第二十八話 冒険者の流儀と気まぐれに吹く風
グラスの店を出て、俺たちは宿へと戻った。
それぞれ装備を外し、軽装になって体をほぐしていた時、部屋の扉が控えめにノックされた。
「はーい、どちら様ですかー?」
一番近くに居たマルシアが返事をする。
「こんばんは、アルフです。そっちの仕事も終わったみたいだし、皆で食事でもどうかな」
俺たちが鉱山に行っている間、アルフたちは新調した武具を試しに街の外へと魔物狩りに出ていた。ここのところ、食事は仕事帰りにとっていたので宿につく頃には時間も遅く、顔を合わせるのは三日振りのことだった。
「ああ、そうだな。行くとしようか」
ちょうど俺たちも飯を食べに行こうと思っていたところだ。シルヴィアとマルシアを見ると頷いたので、俺たちは相伴うことにした。
なんだかんだ言ってアルフたちとの付き合いも長くなったものだ。王都で出会ってからおおよそ三ヶ月。パーティを組んでない冒険者同士で、ここまで道を共にすることは稀だ。
俺たちは宿のおっさんに鍵を預けると、目の前の食堂兼酒場へと足を運んだ。やはり食事の時間になればどこも冒険者だらけだ。フゥたちは居なかったが、同じ警備をしていた冒険者の姿もあった。
飯時のピークを迎え、満席になるギリギリのタイミングで俺たちは滑り込んだ。ちょうど6人テーブルが開いていたのが幸運だった。
俺が席につき、その隣にシルヴィア、更にその隣二席にマルシアとメルディアーナが座る。風の騎士団と席を共にするといつも男三人と女三人に分かれてしまう。
「で、どうだ。満足の行く装備は手に入ったのか?」
それぞれが注文を終え、俺は隣のアルフに聞いた。
「うん、最高のもの……と言えるほどではないけど、かなり満足の行くものが手に入ったよ。その分、お金も飛んでったけどね」
アルフは苦笑いだ。どうやら相当の金額を支払うはめになったようである。その金額を聞いてみたい気もするが、聞かないほうが心の平穏が保たれる気がするのでスルーしておこう。
「お待たせしました」
看板娘というにはとうが立ちすぎている女性が、注文の料理を運んできた。並ばれていく料理の半分は野菜料理だった。これは女性陣の注文だろう。
各々が食事を始めていく。俺は麦酒を手にすると、まず喉を潤した。アルコールが体内を焼いていく。この感覚が酒を呑む醍醐味だろう。
周りの人間は食べることに集中している。アルフやシーズも酒よりは食い気を優先らしい。この感覚を共有してはくれなさそうだ。しょうがないので俺も食事に参加する。俺が頼んだ味付けの濃いツマミが酒をすすませる。
「しかし、俺もそろそろ装備を新調するべきかね」
折角この街に来たんだ、防具の一つも手に入れたいところではある。レベル4になってまだコボルト皮の鎧だと威厳もへったくれもあったものじゃない。元からそんなものはない気もするけどな。
現状、変える機会もなく使い続けている皮鎧は、最早普段着と言っていいほど身体に馴染んでいる。かなりの年月を共に過ごし、擦り切れ、何度も洗っているうちに獣臭い匂いも何処かへと消え去っていた。そういえば女性装備から獣臭さが匂わないのは、そういう処理を施しているからなのだろうか。思い返せばシルヴィアのコートもそうだった。高いだけはあるのだろう。
「イグニスも装備を変えるの?」
アルフが俺の呟きを聞いて口を挟んできた。さすが戦闘の話題になると食い付きがいいのか、シーズも食の手を止めこちらを向いている。
「うーむ、この街で買うなら金属装備なんだろうけどな。どうも重いのは苦手でなあ」
いままで皮装備でやって来たからな。重いといつもの動きが出来なさそうだ。盾を持つとしても片手半剣の利点を潰すことになるだろうし。
「僕は重くても頑丈じゃないと不安だけどね。まあイグニスとはタイプが違うか。シーズにとしてはどうだい?」
そう言ってアルフはシーズを見た。
「……重さはどうにかなるとしても、完全な鎧は動きが阻害されやすい。イグニス殿なら胸鎧程度にとどめておくのが良いかと」
胸鎧か……妥当なところだな。今度、武具屋で試してみるかね。
俺は部屋に残されている黒騎士を思い出す。あんな全身鎧なんかつけたらじっと耐えることしか出来ないな。まあ、黒騎士のは大きさからして規格外だが。
「ああ、そうだ。メルディアーナ、ちょっといいか?」
防具の話の流れになったので、ついでとばかりにメルディアーナに声をかける。相変わらず話しかけ難かったが、話題があるならまあいいだろう。
「あ、はい。なんでしょうか?」
気のせいだろうか、だいぶ普通に戻っている気がする。
「魔術師としてマルシアの装備について助言が欲しかったんだが、そういう話はマルシアとしているのか?」
「え? 装備ですか……可愛い服装とか男性の……いえ、実用的な話はしていますよ」
男性のってなんだ、男性のって、凄く気になるんだが。
「……そうか、とりあえず魔術師用の装備についてマルシアにアドバイスをしてやってくれないか?」
「わかりました。任せて下さい」
なんだろう、いまいち不安だ。
メルディアーナは再びマルシアたちと話し始めた。ちょっと耳を傾けてみると、魔術師のローブについて語っているようだ。ただ時折「かわいい」だの「魅了する」だの「チラリズム」だの、必要性のわからない単語がくっついているのが気になる。そして何故かシルヴィアも会話に参加している。
「まあ装備を整えるにしても、金を貯めないとな」
いい装備を手に入れるにはやはり金次第だ。実力がなければ扱いきれないが、実力があっても手に入るとは限らない。一般冒険者としてはそれなりに金は持っているが、上を見ればキリがない。金を貯めていい装備を買い、更に金を貯めてその上の装備を買う。なんだか考えたらキリがなくなってきた。取り敢えずは身の丈にあったもので我慢しておこう。
「そうだねぇ。いつかお金貯めて魔法銀装備とか手に入れたいな」
「魔法銀か……憧れではあるよな」
俺は英雄の装備していたという魔法銀の全身鎧を想像した。あんなの一体幾らかかることだろうか。
「ねえ、イグニス」
食事もほとんど終わり、残った酒をちびちび嗜んでいると、アルフが真面目な顔をして俺を見た。その雰囲気を察してか、皆俺たちに注目しだした。
「僕たちは当初の目的も達成されたし、そろそろココを発とうと思うんだけどイグニスたちはどうする?」
なるほど、どうやらダラダラと付き合ってきた期間も終了らしい。シルヴィアとマルシアは突然の言葉に驚いている。
「どうするもなにも……今は特に考えていないな。とりあえず現状にある程度慣れてから考えるさ」
「一緒にくる気はあるかい?」
ああ、こいつはそういう奴だったな。情に厚いのは美点だが、冒険者としては欠点となるかもしれない。だが、そんなことを言うのは野暮だ。
「……俺はレベル4に上がったばかりでシルヴィアは戦闘経験が乏しい。それにマルシアはレベル1の新米冒険者だ。そっちと組むには力が足りない。どうせなら俺らが対等になってからまた誘ってくれ」
現時点での俺たちの実力は風の騎士団には及ばない。生体活性で一時的に上回れたとしても所詮、仮初だ。
シルヴィアもマルシアも俺の言葉に何も言わなかった。
「……そっか」
「悪いな、気持ちだけはありがたく受け取っておくさ」
俺はそう言って立ち上がると、ちゃっちゃと会計を済ませた。
「あ、お金を」
慌てて懐から貨幣を取り出そうとするアルフを手で制する。
「送る側が金を持つのが冒険者の流儀だろ。それくらいさせろよ。色々世話になったんだからよ」
「……ありがとう」
アルフたちはそれぞれ、頭を下げた。
次の日、アルフたちは旅立っていった。
別れを惜しんだシルヴィアとマルシアは、門まで見送りに行っている。
俺は部屋の窓枠に座り、空を見上げていた。空はとても澄んでいて、雲一つ無い快晴だ。
彼らの行き先は特に聞いていない。聞いたところで何が変わるわけでもない。
彼の冒険王ベリアントは冒険者を風に例えたという。
また、風が吹けばどこかで会うこともあるだろう。




