう言い残すと、パーティを引き連れて入口へと戻っていった。その姿を見送った後、俺は一度三人を集め、今の情報を元に連携の確認をする。出来る限り複数体との接触を避け、単体で相手をするのがベストだが、一本の道では避けられない時も出てくるだろう。
それから幾つかのパーティとすれ違うが、特に変わった様子はない。それぞれに話を聞いたが、今のところ通常のミネラルアントしか確認されていない。つまり、調べられている範囲はまだまだ巣の表層でしか無いということか。これはかなりの規模なのかもしれない。
交差する道をしっかりとマッピングしながら進む。魔物の巣で現在位置を見失ったらほぼ死んだと思っていい。実際に来たの初めてだが、いざという時のために知識として巣の歩き方は記憶してある。マッピング担当は後衛のマルシア。勿論、任せっきりというわけではなく、十字路に着く度、皆でマップの確認をすることを怠らない。
最初から数えて4つ目の十字路に差し掛かる。そこでようやくミネラルアントとの対面を果たした。これは想定通りだ。感覚強化で事前に確認しておいた俺は、ミネラルアントの横を通り過ぎ、逆側へと移動する。それに釣られたミネラルアントの背中に氷の矢が突き刺さった。以前と同様、そこに黒騎士が掴みかかり、動きを止めてから俺とヨンドが武器を振るった。
それを皮切りに、徐々にミネラルアントと出会うようになってきた。単体ならば危なげなく対処をし、袋小路に二体まとまって遭遇した時は、ヨンドが一匹の注意を引いている間に残りの俺たちで片方を潰していく。
進めば進むほど他の冒険者たちと出会う機会は減り、その代わりとばかりにミネラルアントと出会うことが多くなった。
「最初はこんなものだな」
計12匹目のミネラルアントを倒したところで、捜索を打ち切るように提案する。巣に入ってから数時間は経過しているはずだ。帰りも考えるとそろそろ戻った方がいい。
「そうだのう。目ぼしいのはなかったが仕方あるまい」
ヨンドは残念そうだ。鉱石は袋小路にまとまって貯蔵してあることが多いらしい。しかし今まで辿り着いた場所には、元からなかったのか、既に他の冒険者に回収されたのか、何も残っていなかった。
お手製の地図を参考に、俺たちは来た道を戻る。道中、特にこれと言ったこともなく、無事に入口まで戻ることが出来た。俺たち同様、そろそろ冒険者たちも引き上げているのだろう。鉱山入口で話し合っている冒険者たちもそれなりに居た。
鉱山から出ると俺たちはそのままギルドへと向かい、魔石の精算をする。ミネラルアントの魔石は銀貨25枚程度。4等分すると金貨一枚にも満たなかった。やはり表層ではこんなものなのだろう。個人的には魔物の巣に入るという貴重な体験だったので、特に報酬に文句はなかった。
ギルドでは魔石と同様、詳細な地図の情報も買い取っているらしい。俺は他の冒険者たちに習い、待合室に飾られている大きな地図をざっと眺めた。これは様々な冒険者から集めた情報をまとめたものということだ。昨日はなかったはずだが、何時から飾られているのだろうか。もし今朝からなら直接鉱山に向かわず、こっちに顔を出しておけばよかった。
ちょっとした後悔を感じつつ、マルシアの手にある地図と比べる。どうやら俺たちと同じ方向に進んだ冒険者は少なかったようで、通った道は描かれていなかった。金になるならと俺はもう一度受付前の列に並ぶ、どうせなら纏めてやればよかった。なんだか要領が悪い。まあ初めてだし、こんなものだろうと自分自身を納得させておく。
無駄な時間を使うのも何なので、マルシアに大地図の写しを頼んでおく。黒騎士とヨンドも共にその地図の確認に向かった。
ややあって俺の番になり、受付で報告とともに詳しいことを聞いてみた。そのところによると、地図に描かれている情報は複数パーティの報告を確認してから記載されるらしい。なお、明らかに情報が嘘だと判明した場合、ギルドからペナルティを受けるとのことだ。しかし、そんなコトをする馬鹿は居るのだろうか、目先の金を手に入れられるとしてもリスクのほうが高い気がする。
情報は未記載分の量と質よって値段が付けられる。質というのは、深部の情報だったり、新しい敵の情報だったりである。俺たちの情報は表層であり、既に何人かが提供している情報と一致するので、銀貨50枚ほどだった。まあ、貰えるだけありがたいものである。
「ま、次回に期待じゃな」
戻ってきた俺の顔を見て察したのか、ヨンドが声をかけてくる。
「あ、イグニスさん。記録終わりましたよ」
ヨンドの言葉にマルシアもこちらを向く。その手で広げられた地図は、中々しっかりと書き込まれていて見やすい。
「ご苦労さん。それじゃ戻って飯にでもするか」
「はーい」
その言葉にマルシアが返事を返し、黒騎士とヨンドが頷いた。
「飯よりもまずは酒が呑みたいのう」
「……今日は酒樽はやめろよ?」
昨日のことを思い出し、俺はうんざりした顔で言う。
「はっは。毎日あんなに呑んでたら金がいくらあっても足らんわ」
金があれば毎日呑むのか。やはりドワーフの底は知れない。




