第二十七話 鉱山と魔石
俺たちは鉱山の見物がてら、警備依頼を受けた。
本来は街間馬車と同様、契約をした冒険者が警備に当たることになる。しかし、休暇や負傷といった穴を埋めるために、流動的な一時契約として冒険者に依頼が回ってくることがあった。
今回の契約は三日間。休暇の穴埋めといったところだ。一人あたり金貨1枚半。1日にして銀貨50枚だ。
朝食を腹に詰め込むと、俺たちはギルドへと向かった。扉を開けた先には複数人の冒険者たちが居た。俺たち同様、警備依頼の冒険者だろうか。その中にも見知った顔、虎の獣人族のフゥの姿もあった。
「おう、おめえたちもか」
俺が声をかけるより先に相手のほうが反応する。
「よう、フゥ。俺たちは初めての鉱山警備だ。お手柔らかに頼むよ」
「はっ。警備なんて問題が起きない限り暇なもんだ。実力さえありゃ問題ねぇよ」
フゥが豪快に笑う。俺はその隣に佇んでいるもの静かな獣人が気になった。
「そっちはパートナーか?」
「んん? ああ、こいつか。こいつは狼の獣人、エンブリオだ。まあ腐れ縁で長いこと組んでるだけだがな」
「ああ、全くの不本意だがな」
フゥの言葉に同調するように、エンブリオが呟く。フゥと組んでいることや、口ぶりからして同レベルだと推察した。このパーティには勝てそうにないな。
「俺の名前はイグニス。エンブリオさん、よろしく頼む」
「おいおい! なんでエンブリオだけ『さん』付けなんだよ!」
「アンタはいきなり喧嘩売ってくるような奴に『さん』付けするのか?」
「……またそんなことしてたのか、お前は」
エンブリオが呆れたように言う。雰囲気から察するにいつものことらしい。はた迷惑な。
「イグニスといったな。こいつが認めたんだ、腕は問題ないのだろう。共に戦うときは背中を任せるとしよう」
回りくどい勿体振った言い方だが、どうやら認められたらしい。上のランクにはこの様な一癖も二癖もありそうな奴がいっぱい居るのだろうか。なんだか不安だ。
案内人につれられ、俺たちは鉱山へと向かった。
担当場所が違うらしく、フゥたちとは鉱山の入口近くで別れてしまった。
陽の光の届かない鉱山内部はとても暗く、時折設置されている光魔石が辛うじて道を示していた。さすがにこれだけではいざと言う時の危険がある。俺は一応の用心のため、腰のランタンに光を入れた。
鉱夫にはドワーフが多い。鍛冶師の見習いたちが派遣されているのだろうか。もしかしたらヨンドに会うこともあるかもしれない。
そんな鉱夫たちに混じって、奴隷の首輪をつけている者たちも見かける。主人が見つからなかった奴隷たちだ。犯罪を犯した者たちのほとんどは鉱山などに送られ、重労働に就くこととなる。奴隷を求める大半の者は犯罪者を買い取ろうとしないため、こうして回ってくることになる。
他国であれば、剣闘士として奴隷たちの殺し合いに参加させられることもある。何れにしろ、犯罪を行ったものなら自業自得といったところだろう。
「しかし、あんたら初めて見る顔だな。ここに来たばかりか?」
共に歩いているドワーフが口を開いた。
「ああ、そうだ。それにしても凄いな、警備担当の顔全部覚えているのか?」
「臨時以外はもう馴染みだからなぁ。臨時に来るにしても大抵はここの街に長く住んでる奴らばかりだ。自然と覚えちまうよ」
「なるほど、そんなものか……それで俺たちはどうすればいい?」
話している間に採掘現場に到着してしまった。
「魔物が出ない限り、そこら辺に待機してくれればいいぞ」
ドワーフはつるはしを持ち上げ、入口の方を差す。
「そいつぁ……楽で、暇だな」
「そうさな、皆そう言うな。だが、こっちにとっちゃ暇つぶしに魔物なんて出てほしくないぞ」
「そりゃそうだ。まあ、おとなしくしてるよ」
「おう、頼んだぞ」
俺たちは言われたとおり、邪魔にならない入口付近に移動する。
暫くの間、静寂の中につるはしを振るう音だけが響く。最初は物珍しげにあたりを見回していた俺たちだが、次第に代わり映えのない景色に飽きが来る。護衛同様、何も起こらなければそこにいるだけで金が入る仕事。実にありがたいのだが、やはり冒険者としては物足りない。
「イグニスさん、イグニスさん。私、大変なことに気づいてしまいました」
隣のマルシアが小さな声で服の裾を引っ張る。
「なんだ、どうした?」
「ここ鉱石ばかりですよね?」
「ああ、鉱山だから当り前だな」
「私の能力……全く使えません」
「……そりゃそうだな」
普通に考えれば坑道の中に植物なんてあるわけがない。
「……どうしましょう」
「取り敢えず魔物がでないことを祈っておくしかないな」
「……はい」
マルシア用に何らかの戦闘魔石を用意しておいたほうが良さそうだ。風体は魔術師っぽいのだから杖に仕込むのもいいかもしれない。グラスあたりに相談してみるか。
その日の警備は魔物が現れることはなく、ぼーっと過ぎていった。
帰りはかなり遅くなってしまった。仕事上がりにフゥに食事に誘われたからだ。
俺よりもマルシア目当てといった印象を受けたが、まあ奢ってくれたので文句はない。
二人を宿に送り届けると、返す足でグラスの店へと向かう。
「おーい、グラス。居るか?」
扉を開けても相変わらず店内には誰も居らず、俺は店の奥に向かって大声を出した。グラスは面倒臭そうに顔を出したが、食堂を出る際に買った土産を見ると機嫌よく迎え入れてくれた。現金だな。
グラスは丁度いいと店を閉め、俺を奥の工房兼居住空間へと案内した。床には未精製の魔石があちこちに転がっている。これ一つで結構するんだが……そんな雑な扱いでいいのだろうか。
「ほえれ、おぐにしへもらへたいふぉとってはに?」
「食べ終ってから喋れ」
テーブルの上にはお茶と土産に持ってきた焼き豚が並んでいる。
腹が空いていたのか焼き豚にがっつくグラスの姿を見ながら、俺はゆっくりとお茶を嗜んでいた。
「はーっ。満足満足」
土産の殆どを平らげ、グラスは満足そうに腹を擦る。
「んで、なんだっけ?」
「少し前の話も覚えてないのか、お前は」
「いやー食べることに夢中でさ。ほら、集中すると他のことが目に入らなくなるじゃん? 魔石の研究してたらご飯食べるのも忘れててさ」
「そうか、そりゃ大した職人魂だ」
「褒めても何も出ないよ?」
半分、皮肉だけどな。
「まあ、話は戻るが、魔術師用に丁度いい魔石武器はないかとな」
「魔術師なら運びやすさも考えて杖しかないんじゃない? 弓使えるなら弓でもいいけど……あれ魔石の効率悪いんだよね。発動してから到達するまで持続させないし、弓に組み入れても矢と触れる位置に設置しないといけないから摩耗も激しいしね……まあ杖でいいなら、素材をここでも扱っているし、あとはどんな魔石を入れるかだけだよ」
やはり魔石に関することだと饒舌になるな。
それはともかく、無難なところでやはり杖にしておくか、マルシアが弓を使えるなんて聞いたこともないし。
「どんな魔石なら良さそうだ?」
「ふっふっふ、それなら僕の一押しがあるよ!」
そう言ってグラスは工房の奥に引っ込むと、幾つかの魔石を引っ張り出してきた。
「じゃじゃーん! 広範囲に炎の渦を巻き起こす大火炎魔石! 見た目もハデでカッコイイよ!」
「穴蔵の中で使える代物じゃないだろ!」
すかさず俺が突っ込む。狭くて閉鎖的な空間でそんなもの使えば結果は目に見えている。たとえ外だったとしてもマルシアの植物とは相性が悪すぎる。魔石のサイズにそれだけの魔力が込められているのも驚くが、それ故に一度使ったら空になるのは明白だ。
「むー。それじゃこれだ! 超大量の土砂を生み出して相手を飲み込む大土流魔石!」
「……お前わざとやってないか?」
どう考えても坑道ごと俺たちも生き埋めになるだろ。と言うか、なんでそんな危険な魔石がこんなところにゴロゴロあるんだ。俺が買ってギルドにチクったら一発で営業停止に追い込まれるレベルだぞ。
ギルドは魔石の買い取り、回収とともに管理も行っている。基本的に戦闘魔石は冒険者証かギルドの許可証が無ければ買えない。なので魔石装備は普通の店では扱えず、精々売るとしたらその素材装備くらいなものだ。
「もっと控えめで周囲に影響が出ないものはないのか?」
「もう、注文が多いなあ。それなら氷の矢を生み出してを飛ばす魔石ならどう? 慣れれば大きさも変えられるよ」
グラスはつまんなそうに魔石を一つ、テーブルの上に置いた。他の戦闘魔石と同様、一般的な魔石に比べて大きい。杖につければ見栄えは良さそうだ。
「なんだ偉く実用的なものじゃないか」
「ま、さっきのは自慢の品たちだからね。売ろうにも許可なきゃ売れないし」
「おいこら、やっぱり茶番だったんじゃねぇか」
俺の言葉にニィっと笑うグラスを見てため息を吐いた。普通に考えたらそうだが、この店主なら密造してそうで怖い。
「まあ、それでいいか。杖につけるとしたらどれくらいで出来る?」
「ん? 素材は揃ってるし、規格もバッチリ。すぐ出来るよ」
「それじゃ、今から頼んでもいいか?」
「おっけー。出来るまでゆっくりしてていいよ」
「ああ、ちょっとまて」
作業をしようと工房へと引っ込むグラスを俺は止める。
「ん、なんだい?」
「ああ、ついでに頼みたいものがある」
「おかえりなさい」
宿に返ってきた俺を二人が迎えた。
「あれ、杖なんてもってどうしたんですか?」
マルシアが不思議そうな顔で聞いてきた。そりゃ俺に似合わない武器を抱えていればそう思うよな。
「ああ、ほら」
俺はマルシアに持っていた杖を渡そうとする。
「え……もしかして私の武器ですか?」
「ああ、魔石を組み込んだ杖だ。これなら坑道で魔物が出ても戦えるだろう。冒険者になった祝いとでも思って貰っておけ」
「あ、ありがとうございます!」
マルシアは満面の笑みで杖を受け取った。その杖は特にこれといった特徴のない普通の杖だが、下手に凝ったものよりはいいだろう。
杖を受け取って嬉しそうに喜んでいるマルシアを、シルヴィアがじっと見つめていた。
鉱山警備二日目。相変わらず敵の姿はない。辺りはいつも通りだ。唯一つ違うのは、手にした杖を喜んで試し撃ちしてるマルシアの姿だった。戦闘用魔石が珍しいのか、氷の矢を生み出しては大地に落とす。飛ばすことも勿論出来るが、そんなことしたら邪魔以外の何物でもない。警備につく前に宿の裏手である程度扱いに慣れさせておいて良かった。
周りの鉱夫たちも最初は珍しげにこちらを見ていたが、やがて興味を失い、いつも通りの仕事に集中していった。
日を経つごとに昼間の気温は徐々に上がっている。換気の悪い鉱山内部ではそうとうの気温になるため、おなじみの冷魔石が用いられている。
しかし今日に限り、マルシアが生み出した氷のお陰で冷魔石は使用されていない。
「節約できるに越したことはないからな」
鉱夫たちは笑いながらそう言った。
俺は落ちている氷の矢に視線を移す。加減が難しいのか、マルシアが調子に乗っているのかは分からないが、氷の矢というには大きすぎる代物だった。そもそも矢の形状をしていないただの円錐だ。それが空中に現れては落ちてくる。異様な光景だ。
腰から短剣を抜くと、手近にある氷の円錐を手に取る。冷たいがなかなか溶ける気配を見せない。凍結魔石もそうだったが、グラスの魔石は持続力が凄いな。
短剣を氷に当て、表面を削っていく。
暇つぶしにと氷の彫刻に挑戦したが、どうやら俺には芸術の才能がないようだ。
最終日にようやく魔物と対面を果たした。鉱夫の掘っていた場所からミネラルアントが顔を出したのだ。
鉱夫たちが避難すると同時に、マルシアが待ってましたと氷の矢を撃ち込んだ。ミネラルアントの外殻は岩で覆われているが、氷の矢は容易くそれを貫通してしまった。
悶えるミネラルアントを黒騎士が掴みかかる。抑えこまれたミネラルアントの関節部を狙って俺は片手半剣を振るった。
脚を転節から全て切り落とし、動けなくなったところに再度氷の矢が撃ちぬく。それでミネラルアントの活動は止まった。
周囲にも被害はなく、警備としては合格点だろう。
鉱夫たちから礼を言われ、再び採掘作業が始まる。その端でミネラルアントから魔石を回収しておくのを忘れない。魔石以外はほとんど岩みたいなものなので価値は全くなかった。
その後、マルシアは役に立てたのがよほど嬉しいのか、絶好調で魔石を試していた。何故飽きないのか不思議だ。そのお陰でようやく扱いに慣れ、氷の矢は小さく鋭くなっていった。
だが、成長には犠牲が付きものという言葉もある。
警備が終わる頃、マルシアが気付いた。
「あ、魔石の魔力が……」
魔力の補充は勿論金がかかる。
さすがにそこまで面倒は見きれんぞ。
魔石の補充は魔術師なら誰でも出来るというわけではない。
構造をきちんと理解し、魔力を流し込まなければならないからだ。魔術師であることに加え、魔石の制作、制御に精通していなければならない。更に言うならギルドの認可も必要だ。
魔石自体も永遠に保つわけでもない。特別な処置を施さない限り、長い期間放って置けば魔力は漏れ出るし、何度も魔力をつぎ込むと徐々に劣化していく。
俺たちは仕事を終えた後、そのままグラスの店へと寄った。
毎度ながら俺たち……もとい、マルシアを誘おうとフゥが声をかけてくるが、きっぱりと断った。俺ではなくマルシアが、だ。早く魔石に魔力を補充したいらしい。
「つい先日持っていったばかりなのにもう使いきるとか凄いね!」
無邪気なグラスの言葉に、マルシアはがっくりと頭を下げた。
「まあ、ちょちょっと込めてくるよ。お値段も常連価格にしておくし」
いつの間に常連になったんだ。まあ何時来ても客を見ないし、ここに二度足を運べば常連なのかもしれないな。聞くのは可哀想だからやめておこう。
シルヴィアが店の端に並ぶ杖を見つめている。魔石を入れる前の素材だ。魔石をはめ込むにはそれなりの大きさが必要になる。店で並んでいるような樹木で出来た杖なら手に入りやすいだろうが、魔剣や魔槍などを求めるなら鍛冶師に特注するしかないだろう。
その後姿を見て、俺はグラスに頼んでいたことを思い出した。
「そういえばグラス、例の物できてるか?」
「ん、ああ出来てるよー。」
グラスが頷いて奥から取り出したものはかなり大きなペンダント。
「普通の装飾品は戦闘魔石を組み込むには小さすぎたからね、知り合いに注文して作ってもらったよ」
俺はそれを受け取ると、そのままシルヴィアに渡した。
「ほら、お前用の魔石装備だ」
「……私にも、ですか?」
「護身用に持っていて悪いものではないだろう?」
「……ありがとうございます!」
シルヴィアはペンダントを受け取ると、大事そうに抱え込んだ。




